
ドイツの獣医師が語る「猫島ボランティア診療」 ペトことLiveセミナーレポート
日本最北の猫島。猫たちは厳しい環境で生きている――11月に開催したペトことLIVEでは、ドイツの獣医師・クレス聖美先生にご登壇いただき、先生が2カ月に1度、田代島を訪れて行っている「猫島ボランティア診療」についてお話しいただきました。なぜドイツの獣医師が日本の猫島に通うようになったのか。猫島の猫たちはどのような環境で生きているのか。先生が行っている活動の意味とは……。セミナー参加者との質疑応答も含めて紹介します。
ドイツの獣医師が語る「猫島ボランティア診療」
クレス:こんにちは、クレスです。今日は祝日にもかかわらず、お越しいただいてありがとうございます。第1部では、2カ月か2カ月半に一度通っている田代島という猫の島で診療していることについてお話しさせていただきます。
山本:今回のセミナーはフロントライン プラスのクリスマスキャンペーンの一環で松波動物メディカルさまのご提供で開催しているのですが、田代島の猫たちにもフロントライン プラスをプレゼントしようということで、ちょうど数日前に診療に行かれたばかりの先生に撮影スタッフが同行しました。
先生がサンタ役になって島猫たちにフロントライン プラスを投与していただき、クリスマスシーズンも健康的に猫らしく過ごしてほしいという企画になっています。ダイジェスト動画がありますので、まずは見ていただきましょう。
クレス:田代島は石巻の港から見えるくらいなんですけど、船で着くまでは1時間くらいとけっこう時間が掛かってしまいます。うねりもあって、年中船が止まってしまって、行くたびにドキドキしています。今回は行きも帰りも無事に動いていました。
山本:欠航が出てるという話も聞いていたので心配してました。
クレス:そうなんです。2、3日前は1日中止まっていたそうで、田代島から帰ってきた次の日は東京で診療だったので帰ってこれないと大変だったんですが、スムーズに行ってくれました。
今回は松波動物メディカルさんからフロントライン プラスをプレゼントしていただいたので、なるべく多くの子に使ってあげようと全部で96匹に使いました。
山本:96回投与したということですね。すごいですね。
被災した猫島で獣医師として何かできないか
山本:では最初に、「なぜクレス先生は田代島に通うようになったのか」というところからお話しいただきたいと思います。
クレス:2011年の東日本大震災があったとき私はドイツにいたんですが、非常にショックが大きくて、獣医師として何かできることはないかと思ったんです。
あのとき、獣医師会と動物愛護協会などからなる緊急災害時動物救援本部(現ペット災害対策推進協会)があったので、インターネットで「いつでも行けます」と連絡しました。でも忙しかったからだと思いますがなかなか返事が頂けなくて、石巻にも似たような組織があったので、そちらに連絡することにしました。
私は震災の前から猫島として知られ始めていた田代島が気になっていて、「いつか行きたいな」と意識していたんです。震源地にも近かったので、「津波で島が無くなってしまったんじゃないか」と思うくらい心配していました。
それで石巻のほうにメールで「田代島のことが気になっていて、何かお手伝いできることがあればしたいんです」と送ったんです。そしたら、「島は存在していて自衛隊のヘリも飛んでるけど、猫の状況はわからないし、そういう活動も予定していない」ということだったので、「では何かわたしにできることをしたい」と。
あの頃はFacebookが今ほど盛んではなくて、ドイツに入ってくる震災の情報はTwitterからがほとんどでした。それで田代島のことを調べていたら若い写真家が島の猫について情報発信していたのを見つけて、メッセージを送ってみたんです。そしたら「僕は島に行っているだけで島民とも特別親しくはないんですが、先輩のカメラマンが島民と親しくしているので紹介します」ということで、田中さんを紹介していただきました。

クレス聖美先生(左)とカメラマンの田中良直さん
田中さんにから「良いことだと思いますけど、島民がどう思うか確認してみますのでちょっと待ってください」と連絡を頂いたのが3月か4月頃で、待っていたら5月くらいに「島民に確認できたので、先生から連絡してください」ということで、また初めから事情を説明するメールを送って(笑)。それで島の方からも「よろしくお願いします」ということで、8月に初めて島を訪れました。
最初は島の方と一緒に回ったんですけど、やっぱり「お前何をやっているんだ」という感じで、おばあちゃんに怒られたりして怖かったです(笑)。
山本:実際に島に行ってみてどんな印象でしたか?
クレス:港はすごい量のガレキで、番屋っていう大きな建物があったんですけどそれも壊れていて、地盤沈下もしていて、あぜんとしました。ガレキもただの材木とかではなくて、テレビとか冷蔵庫とかの生活用品が天井より高く積まれていて。それ全部、石巻から流されてきたんですね。
山本:猫たちはどうだったんでしょう? (津波で)流されたという話も聞いたことがあります。
クレス:そうですね。震災前は港に30匹くらい猫がいたそうなんですが、半分くらい流されちゃって。テトラポットに隠れたり、隠れる場所が悪かったり。田代島は平地からすぐ山になるので、走って逃げれば港の猫たちでも高いところに行けたんですけど、低い方に隠れちゃった子たちが流されてしまったようです。
島猫の寿命が短い理由は、風と魚?
山本:島では実際どのような診療をしているのでしょうか。
クレス:田代島の気候は厳しくて、冬はものすごく寒いんですけど、夏はものすごく暑い。私は1年に5、6回は行ってるんですが、ちょうど良い時期がほとんどないんです。6月か10月頃がどうにか普通かなという感じで。
ですから、猫たちも風邪を引くので猫風邪が多い。あとは喧嘩でケガをしたり、鼻水を垂らしているとか目やにで目がぐちゃぐちゃだったりする子もいて、抗生物質の注射をします。元気な子猫たちにはワクチンを打ったり、このフロントライン プラスでノミ・マダニの駆虫をしたり。あとは、外科的な処置も必要に応じてしています。
山本:以前、同行させていただいた際に島の方から伺ってびっくりしたのが、冬の猫団子の話でした。
クレス:そうなんです。猫団子っていうとすごく微笑ましいイメージなんですけど、田代島の猫たちは最低10匹が狭い場所に集まってしまうので、弱ってる子とか子猫とかは一番下で圧死しちゃうんです。普通はそんなこと考えもしないと思いますけど、島では起こります。
山本:ペットとして飼われる猫たちの平均寿命は13〜15年ほどとされていますが、島の猫たちはどのような一生を送るのでしょうか?
クレス:島の猫の寿命は短いです。4〜5年ですね。なぜかと言うと、港の風は塩分がすごく多いんです。風に吹かれた後に体をなめるので、年中塩分を摂っている。あと島の方からエサとしてお魚をもらっていて、猫というと魚のイメージがありますが、実は塩分が多いので猫には良くないんです。それで腎不全になっている猫が多いです。
それから田代島は150年くらい前から猫が多い島なんですが、それほど広くない島で近親交配も多くて、遺伝的に早死になっているのではないかと考えています。ただ、交通事故や虐待というのは無いですね。
山本:島の猫は死ぬとどうなるんでしょうか。
クレス:半分以上は誰にも知られずにいなくなります。港からも山が近いので、ある日いなくなります。港で突然倒れて死んでいる場合は、いつも「なんで俺ばっかり埋めてなきゃいけないんだよ」と言うおじいちゃんがいるんですが(笑)、ちゃんと埋葬してもらっています。
クレス先生が田代島に通う理由
山本:当初は震災の関係で田代島に行かれていましたが、復興も終わった今となってはどのような理由で通っているのでしょうか?
クレス:とにかく猫が好きなんで、行くのが楽しいというのが大きいです。決して猫の寿命を長くしようと思って行っているのではなくて、短い命なら、生きている間は痛みとか苦しいこととか、なるべく少なく生きていけたら良いなと。そういう助けができたらいいなという感じで行っています。
治療をして猫の寿命を10年にしようとか、そういうことではないんですね。生きている間のQOL(Quality of Life)を高めてあげたいという感じですね。
山本:そうは言っても、獣医師として目の前で助けられる命というのもあると思うんですけど、その線引きはどうされているのでしょうか。
クレス:そこが難しいところなんですね。本当は東京の病院に連れて帰ったり、石巻の病院に連れて帰ったりしたいときもあるんですけど、それをしてたらキリがないので。そういうときは、なるべく苦しまないようにしてあげます。
鼻水とかで顔がぐじゅぐじゅになっていると匂いが分からないので、美味しいエサをあげても食べられないんですよね。無理やり口に入れてあげると食べるんです。「あ、エサだ」って分かるんで。そのときに鼻とか目を綺麗にしてあげて、抗生物質を打つと匂いが分かるようになるので、エサを食べてくれる。そいうことをしています。
あと最近、島の方たちも「意識が高まってる」と言うと生意気な言い方ですけど、昔は猫は猫だから、鼻がぐじゅぐじゅでエサが食べられなくて死んだら仕方ないって感じなんですけど、最近は私たちが顔を綺麗にして注射をして、「たぶん明日から食べられるようになると思うんで、しばらく面倒を見てくれたらまた港に戻れます。お願いできませんか」と言うと、「あ、いいよ」と言ってそうしてくださる方が増えてきたんです。
家にケージがあって、1週間くらい薬を飲ませて、エサを口に入れてあげるということをしてくれる島の方が増えてきたんです。それで無駄死にをする小さい子猫たちとか、年取った猫が減ってきたというのがあります。
山本:僕が同行させていただいたときも「この子の目の調子が良くなくて」とか、知識があって先生に相談されてるっていう印象を受けました。
クレス:そうなんです。何人かのおじいちゃんおばあちゃんが私のアシスタントのような感じで。とてもありがたいことです。

田代島は猫島界の中でも過酷な環境
山本:では、ここから質問タイムに入りたいんですが、先生は日本とドイツで獣医師をされていて、世界という広い視点で田代島を見るとどのように見えるのでしょうか。
クレス:ヨーロッパでは地中海とかエーゲ海の島に多くて、クレタ島とかギリシャの島に行くともう猫だらけなんです。ただあちらは暖かいので、猫にとっては生きやすい。田代島は日本では最北の猫島で気候が厳しいので、その点では田代島の猫たちは厳しい環境で生きていると思います。地中海の猫たちは、ぽわーんとしていて、そこら辺で寝ていても凍え死ぬとかはないので、すごくリラックスしているという感じですね。
山本:なるほど。あとよくある質問として、「クレス先生は猫島のためにドイツから来てるんですか?」というのがよくあるんじゃないかと思います。
クレス:そうそう、「すごいですね」って言われるんですがそうじゃないんです(笑)。私は東京の白金高輪動物病院で客員診療をさせていただいているのでその目的もありますし、その他に今回のようなセミナーとか、自然療法のワークショップとかもしていて、そのために来日しています。そのうちの一つとして島に行くということです。
山本:ライフワークみたいになっているんですね。
クレス:そうですね。ライフワークって言うほど大げさではないんですけど、とにかく好きなんで、(ドイツに)帰ってくると気になってくるというのでしょうか。「どうしてるかな。大丈夫だったかな。あの子は育ってるかな」って気になる子たちが次に行ったときも会えるかどうか気になってきて、行かずにはいられない。義務感というか、獣医師的義務で行ってるとかそういうのではなくて、個人的に好きなので行っちゃってるという感じです。
山本:いつまで続けますか?
クレス:元気で行ける限りは行きたいですね。
山本:弟子とかはいますか?
クレス:獣医の学生さんで2年生頃から一緒に行きたいということで、ずっと来てくれて昨年、獣医師になった子がいます。獣医師になるとけっこう、日本の獣医師さん忙しいのでなかなか来られないんですけど。あと同僚の若い先生が2、3回来られてますし。けっこう来てくださる獣医の方いますね。
山本:動物病院だと飼われていておとなしい猫たちが多いと思うんですけど、島の猫たちは逃げたりひっかいてきたり。若い先生の実戦経験にもなりそうですね。
クレス:そういうのはあると思います。とにかく速さが勝負なので。フロントラインもそうなんで垂らすだけなんで痛くないと思うんですけど、気付くと「冗談じゃない」って逃げますから。速さが大事です。

猫島の観光客にお願いしたいこと
山本:少し変な質問もしてしまいますが、島の料理がめちゃくちゃ美味しいんですよね。そこも皆さんが行きたいと思うポイントかなと思うので、宣伝しておきましょう(笑)。
クレス:とにかくお魚がものすごく美味しいんです。今はカキで、カキづくしです。カキ汁にカキフライとすっごく美味しくて、次はアワビで、夏はウニです。民宿は震災後に閉めた方もいて、今は4軒くらいです。しかもまだ港で護岸工事をしていて、工事の方を優先して泊めているので一般の方は前から予約していないと泊まれないですね。でもオススメです。美味しいです。魚介類最高です。
山本:観光客の方が島に行ってエサをあげたいというのもあると思うんですが、何かルールとかありますか?
クレス:港に着いたらすぐ書いてありますが、エサはあげずに、エサの寄付ボックスがあるので、「こちらに入れてください」というルールになっています。なっているんですが、皆さんやってます。集めたいものだからついついやってしまうんですね。私からのお願いなんですが、あげるとしても、キャットフードにしてください。お弁当の残りとか、おにぎりとか……。
山本:そんなのあげる人がいるんですか!?
クレス:いますいます。島にはコンビニなんてないんですけど、行きに買ってきて、唐揚げとか。猫は大好きなんですけどね。でも体に良くないので。
山本:あとバラ撒くのも止めてほしいですね。カラスが来てしまうので。
クレス:そう、カラスがすごいんですよ。あんなに大きなカラスを見たのは田代島が初めてという感じで。子猫はもちろん弱くなった大人の猫とか、カラスが持って行ってしまうので。そういえば一度、フロントラインの箱を持って行かれたことがありました。
山本:フロントラインを!?(笑)。
クレス:そうなんです。猫に使おうと思って軽トラの後ろを開けて置いておいたら、そこまでカラスが来て、箱ごと屋根の上まで持って行って、食べられないのでそのまま。せめて落としてくれと思ったんですけど、そのまま一箱無駄になりました。今回の話じゃないですよ(笑)。
山本:安心しました(笑)。

山本:あと猫が見たくて島に行く方は泊まったほうがいいですよね。昼間だとあまり猫が活動していないので。
クレス:夏とかだいたい始発の船が朝9時とかなので10時頃に着いて、最後の船が15時くらいなんですけど、その間が一番暑くて、猫は隠れてていないんですよ。猫島に行ったのに猫がいなかったとがっかりして帰られる観光客もいますんで、できれば宿泊するのが一番ですね。
山本:僕も一人で島に泊まったことがあるんですけど、朝になると漁師さんが釣ってきた魚を猫たちにわけてあげるんですよね。猫たちはその生の魚をバリバリ食べるんですけど、あれ骨は大丈夫なのかと心配になったんですが。
クレス:そうですね。私も心配なんですけど、食べ終わってもゲーゲーしてる子もいないので、すごいですね。私も最初は心配してたんですよ。小骨が刺さってないかなとか。骨が原因で何かというのを聞いたことがないので。
人と猫が共に生きる島
山本:では参加者の方からの質問です。
参加者:いま島には猫が何匹くらいいるのかと、不妊去勢はされないのかと、島の猫の病気でどういうものが多いのか。その辺の事情を教えてください。
クレス:数はだいたい130匹くらいです。震災後に一時的に減ったんですけど、自然の摂理と言うか、その年は子どもがものすごく生まれて、普通は厳しい環境なので5、6匹生まれて1匹育てばいいくらいなんですがたくさん育って。130匹くらいになって、それが100年くらい変わっていません。それが不妊去勢の返答にもつながるかと思います。不妊去勢をするというのは、数が増えすぎて苦情が出たりというのが大きな理由になると思うんですが、島にその必要性はないんです。
ただ猫の中にも住んでいる場所が違っていて、港の猫たちは一番住んでいる環境が厳しいので、ものすごく短命です。山のほうにいてたくさんエサをもらっている子たちは、半分飼い猫のようで寿命も長いです。そういう子たちの中には何かの理由で家の中で飼われる子もいて、そうすると増えてしまうので不妊去勢をしている子もいます。私としてもアドバイスはしますが決めるのは島の方なので、今のところは全頭するという話にはなっていないです。
病気で多いのは、ウイルス性の猫風邪です。やはり夏は暑すぎて冬は寒すぎるという気候に寄ることだと思います。あとはキャットフードはあげているのでガリガリに痩せている子はいないんですが、それでもお腹は空かせている状態ですので、港に行って魚を食べてしまいます。魚には寄生虫がいて、何匹かランダムに調べたことがあるんですが、やはりかなり寄生虫を持っていました。
参加者:観光客がエサをあげるのはルールでダメということになっているというお話でしたが、島の方がそういったリスクのある魚をあげるというのは問題になっていないのでしょうか?
クレス:そうですね。歴史的にずっとそうしてきたことなので、それで死んでしまった子もいるかもしれないですが、それでも変わらず130匹くらいの数が保たれていて。私が「止めなさい。危ない。虫がいるから魚はだめよ。全部ウェットフードにしなさい」とかは、私の立場で言うことではないと思います。
参加者:島民で猫島であることに反対する方はいないのでしょうか。
クレス:島民で猫が嫌いな方もいます。ただ猫はずっと島にいたということで、受け入れているんです。都心部で問題になる猫の糞尿も、山が近くてそこでトイレをしているので問題になることはないですね。猫を避けている方もいるかもしれませんが、だからといって猫を減らせとか、全頭に不妊去勢して10年でいなくなるようにしろとか、そういうことはないです。
山本:それでは時間になりましたので、1部の「猫島ボランティア診療」については、ここで終わりにしたいと思います。クレス先生、ありがとうございました。
提供:松波動物メディカル 掲載内容有効期限:2017年12月31日 |