ペットサロン生き残りの鍵は「コンシェルジュ」 柳原伸明ペットサロン協会会長インタビュー【変革するペット産業 #1】

ペットサロン生き残りの鍵は「コンシェルジュ」 柳原伸明ペットサロン協会会長インタビュー【変革するペット産業 #1】

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楽天のペット保険参入、二次診療を専門とする日本動物高度医療センターの株価好調、そしてICTやIoT、AIなどペットテック商品・サービスの登場でにわかに活気づくペット業界。一方で犬の飼育頭数は減少傾向にあり、殺処分問題や動物虐待など一刻も早く解決しなければいけない課題も山積みとなっています。新連載「変革するペット産業」では、ペトことを運営するシロップ代表の大久保が業界のキーパーソンたちに、ペット業界はどのように変わっていくべきなのか。どのような未来を描いているのか。お話を伺っていきます。第1回のキーパーソンは、日本ペット用品工業会会長を経て2017年6月に日本ペットサロン協会の会長に就任した柳原伸明さんです。ペット業界で40年近いキャリアをお持ちの柳原さんに、ペットサロンが抱える課題やペット業界のあるべき姿について伺いました。


夢は「ペットコンシェルジュサロン」の普及

大久保:昨年ペットフード協会が発表した犬の飼育数はついに900万匹を下回り、減少傾向が続いています。柳原さんはこの状況をどのようにとらえていますか?


柳原:もっと減っていくでしょうね。犬の値段も高くて、動物病院に行くのも高い。高いと言っても当たり前の値段ですけどね。景気が良くなれば話は別ですけど、これからはお金を払えるかどうかになってくるんですよ。病院に連れて行けない。良いご飯も買えない。それやったら飼わんほうがええんちゃうっていう人たちが増えてますね。

子犬が売れる数は減ってますけど、保護犬を飼う数は増えていくと思います。保護活動をされてる方は誰にでも譲渡してるわけじゃないですから、飼育環境を見て、病院に連れて行ける人たちしか飼えない。そこは基本になっているでしょうね。



柳原伸明 日本ペットサロン協会会長
日本ペットサロン協会会長の柳原伸明さん

ペットサロンは二極化する

大久保:猫の飼育数は横ばいですが、ペットサロンとしては犬の飼育数の減少が店舗運営に大きく関わってくるのではないでしょうか。

柳原:これから犬の美容は高級路線と低価格路線で二極化していくと思いますよ。高い値段を取るお店はその分、安心とか技術とか店員さんの接客スキルが高いですね。犬を洗ってくれればいいって人は、いまだに2000円、3000円でやってくれるお店へ行くでしょう。その二つのパターンができていくのではないかと思います。
後者の犬は高いお店へ連れて行っても拒否られるかもしれません。あんまり来ない人は、申し訳ないけどできないですって。それくらい価値を付けていかないと犬の美容も難しい。トリミングでめちゃくちゃ流行ってるお店って聞いたことありますか?

大久保:聞かないですね。

柳原:めちゃくちゃ来ると大変なことが起こるんです。スタッフの数はめちゃくちゃ来るときに合わせてそろえとかないといけないんで、来ない時は遊ばせることになる。だから大型の美容室というのは難しい商売です。3〜5人くらいがいいでしょうね。

美容室って美容だけが仕事じゃないんで、100%美容をやってるところってゼロです。売り上げに対する美容の比率って半分以下にしておかないとやっていけないです。ここが一番の問題ちゃうかなって思いますね。美容をやらなくても、他のサービスで補えるようにしないといけないわけですけど、グッズ置いても売れないですよね。みんなネット通販で買いますから。

じゃあ残りの50%は何するの?って話になるわけで、サービスですよ。預かってしつけをするとか。アメリカなんかじゃ当たり前なんですよ。朝預けて、仕事帰りに迎えに来る。保育所と一緒です。「うちへ連れてきて預けてくれたら社会性ができてすごく良い子になりますよ」って言うか言えへんか。もちろん言うなら勉強しないといけませんよ。でもこれをみんなしてないんです。なんぼかはしてますよ。でもみんなはしてないです。


大久保:専門学校でトリミングの技術は学びますけど、そういった経営やマーケティングは学ばない。独立してから慌ててするのでは遅いと思うんです。教育を変えていく必要もあるのではないでしょうか。

柳原:チラッと教えておくのはいいけど、聞く耳を持ってる子が少ないんですよ。そんな状態で聞いてもだめなんです。だから皆さん独立してから必要性に迫られて経営塾とかに行くんです。先生も、生徒さんたちに「夢を持ってやろうや」って言うてくれる人がどんだけいるんかな。何百万円って授業料払ってるんですよ。でも聞かない子は仕方ないと、その子たちの心をひきつける先生がいないんですよ。生徒を引きつける力が無いのにお客さんを引きつける力を生徒に教えられるわけがないですよね。

ペットサロンのあるべき姿とは

大久保:トリマーには国家資格があるわけではないので、専門学校で学べば誰でもなれてしまう。需要が減っている状況でバランスが取れていないのではと思うのですが。

柳原:トリマーさんて全然余ってないですよ。来てほしいお店はいっぱいあるんですけど、やらないんですよ。自分の家で近所の犬を相手にやってればいいってトリマーさんがほとんどです。なぜか言うたら、クレームが多いんです。事故も多い。

事故はせんことがいいんですけど、あるんです。ペットサロン協会でも事故を起こさないための方策を考えてますけど、それでも起きた場合のために保険を用意してます。でも、「うちは絶対に事故しませんから、そんなもんいりません」って言う人いっぱいいます。そんなん絶対に言い切れるわけないですよ。

実際トリミングテーブルから犬が落ちて死んで、何百万円の賠償金を払うこともあるわけです。「保険に入っておけばよかった」って後で言うんです。店を売って辞める。そんなの悲しいですやん。じゃあ保険に入ってればそれでいいかっていうと、そういうわけでもないんです。ペット業界って、モノの業界みたいに不良品があってクレームが来て悲しいとかそんな状態じゃないです。「犬が死んだ」ってもう最悪なんですよ。そんなものすごい嫌な思いをする仕事やりますか? やらないですよ。

大久保:そうするとペットサロンはどうあるべきなのでしょうか。

柳原:ワンちゃんは急に飛び出すものですから、大きいお店や老舗のお店は分かってて注意してやります。でもトリマーさん、不注意で落とします。だからそういうことを無いようにしないといけない。ペットサロン協会では、事故の無いお店を表彰する仕組みを設けています。これからのトリミング業界はそういう安心・安全なお店が選ばれるようになって、淘汰されるでしょう。

美容室って美容の技術だけではないんですよ。人としゃべること、やはり男前とか美人とかも一つの要素です。センスが良いとか。綺麗な美容室で綺麗なトリマーさんがワンちゃんを綺麗にしてくれたらすごく良いお客さんが来てくれる。そしたらそこで1匹に対していろんなサービスをしてあげる。これコンシェルジュなんです。

僕が今一番言いたいのは、ペットサロンは「ペットコンシェルジュサロン」になってほしいということです。例えば、「地震が起きたらうちに来てください。みんなで一緒に避難しましょう」って言ったらみんなそこに行くでしょう。でも、みんな遠くのお店に行って近所のお店に行かないですよね。何でかって言うたらそういう近所の活動をしてないから。もっとしてくださいよ。「うちの子、噛み癖で困ってるんです」って言われたら、「訓練所行けばよろしいやん」て言うんじゃなしに、「じゃあうちに訓練士さん呼びますから」って訓練士さんと組んだり、獣医師さんと組んでアドバイスもらったり。

そういうコンシェルジュサロンになれたら、ペットサロンは生き残れます。昔から変わらず3000円とか4000円で美容やってたら、給料払えるわけないです。「じゃあ値段上げます」ってそんなわけにもいかんでしょう。そうなってくると、他の付加価値が求められる。モノも売れるし話もできるしトリミングもできる。トリマーさんはそういうマルチな人じゃないと。「私は人としゃべるのが嫌だから犬の美容が好きです」なんて人いっぱいですよ。でも犬が「こういうカットしてくれ」って言うわけじゃないんだから、人としゃべらんと犬の美容なんてできませんて。そういうのが現状でしょうね。

だからこれからはトリミングだけじゃない知識をいっぱい持って、飼い主さんに相談されたらなんでも答えられるようにする。僕の夢はそういうペットコンシェルジュサロンをいっぱい作ることですね。

柳原伸明 日本ペットサロン協会会長とシロップ代表の大久保泰介

監督官庁の多さは課題の一つ

大久保:柳原さんはペット産業をずっと見てこられた方ですが、昔はどんな感じだったのでしょうか。

柳原:今でこそ人と同じ原料を使ったドッグフードなんて珍しくなくなりましたけど、昔は人が使わないものを使うのが当たり前でしたね。言ったら飼料ですよ。それもタンパク質を増やすために鳥の毛を入れて、「うちのドッグフードはタンパク質50%も入ってます」って売るわけです。みんな下痢します。「タンパク質だったら何でもええ」って考えはダメですよね。当たり前ですけど、そういう時代もあったんです。

大久保:今は「ペットフード安全法」があるので、ペットフードと言えど変なものを出すことはできなくなりましたね。

柳原:悪いものは絶対出したらあかんと思います。そこは農水省にピシッと線引やってほしいです。逆にペットのためになるものは、どんどん入れてほしいんですけど、農水省の人がみんな犬飼うてるわけではないので、感覚が少し違う。そこはもっと有識者を入れて今の社会に合う判断をしてほしいなって思ってます。

環境省の方は今の担当者がすごく前向きで、いろんなところの会合に顔を出して、いろんな考えがあるっていうことを見ていてくれてるんで、すごく良いなって思いますね。それは動物好きじゃないとできないことですね。

あと用品(グッズ)のほうは経産省の管轄で、みんなバラバラなんですよね。ペット用品工業会は経産省、ペットフード協会は農水省、ペットサロン協会は環境省。ペット庁みたいなのができたらもっとわかりやすくなっていくんでしょうけど、バラバラになってるとつらいものがありますね。

日本のペット文化はここがヘン

大久保:柳原さんは日本のペット産業だけでなく海外についても深い見識をお持ちだと思いますが、どのように情報収集されているんですか?

柳原:私は自分でやってみないと気が済まない性格なので、アメリカにも5年くらい住んでみて、アメリカ人がどうやってペットを飼ってるか研究してましたね。アメリカに限らず小さいところから大きいところまで、世界中のドッグショーとか産業見本市に行って、「これからどんな商品がでるのか」とかいろんな情報も集めてきました。自分が実際に試して、良いと思ったことしかやらない。それを鉄則にして40年ほどやってきましたね。

大久保:インターネットのお蔭で世界中の最新情報を知ることができるようになりましたけど、それでも自分の目で見て、実際に試して得られたものには価値があると思います。飼い方の面では、日本と海外で比較してどういう違いがあると思いましたか?

柳原:日本はペットを「異常にかわいがる人」と「異常に嫌う人」がいるっていうのがすごく変わってるって言われますね。もちろん海外にも噛まれてトラウマになって異常に嫌う人とかいますけど、それでも「犬が嫌い」なんて言うと、「あなたは心が無いんか」って言われるんですよ。

これは宗教とか文化の違いがあると思うんですけど、欧米では「神の使い」「フレンド」としていつもいる存在でしたから、「番犬」なんてランクがあった日本とは全然違いますね。公のルールを守るためのしつけもできてて当たり前。日本だったらちょっとできただけで「うちの子賢い」とかって言うて。当たり前のことが全然できてないわけです。

大久保:根本に宗教や文化の違いがあるとなかなか変えていくというのは難しいと思いますけど、日本でもペットの存在が公に認められる社会になるためにはどうすればいいと思いますか?

柳原:先ほど言った「異常に嫌う人」の存在によって日本のペット産業は進まないし、これは簡単には解消されないと思います。だから私はその「異常に嫌う人」を「嫌いやけど我慢してくれる人」に持っていく方法をいつも考えてます。

大久保:どんな方法があるんでしょう?

柳原:やはり飼い主さんの誠意ですよね。いろんなところでやられてますよ。マンションでペットクラブを作って、ルールを作ったり清掃活動をしたり。「そこまでされたらしゃーないな」って言わすことが一番大事なことかなって思うんですね。人の心を変えるのは無理かもしれんけど、ちょっとでも嫌いな気持ちをやわらげてもらうってことが、「ペットを飼うこと」の中で重要なことかなって思いますね。

ビジネスチャンスは「犬と人の幸せ」にある

柳原伸明 日本ペットサロン協会会長とシロップ代表の大久保泰介

大久保:これからのペット産業については、どうあるべきだとお考えですか?

柳原:私がこの産業で40年もやっていることが良いことなのか。ライフスタイルも新しい時代に変わってきてる中で、いまだに私らみたいな人間がペット業界の上……って言ったら語弊がありますけど、業界の中でやってるっていうのが一番問題だと思ってますね。だからできるだけ新しい人に新しいことをしてほしいんですよ。

この年になっても何のためにやってるかと言うたら、ワンちゃんが幸せになるためなんですよ。ワンちゃんが幸せになるためには、自分が不幸になってたらだめですね。ワンちゃんと自分が一緒に幸せになっていく方程式が絶対にあるはずです。それがこれからのペットビジネスのチャンスになるはずです。間違いないです。

大久保:ライフスタイルの変化という意味では、やはりIoTやAIといった分野の新しい技術がペット産業に与えるインパクトは計り知れないものがあると思います。飼い始めをとっても今は人が自分の好みで犬猫を選んでいますが、生活環境や動物ごとの習性、お互いの性格などの情報を蓄積していくことで、犬猫のほうが自分に合った飼い主を選ぶ時代が来るかもしれません。

シロップとしても、犬猫の種類や年齢、性別、サイズ、性格などの情報から個々に最適なフードやグッズを提案するペットテックに取り組んでいきます。ペトことはもうすぐリニューアルする予定で、近々その一端をお見せできると思います。

柳原:若い人のそういったアイデアで、最適解を見つけていってほしいですね。大久保くんも、もっともっと良い方向に持っていってよ。私なんかは使わなくていいから、若い人の力で。

大久保:頑張ります(笑)。そうは言っても、柳原さんが40年で見てきたもの、体験されてきたことの価値は、若さや技術で簡単に追いつけるものではありません。ぜひ今後も業界の健全な発展にご尽力いただければと思います。今日は貴重なお時間頂き大変ありがとうございました。