狂犬病で注意すべきは犬だけではない!? 清浄地域から外れた台湾の調査報告を紹介

狂犬病で注意すべきは犬だけではない!? 清浄地域から外れた台湾の調査報告を紹介

Share!

狂犬病は狂犬病ウイルスによって引き起こされる感染症で、人を含む全ての哺乳類が感染し、発症した場合にはほぼ100%死に至るという恐ろしい病気です。2013年7月、狂犬病が無い清浄地域とされていた台湾で、野生のシナイタチアナグマに多発的な狂犬病ウイルス症の発生が確認されたのです。今年7月、国際誌『International Journal of Environmental Research and Public Health』にて、台湾におけるイタチアナグマの人への感染リスクを調査した論文が掲載されましたので、その内容を獣医師の福地が解説します。

狂犬病は狂犬病ウイルスによって引き起こされる感染症で、病名からイメージしづらいのですが人を含む全ての哺乳類が感染し、発症した場合にはほぼ100%死に至るという恐ろしい病気です。日本では狂犬病予防法により人への媒介動物である犬に予防接種が義務付けられ、人への感染は1957年以降報告されていません(※)

※海外で感染し、国内で発症した例は数件報告されています。

しかし、アジア・アフリカなどの開発途上国を中心に発生は継続しており、世界中で年間約6万人の死者が出ています。遠い国の話……と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが狂犬病が無い国や地域(清浄国・清浄地域)は、日本の他にオーストラリア、ニュージーランド、ハワイ・グアム・フィジーなどの南太平洋諸国に限定されています。

そして2013年7月、狂犬病が無い清浄地域とされていた台湾で、野生のシナイタチアナグマに多発的な狂犬病ウイルス症の発生が確認されたのです。

シナイタチアナグマ
シナイタチアナグマ
Photo by Николай Усик

今年7月、国際誌『International Journal of Environmental Research and Public Health』にて、台湾におけるイタチアナグマの人への感染リスクを調査した論文が掲載されましたので、その内容を獣医師の福地が解説します。


清浄地域だった台湾で狂犬病が発生

2013年7月、1961年以降に狂犬病の感染が報告されていなかった台湾でシナイタチアナグマによる多発的な狂犬病ウイルス症が発生しました。狂犬病にかかったイタチアナグマから犬や猫が感染すると、その犬や猫から人が感染する可能性が高まります。そのため台湾では2013年から人への感染を防ぐため、犬や猫への大規模なワクチン接種が実施されています。

しかし、イタチアナグマの狂犬病流行は継続しており、2018年4月までに51人が狂犬病に感染したイタチアナグマに噛まれています。幸いなことに、2018年4月まで狂犬病による死者は確認されていません。

狂犬病の動物は異常行動を示します

狂犬病に感染したシナイタチアナグマの攻撃は、通常のイタチアナグマのように挑発や敵対心によって引き起こされる攻撃とは違ったメカニズムで行われます。狂犬病ウイルスは脳神経を侵すため、正常な思考が失われ行動がおかしくなるのです。

例えば、犬や猫では意味なく攻撃的になり、いきなりかみつくなどの行動が出ますし、牛では逆にぼうっとしていろいろな刺激に対して鈍感になる行動が見られます。いずれの行動でも、「外部からの刺激に対して過剰/鈍感になる」「刺激が無いのに攻撃してくる」などの異常行動がみられます。

台湾では犬が狂犬病の感染リスクを下げていた!?

今回の調査では、台湾東部と西部において、狂犬病がシナイタチアナグマに風土病的に流行している地域が調査対象となりました。期間は2010年3月から2018年4月で、人の日常生活上で発見され狂犬病と診断された654件のうち、215件のイタチアナグマの例が調査対象となり、215件のうち狂犬病に感染したイタチアナグマによる人への咬傷は51件ありました。

51件のイタチアナグマによる咬傷のうち、37件は屋内で、14件は屋外で起きました。ロジスティック回帰分析という統計手法で分析したところ、犬の存在がイタチアナグマに噛まれるリスクを下げていたことがわかりました。

屋内に人がいて、犬が近くにいない状況ではイタチアナグマに噛まれるリスクが約36%だったのに対し、犬が近くにいた時は約6%でした。屋外の場合は犬がいない状況で52%だったのに対し、犬がいた場合は約5%でした。屋外でも屋内でも統計学的に有意な差をもって、犬が近くにいた場合に狂犬病に感染したイタチアナグマに噛まれるリスクが減少したのです。愛犬の存在が、狂犬病に感染したイタチアナグマの攻撃から飼い主を守っていたといえます。

ちなみに、今回調査した山岳地方で犬はいわゆる番犬として飼われていました。狂犬病に感染したイタチアナグマが屋内に侵入した81例のうち76例では、人を攻撃する前に飼い犬がイタチアナグマを発見して飼い主が攻撃されないようにした一方、残りの5件では犬がいないときにイタチアナグマが人を攻撃し、飼い犬が気付くまで攻撃は継続しました。

狂犬病で注意すべきは犬だけではありません

アライグマ
アライグマ

台湾だけでなくアメリカのような先進国でも狂犬病は排除できていません。イタチアナグマやアライグマといった野生動物の中で狂犬病ウイルスが維持されてしまっているために、排除が難しいのです。犬が狂犬病に感染した野生動物から人を守るのではないかという報告は、日本人からすると意外だったかもしれません。

実際、日本では人の狂犬病への感染のほとんどは犬の咬み傷によって起きていました。年間3000人の死者を出していたこともあり、日本では犬を飼い始めたときに「市町村への犬の登録」と「年1回の予防接種」「動物の輸入検疫」を取り入れた狂犬病予防法によって、狂犬病ウイルスは日本から駆逐されました。

しかし、アメリカではワクチンが接種されていない野良猫の存在が人への感染源として大きな要因になっているという論文も存在しています。本稿執筆時にも、ノルウェーで狂犬病に感染したトナカイの報告があり、ヨーロッパでも狂犬病が発生したことに筆者も驚きました。

清浄国を維持するためにも予防接種の徹底を

今回紹介した台湾やアメリカなどの先進国でも、狂犬病が発生している場合は野生動物の中で狂犬病ウイルスの感染サイクルが確立してしまっているため、飼い犬を対象とした対策だけでは不十分な状況になっています。ワンちゃんを飼ってる家庭には年1回、狂犬病予防接種のハガキが来ると思いますが、清浄国を維持するためにも必ず受けるようにしてください。狂犬病は清浄化しても、どこから侵入してくるかわかりません。日本でも継続した狂犬病対策が必要です。

調査概要

  • 調査期間:2010年3月-2018年4月
  • 対象者:狂犬病罹患と診断されたシナイタチアナグマ
  • 調査方法:狂犬病罹患シナイタチアナグマの攻撃を受けた人の症例について、攻撃を受けやすい/受けにくい要因について統計学的手法を用いて分析。
  • 詳細:『Human Exposure to Ferret Badger Rabies in Taiwan』『狂犬病監測結果』(行政院農業委員會動植物防疫檢疫局)

参考文献

  • 『台湾で、イタチアナグマから分離された密かに循環してきた狂犬病ウイルスの分子学的特徴』
  • 杉山誠、伊藤直人(2017)「狂犬病」『化学療法の領域』3月号 363-372 医薬ジャーナル社