「防災力」は「飼い主力」 災害に遭う時を想像して、ペットのためにできること

「防災力」は「飼い主力」 災害に遭う時を想像して、ペットのためにできること

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「防災力」は「飼い主力」――2月に開催された環境省のシンポジウム「人とペットの災害対策」で、ペットと家族がともに行う「防災対策」をテーマに、公益社団法人 東京都獣医師会の平井潤子 事務局長が講演を行いました。その中から一部を抜粋してお伝えします。(取材:薄井慧)


被害を「見る」のではなく「学ぶ」

この動画は、阪神淡路大震災の映像で、コンビニエンスストアに設置されていた防犯カメラのものです。YouTubeでもご覧になれますので、ぜひお帰りになってから家族で見ていただければと思います。陳列されているものがバタバタと崩れて、人が立っていられない状況です。皆さまのご自宅はいかがでしょうか。お店を経営している方であれば、このお店の状況を見た上で、ご自身のお店の対策はいかがでしょうか。

この揺れの中で、まず動けるかを考えてみてください。この中で子どもやペットを連れて、さらに貴重品を持つなどして避難できるか。そして、そもそも災害が発生した時にペットや家族と一緒にいない可能性もあります。例えば、今です。今、皆さんがこの会場にいる時に災害が起きたら、ご自宅は大丈夫でしょうか? こういったことをシミュレーションすることから防災対策はスタートすると思います。

倒壊した家屋

倒壊家屋の様子もぜひ注意して見てみてください。倒壊しているのを見て、「つらい思いをされているんだろう」と思う以外に、写真から学ぶべきことはたくさんあります。例えば、1階は潰れていても2階は無事だとか。

もちろん建物の構造によって異なりますが、家を留守にする際に地震に備えるのであれば、お子さんなどには地震で潰れてしまう1階よりも2階で留守番をしてもらう、ということができます。

こういった被害の状況は、ニュースなどでよく見ると思います。ただそれを漠然と見るのではなく、「それならば自分は何ができるか」と考えながら見ていただくことが、飼い主にとっての防災力になります。

愛犬・愛猫がいる場所は安全ですか?

このような仕事をしていると、セミナーなどに意識の高い方が来てくださいます。そのような方から「うちの子さえ助かれば私はどうなってもいいんです」と言われることがあるんです。でも、私はそれは間違っていると思います。「その子を守ってあげたいんだったら、まずは自分が助かるように備えることが大切なんです」とお伝えしています。「自分が助かること」が「飼い主力」、つまり「防災力」だと思っています。

というわけで、まずは室内を見渡し、ペットがいる場所が安全かをチェックすることから始めていただきたいと思います。

1. 家具の地震対策

2007年の新潟県中越沖地震では、倒れた家具の下敷きになってパピヨンが亡くなったケースがありました。2004年の新潟県中越地震を支援した後の地震で、多くの被災者の方が「3年前にあんなに大きな地震があったから、地震はしばらく来ないと思って家具の対策もしてなかった」とおっしゃいました。

小型犬、小動物にとっては、大きな家具は危険物になります。たとえ大きな地震を経験した後であっても、家具の地震対策を行うことはとても大切です。

2. ガラスの飛散対策

ガラスの飛散対策も重要です。熊本地震ではガラスが飛び散った室内でペットが逃げ惑い、肉球をケガした事例もありました。ガラスは、掃除機やほうきで取り除いたと思っていても、床に突き刺さっている場合もあります。人はスリッパなどを履いていて気付かないかもしれませんが、そこにペットを放せば、そのペットを傷付けることになります。本当に安全が確認できるまでは、たとえ掃除をしていても、新聞紙やブルーシートを敷くことをおすすめします。


3. 留守番中の飼育場所の安全確認

留守番中の避難場所

留守番中の飼育場所は安全でしょうか。家具は、その大きさや重さによってペットの命を奪う場合があります。家具を固定し、頑丈な状態にしておいて、それからペットの場所を用意するのがよいと思います。

そして、一戸建てであれば1階より2階のほうがいい、ということもあるかと思います。例えば2階の押し入れの下段の部分に、頑丈な押し入れ家具を用意して固定しておく。そして、ペットが逃げ込めるような安全な場所を用意する。そうすれば、そこに逃げ込んでさえくれれば生き残る可能性につながりますよね。

家を建て直したり、全体の耐震対策をしたりするのは大変かもしれません。ですが、この一部屋だけ、この部分だけは安全な場所にしておく、ということではすぐにできると思います。



ペットのために備えておくべき「もの」

家の中の対策に加え、備えるべき「もの」も紹介します。


1. 食べ物

フードや水などは、常に備蓄して、1袋消費したら1袋買い足す「ローリングストック方式」をしておくことで、備蓄しているものの賞味期限が切れてしまうとか、今日食べさせるとストックが無くなってしまうから明日買いに行かなくちゃとかいう心配も必要なくなります。最近はペットフードをインターネットの通信販売で購入される方も多いかと思いますが、災害時にはネット購入もできなくなるということを、ぜひ覚えておいてください。

さらには、ペットがアレルギー対応のフードを食べている方に関しては、災害が起こるといつも食べているフードを手に入れられなくなる可能性があります。そうなった時のために、類似のフードも確認しておいていただきたいです。動物病院を通して購入する治療食も同様です。

2. 薬や療法食

薬や療法食

そして、薬や療法食のストックがあるか。動物病院の先生に相談しながら、「今日飲ませたら明日の分が無くなるから、明日もらいに行こう」ではなく、余裕のある段階で次のお薬を頂いて、ストックしておいてください。

ホテル業などでペットを預かられる方には、薬や療法食など特別なものを預けられる場合はゆとりをもって預かってくださいとお伝えしています。3日間預かるから3日分のものを、というだけでは、3日目に災害が起こったらどうなるでしょうか。飼い主さんは帰ってこられない、でも薬や療法食は無くなっている、という状態になってしまいます。ですので、たとえ3日間預かる予定でも、5日分、1週間分のものを預けることを考えていただきたいと思います。

3. リードや首輪

リードや首輪

リードや首輪は用意できていますでしょうか? 犬ならば、使っているものがあると思います。ですが、それは避難所で係留するのに向いていますでしょうか?

災害時は強い余震が起こります。係留していたとしても、飼い主が離れた時に大きな余震が起こってパニックになれば、動物はそこを抜け出したい一心でリードを抜いてしまうことがあります。大型犬は、リードを噛みちぎってしまうこともあります。

特に都会の室内で飼われている犬は、普段から係留され慣れていません。そのような子を、長時間・長期間係留しなければいけないことを意識し、ワイヤーが中に含まれているリードや、チェーンのリードを用意しましょう。胴輪しかない場合は、胴輪に加えて何か首輪をつけて二重にするなどして、逃げ出し対策をしていただければと思います。

4. 避難用のキャリーバッグ

避難に必要なキャリーバッグはお持ちでしょうか。これは特に猫の飼い主さんと小型犬の飼い主さんに必要になると思います。猫などを多頭飼いしている場合は、どうやって運ぶかも考えましょう。家族全員が外出していて家に自分しかいない時に災害が起こったらどうするかも考えながら、運ぶ方法を家族で話し合っていただきたいです。

5. 飼育用品

飼育用品

飼育用品は準備できていますでしょうか。被災地でニーズが高まるのは、排泄物の処理袋です。また、とにかく人がペットと安全に避難しなくてはいけないとき、重い物を持つことが安全な避難を妨げるのならば、置き場所を工夫して、後から持ち出せるようにするのも一つの案かと思います。

特に猫を飼っている方には、猫のトイレ用の砂、あれは1袋持つだけでも大変ですよね。それを何袋も持って運ぶというのは現実的にありえませんよね。大型犬を飼っている方は、大型犬用のバリケンやケージを抱えて避難するのは現実的ではないと思いますので、そういったものは置き場所を工夫して、後から持ち出せるように対策していただければと思います。



ペットのために備えておくべき「こと」

もちろん、「もの」の備えだけでは不十分です。

1. 家族の待ち合わせ場所の相談

家族の待ち合わせ場所

家族全員の待ち合わせ場所を伝え合っていますか? たとえ避難の途中にはぐれてしまっても、また合流できるように、そしてそこにペットも連れて行けるように、申し合わせておくのは非常に大切なことです。特に小さなお子さんがいらっしゃる家庭では、家族単位の避難訓練をぜひやってみてください。

「今災害が起こったらどうする」「この時点で災害が起こったらどうする」ということをシミュレーションし、その対策を考えておきましょう。例えば、「この小学校の体育館の入口で待ち合わせようね」と決まっていれば、たとえ避難の混乱でお子さんとはぐれても、お子さんは「ここにいればお母さんは来てくれるんだ」と分かるわけです。

そして避難所で活躍するのは、貼り紙です。私はガムテープとマジックペンを常に用意してくださいと提案しています。こういった伝言を貼る場所を決めておけば、集合場所と別の場所に移動したとしても、家族も、次どこに移動すればいいか分かるわけです。

2. しつけ

しつけ

そして、しつけです。犬であれば、大勢の人や動物がいても落ち着いていられるように育てておくのは、飼い始めた時からしかできない、飼い主さんにしかできない防災対策だと思います。人懐っこく育てることには、たくさんのメリットがあります。避難所でも、人が通るたびに眉間にしわを寄せている子と、みんなにしっぽを振っていた子とでは、どちらが受け入れられやすいでしょうか。

飼い主さんとはぐれてしまった場合にも、人を警戒して人に近付かない、あるいは威嚇してしまう子と、そうでない子であれば、当然後者の方が捕獲しやすいですよね。当然、成犬・成猫譲渡で、心に傷があって繊細な子については別の対策も必要になりますが、こういったことも意識していただきたいです。

避難所では、ケージに入る機会も多くなります。ケージに入れることに抵抗がある飼い主さんも多くいらっしゃいましたが、慣れてさえもらえれば、ケージに入れることがむしろ安心材料になります。防災対策のためにハウストレーニングをするというと本末転倒になるかもしれませんが、飼い主さんが入院する、ホテルに預けるなど、いろんな時に「ケージに入る」ことは必要になりますので、そのためにもトレーニングしておくとよいかと思います。

東日本大震災で保護された犬

この子は東日本大震災で保護された子です。このケージを見てみてください。これはこの子がやったのではなく、この前に入ってた子がやったんですね。特に柴犬なんかは、入り慣れていないと、口をケガしてでもこういったものを噛み続けて、変形してしまうまでにしてしまいます。それだけのストレスがかかってしまうのであれば、日頃からこういう場所を「入り慣れている場所」にすることが、やはり犬の安全につながります。


3. 地域でのコミュニケーション

地域でのコミュニケーション

地域でのコミュニケーションはいかがでしょうか。犬であれば、毎日のお散歩仲間同士が会った時に「同じ避難所に行った時にどうする?」っていう話をしておくだけでも、共助につながります。ペットを飼える集合住宅であれば、飼い主さんの連絡網を作っておくことも効果的です。例えば出かけていた時に災害が起こった場合、「うちは無事ですよ」という情報が来るか来ないかで、ずいぶん気持ちが違うと思います。地域コミュニケーションは共助への第一歩です。

4. 迷子対策

迷子対策も重要な準備です。犬は鑑札がある場合もありますが、迷子札やマイクロチップなどを二重三重に備えておきましょう。災害時に飼い主さんがペットを探す思いは、とても切ないものです。「死んでいるということでもいいから知りたい」という飼い主さんもいらっしゃいます。そういう思いをしないよう、対策を考えてください。


5. 健康管理

健康管理

また、ペットの健康管理も飼い主さんにしかできない対策です。急きょペットホテルに預ける場合なども、ワクチン接種やノミ・ダニへの対策は必要になります。平常時にきちんと飼っておくことが、災害を乗り越える第一歩になります。かかりつけの動物病院で定期的に健康診断をして平常時の数値を知っておけば、災害時に異常が見つかっても、それが災害によるものなのか平常時からそうなのかを判断できます。

「被災」は何を意味するのか――ペットと一緒に、災害を乗り越える

巻かれた首輪の中に入ったフード

何も持ち出せるものがなくても、手に入るもので工夫する。それも防災力だと思います。犬であれば、フードはざらっと撒いてあっても食べられると思います。ただ、首輪を巻いてその中に入れてあげれば食べやすいだろうと、ボランティアの方々がこのようにしてくださったんですね。もちろん、備えることは大事です。ただ、持ち出せなかった時にどうするか。ペットへの愛情は、こういう時にも発揮されるものです。

避難所には、被災して家族を失い、財産を失い、ペットを失った方もいらっしゃいます。心に大きな傷を負った方がいらっしゃいます。東日本大震災では約16万人の方が犠牲になりました。行方不明だった女の子のランドセルが5年後に見つかり、そのそばにあごの骨のかけらがあり、それでとても喜ばれた親御さんもいらっしゃいました。

そのような気持ちが被災地には16万人分あるということ、そして、発災直後、行方不明になった直後にはそのような方々がどのようなお気持ちでいたかということ。それを思いながら、ペットとどう暮らすかを考えてみてください。

笑顔の飼い主の方々

辛い話をしてしまいましたが、ここに写っている方々は皆さん被災されています。ですが、ペットと一緒に写真を撮ってみると、写るのは笑顔なんです。さまざまなものを失った中でも、人はこのように笑顔になれるのだと、私は痛感しました。人と動物がともに災害を乗り越えるために防災力と飼い主力を高めることが、みなさんとペット、家族、地域を守っていくのではないかと思います。