イモリのメスが性的魅力をフェロモンでアピール 脊椎動物で初の発見

日本獣医生命科学大学 獣医学部の中田友明です。この度、私たちの研究グループは、脊椎動物で初めてメスがオスに対して自身をアピールして惹き付けるために分泌する性フェロモンを両生類(カエルの仲間)のイモリから発見しました。

「なぜイモリ?」と疑問に思われる方も少なくないと思いますので、研究内容についての解説や、研究の意義などについて紹介させていただきます。なお本研究の成果は2017年1月25日付で英国オンライン科学誌「Scientific Reports」にて公開されています。

メスも良い相手と出会うためにフェロモンを出す

野生に生きる動物たちは、繁殖に際し、外敵への警戒や餌の確保をしながら効率よく同種の異性を見つけ、獲得しなければなりません。そのために動物たちは主に視覚や聴覚、そして嗅覚の情報を用いていますが、中でも嗅覚は最も多くの動物種で利用されているとされています。

ただ、これまでに見つかっていた動物の性フェロモンは、オスが求愛時にメスへ向けて出すことで、メスの行動や生理状態に影響を与えるものばかりでした。そのため今回のメスの性フェロモン発見によって、繁殖に際してメスも良い相手と出会うため、フェロモンを出してオスをその気にさせていることが明らかになったのです。

イモリの性別の画像

私たちは、この新しい天然のフェロモンを「アイモリン」(imorin)と命名しました。古語で「イモ」(妹)は「恋人・妻」を意味し、先頭に「ア」を付けたのは、英名にすると「i」がアイと発音されるためです。「リン」は、オスが出すフェロモンである「ソデフリン」(※)のリンに由来します。

※ソデフリン(sodefrin)は、万葉集に収められた額田王(ぬかたのおおきみ:後の天武天皇の妃で、絶世の美女だったと言われています)の和歌「あかねさす 紫野ゆき 標野ゆき 野守は見ずや 君が袖ふる」で、大海人皇子(おおあまのみこ:後の天武天皇)が額田王の気を惹くために袖をふった「袖ふる」の動作に由来します。ちなみに先ほどの和歌には大海人皇子の返歌があり、その「紫の 匂へる妹(いも)を 憎くあらば 人妻ゆへに 我恋ひめやも」に出てくる「いも」が「アイモリン」の由来です。

イモリが研究対象に選ばれた理由

皆さんの多くは、「なぜイモリが研究対象なのだろう?」と疑問に思われたのではないでしょうか。イモリは卵が大きく観察しやすいため受精卵から身体が作られる過程を調べる「発生学」や、大人になってからでも損傷した眼や足を完全に修復できる高い再生能力を持つことから「再生工学」において注目を集める動物です。そして動物進化の過程でのイモリの位置を考えると、その研究対象としての有用性がより理解できます。

イモリは、ヒトや多くのペット・産業動物たちとともに、脊椎動物(背骨を持つ動物)の中でも「四肢動物」というさらに狭いグループに入っています。 四肢動物はある程度、共通した陸生生活に適する身体のつくりや機能を持っていて、イモリはそれらの基盤を獲得した動物と考えることができます。そして他の哺乳類や鳥類たちと似た身体のつくりをしていることの次に重要な特徴として、イモリの脳のつくりが他の動物に対して似ていながらもとても単純なことも挙げられます。

イモリに比べると他の四肢動物(例えばイヌ・ネコや、ウシ・ブタなど)では、繁殖行動やフェロモンの情報を処理している感覚器官や脳の神経細胞の数が非常に多く、それらの器官はとても高度に発達しています。そのため、繁殖行動をする時に脳内で活動する神経のしくみを細胞レベルで十分に理解することはとても大変です。

また、脳が発達した動物たちでは、与えられた性フェロモン以外の情報、例えば飼っている環境や観察装置、観察者の存在など、さまざまな情報を脳が巧みに処理して繁殖行動をするかを決定しています。そのためイモリほど単純に性フェロモンの効果を実験室で示してくれないのです。

ですから、感覚神経系がほぼ同じで、脳のつくりが単純なイモリを研究対象とすれば、フェロモンの作用する仕組みや、フェロモンによって繁殖行動が引き起こされるまでの神経のしくみを細胞レベルで解明することが将来的に可能となる。そう考えて私たちはイモリを研究対象として選んでいるのです。

イモリのことはイモリに聞いてみる

次に、私たちがどうやってイモリのメスが出す性フェロモンを発見したかを説明します。成功の要因の一つとして、性フェロモンを発見するために、生物自身を用いて効果を調べる「バイオアッセイ系」がうまく成果を上げたことが挙げられます。

私たちはフェロモンの化学構造や効果を解明するため、メスの魅力をアピールするフェロモンの中から性フェロモンだけを純化していく必要がありました。実験の過程で得られる抽出液に含まれる各成分のどれに目的のフェロモンが存在しているか知るため、生きたオスのイモリの行動を見ることにしました。つまり、オスにフェロモンの在りかを訊ねてみることにしたわけです。実験室でも自然界と変わらず繁殖行動を見せてくれるイモリは、改めてこの研究に適任でした。

実験では、底面を3区画に等分した樹脂製の円筒槽に水を入れたものを使いました。フェロモンの存在を調べてくれるオスのイモリは最初、ステンレス製の網に入れて中央部で待機してもらいます。次に、試したい物質を含むスポンジ三つをそれぞれの区画の中央に配置します。そしてステンレス網を取り除いてオスのイモリを自由に動けるようにし、区画ごとの滞在時間をストップウォッチで記録するのです。

バイオアッセイの一例

イモリや水、スポンジ等を毎回交換し、8回ほど計測します。そして統計処理をして、どのスポンジに惹かれるかを判定するという方法をとりました。トリュフ探しをするメスブタ(※)や、空港の麻薬探知犬のイモリ版を想像していただければイメージしやすいかもしれません。

※編集注:トリュフには発情期のオスブタが出す性フェロモンと似た成分が含まれているそうです。

メスのフェロモンを受け取れるのは繁殖期のオスのみ

オスのイモリの反応を観ながらメスのフェロモンの正体を探る実験を進めたところ、 以下の三つのことが分かりました。

  1. 正体が三つのアミノ酸残基(アラニン、グルタミン酸、フェニルアラニン)からなるペプチドであること
  2. 繁殖期のみで卵管の特定の細胞で作られ、水中に随時放出されていること
  3. 繁殖期のオスのみがそのフェロモンを受け取る感覚神経を発達させること
    (未成熟なイモリや、メスはアイモリンをほとんど感受できないようです)

繁殖活動に重要な役割を持ち、相手の繁殖性行動を誘うフェロモンを出す機能がオスだけでなく、オスとメス両方に備わっていることが分かったのです。今後はフェロモンを受け取り繁殖行動が起こるまで、脳の中でどんな神経活動が起こるかをオスとメス両方で調べることができるようになりました。

動物の生殖・性行動に関する問題解決に応用されるかも

私たちの研究グループは、動物たちのこれまで知られていなかった性質を科学の目を通して理解することで、動物たちの感じる世界を明らかにしようと日々研究しています。

今後のさらなる研究によって、アイモリンのような性フェロモンが作用する仕組みや繁殖行動が起きるまでの過程をこれまでより深く理解することができるようになるはずです。それはイモリの生殖機構を明らかにするだけでなく、産業動物や希少動物などの生殖や性行動に関する問題の解決にも寄与する研究の、基盤作りに貢献していくことも期待しています。

昆虫の世界では現在まで実にたくさんの性フェロモンが見つかっていて、その一部は害虫を防除する目的で利用されています。性フェロモンの構造は昆虫の種類によって異なります。そのため性フェロモンによる害虫防除は対象となる害虫だけに効き、それ以外の動植物には直接的に影響しません。

脊椎動物の性フェロモンはあまり多く見つかっていませんが、同様に種ごとに違うフェロモンを利用している場合が多いようです。例えば、畜産の現場で血管を経てホルモン剤などを全身に投与する代わりに、とても少ない量の性フェロモンを嗅がせるだけで、動物の生理状態や行動を制御することが可能になるのかもしれません。

※本研究は文部科学省、(公財)サントリー生命科学財団の補助のもとで実施されました。

関連記事

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

今日のアクセスランキングトップ10

今月のアクセスランキングトップ10