犬も仮病を使う?見分け方や対処法などを行動診療科獣医師が解説

犬も仮病を使う?見分け方や対処法などを行動診療科獣医師が解説

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学校や行事、仕事を休みたくなったとき「仮病」を使うか考えたことはありませんか? 病気で苦しんでいるかどうかは本人にしかわからないので、「今日体調が悪くて……」と言えば他の人は「ゆっくり休んでくれ」としかいいようがありません。では、犬に仮病はあるでしょうか? 犬が足を引きずっていたり、震えたり、体の一部を痛がったりするなど、体調が悪そうなふりをするでしょうか? 仮に体調が悪そうなふりをするとしても、何か良いことでもあるのでしょうか? 今回は「犬の仮病」と題して行動学的視点から行動診療科獣医の鵜海が解説していきます。

犬の仮病とは

パグ

仮病とは、本人は病気でないことを理解しながらも、何らかの利益のために病気を偽ることです。仮病は俗称で、医学的には「詐病」が正しい用語となっております。そのため、以降は「仮病=詐病」として扱わせていただきます。

しかし、人医領域には、どれほど診断のための検査をしても医学的に説明できない、けど身体症状を訴える状態があり、そのことを「医学的に説明困難な身体症状(MUS:Medically Unexplained Symptoms)」と呼んでいます。

MUSとは、「何らかの身体疾患が存在するかと思わせる症状が認められるが、適切な診察や検査を行っても、その原因となる疾患が見出せない病像」のことです。

MUSには、以下の4点が含まれております。

  1. 未知の疾患による身体症状
  2. 医師の能力不足のために未診断のまま放置されている身体症状
  3. 詐病および虚偽性障害
  4. 身体表現性障害などの多彩な病態や疾患


少し小難しい話になりましたが、犬でもこういったことはあり得るのでしょうか?

残念ながら1・3・4については、「現状ではわかりようがない」というのが現在の回答です。「1.未知の疾患による身体症状」については獣医療の発展を待つこと、「3.詐病および虚偽性障害」「4.身体表現性障害などの多彩な病態や疾患」については以下をご参照ください。

幸い、「2.医師の能力不足のために未診断のまま放置されている身体症状」についてはセカンドオピニオンを受ければ実は診断がつく疾患だったということはあり得ます。とはいっても目の前の症状が、一般の臨床医が気づきにくい疾患である確率はかなり低いでしょう。

3.詐病および虚偽性障害

詐病と類似した精神疾患で虚偽性障害がありますが、これは、「あなたは病気である」と認められたい、認められることを目的とした精神疾患のため、詐病とは分けられます。

犬に病気という概念は認識できないので、虚偽性障害は生じ得ません。ミュンヒハウゼン症候群や医者巡り症候群も虚偽性障害の1つです。


4.身体表現性障害などの多彩な病態や疾患

身体表現性障害とは、以下のような状態を指します。

  1. 適切な検査を行っても、身体的主訴(身体が痒い、お腹が痛いなど)は医学的に既知の一般身体疾患、物質(乱用薬物など)の作用、他の精神疾患によっては十分に説明できず、
  2. その症状は、臨床的に著しい苦痛、または社会的、職業的、その他の領域における機能障害を引き起こしており、
  3. 心理的要因(不安、恐怖、葛藤など)が、症状の発症、重症度、悪化、持続性に重要な役割を果たしていると判断され、
  4. その身体症状は意図的なものではない(嘘はついていない)。

しかし、犬や猫などの動物においては身体表現性障害という診断名はなく、診断のしようもないので、仮にあったとしても「原因不明の跛行」「原因不明の疼痛」など、「原因不明の○○」として判断され、それが日常的に支障をきたすようであれば、対症療法が実施されるでしょう。

そして仮に獣医療全般が発展してきて、人と同じくらいさまざまな病気が発見され、診断されるようになったとしても、今後犬と言葉でコミュニケーションが取れない限りは、「詐病」「身体表現性障害」などの診断を下すことは不可能でしょう。

仮病と思ってはいけません

仮に犬が仮病をすると考えたときに、利益は何かというと「飼い主さんの関心を引くこと」が一番に挙げられるでしょう。もしかしたら、「飼い主さんを避ける」「オヤツなどの報酬をもらう」という利益も場合によってはあるかもしれません。

そして私の主張は「猫の仮病」と同様、「犬に仮病という概念を持ち込むべきでない」ということです。「仮病」と一言にしてしまうと、誤った認識が広がってしまうこと、本当に疾患である場合があることからです。

ネット上で「犬 仮病」などのキーワードで検索した際に(もちろん獣医の専門書には仮病や詐病といった項目はありません)、「足を引きずっているけど走ることもある」「咳が出る」「朝元気がなくなっていて夕方にはすっかり元気だった!」などといった記事を見かけます。また、そういった状況で動物病院に連れて行った際に、「獣医さんに『仮病だね』と言われた」という記事を散見します。

しかし、獣医学的には仮病がないため、「そう大事には至らない自然に治る状況なので、飼い主さんを安心させるために言っている」と思われます。

仮に「仮病」といわれた症状が「治っていない!」「悪化している!」「時間をおいてまた再発した!」とのことであれば、本格的な疾患を考えていかなければなりません。その際は必要な検査を受けましょう。


犬の仮病と病気の見分け方

布団にいる犬

まずは気になっている行動が「医学的疾患なのか」「医学的疾患ではないのか」ということは最重要です。医学的に問題なければ、次に行動学的疾患を考慮していくべきでしょう。

以下にチェック項目を示します。当てはまるようであれば、医学的疾患を疑ってください。

  • 誰もいないところでも起こる
  • ずっとその行動をしている、またはその行動が繰り返し起きる
  • 環境の変化は一切ない
  • 飼い主との関わり合い方の変化は一切ない
  • そもそも元気食欲がない

もし、気になる行動が上記チェック項目に当てはまるようであれば、まずは動物病院に連れていき、大きな異常がないか確認しましょう

犬の仮病の理由

指を甘噛みする犬

「持続的ないし断続的に仮病みたいな行動している」→「必要な検査もした」→「自宅で大きな変化はない」→「それでも特別に異常が見つからない」という状況であれば、行動学的疾患を考えなければなりません。

犬が仮病のような行動をする理由としては大きく以下の3つが考えられます。

  • 関心を引く行動
  • 回避行動
  • 懇願行動

どういうことかというと、例えば、「関心を引く行動」であれば、「少し動きを少なくしたら飼い主さんが構ってくれた」→「飼い主さんの前ではあまり動かないようにしよう」というように動きが少ない方が飼い主さんの気を引けるということが学習されていきます。

また、「回避行動」であれば、「足を引きずる」→「いつもちょっかいかけてくる子どもが無茶してこない」というように足を引きずることで嫌なことが回避できるということが学習されていきます。

「懇願行動」であれば、「突然ギャンギャン鳴く」→「飼い主さんが心配していつも与えないような特別美味しいオヤツをくれた」というように実際の物としての報酬が与えられると、突然ギャンギャン鳴くことにより美味しいオヤツがもらえるといったことが学習されます。

そうであれば、対象となる人物が目の前にいなければ、そういった行動がみられなくなります。気になる方は留守番カメラで観察してみると良いでしょう。まずはその気になる行動に至るきっかけ探しです。

「関心を求める行動」とは

誰かが犬に対して関心を向けることによって強化されている行動のことです。つまり、「誰が」「どの犬に対して」「どんなタイミングで」「どのように関心を向けて」「その際犬はどう反応して」「どんな行動が多くなっているのか」ということを確認しなければなりません。

「回避行動」とは

誰かが犬に対して行う嫌なことが回避されたことによって強化されている行動のことです。つまり、「誰が」「どの犬に対して」「どんなタイミングで」「どのような嫌なことをして」「その際犬はどう反応して」「どんな行動が多くなっているのか」ということを確認しなければなりません。

「懇願行動」とは

誰かが犬に報酬を与えることにより強化されているせがむ行動のことです。つまり、「誰が」「どの犬に対して」「どんなタイミングで」「どのような報酬を与えて」「その際犬はどう反応して」「どんな行動が多くなっているのか」ということを確認しなければなりません。

犬の仮病への対処法

横向きの犬

「関心を求める行動」でも「回避行動」でも、きっかけがわかってしまえばそれぞれに対応しましょう。一概に「何をしたら改善される」ということはありません。一番重要なのは、それぞれに応じた「きっかけの排除」です。

架空の事例紹介

参考として架空の事例を挙げてみます。

普段留守番が多くて構ってもらう時間が短い、ゴールデンレトリーバー3歳のランちゃんは「もっと飼い主さんと交流したい!」と感じているとしましょう。

ここでたまたま、ランちゃんが足に違和感を感じて右後ろ足をかばったときに、飼い主さんが心配して、家にいる間に何度もランちゃんを撫でたり、そばにいてくれたりしたとします。

「右足をかばったら飼い主さんが構ってくれた→飼い主さんの前では右足をかばおう」と学習が起きると右足をかばう仕草は多くなるかもしれません。しかし、これは飼い主さんとの交流の中で発生しているので、留守番のときはいつも通りの歩き方でいるでしょう。

じゃあどうするのかというと、足をかばっているときは目を向けず、むしろ他の部屋にいってしまうなどをすることにより、「足をかばうことに関心がない」むしろ「足をかばったことにより自分にとって不利益があった」と認識させることにより、足をかばう行動は減っていくでしょう。

しかし、これでは根本的解決にはなりません。そもそも飼い主さんにかまってもらう時間が短かったランちゃんですから、まずは日常的にコミュニケーションの時間を増やし、生活に対する満足度を上げ、次に、行動療法を実施していきましょう。

もし現実にランちゃんみたいな犬がいるとするならば、かまってあげる時間が少なかったせいでかばう行動をしなければならない状況にいたため、かまう時間を増やし飼い主さんとのコミュニケーションに対する欲求不満を解消するだけで、足をかばう行動はなくなっていくと思います。

※あくまで例なので、わかりやすく「足をかばう」ことを取り上げてます。しかし、実際に足をかばうことがあれば医学的疾患だと思いますので、動物病院につれていきましょう。

犬の仮病の前に常に健康管理意識を

ミニチュアダックスフンド

動物に仮病という言葉を持ち込んで欲しくない理由は3つあります。

  1. 「そもそも仮病という概念がないため、誤った知識を広げてしまう」ということ
  2. 「仮病と言ってしまうと、それ以上の原因追及をしなくなる」ということ
  3. 「仮病と思っていたが実は立派な疾患だった!」という事態も起こり得ること

3つ目であったときは手遅れになりかねなく、最悪な影響です。全人類がより有益な知識を共有できるように「混乱を招く言い方はやめましょう」ということが一番伝えたいことです。

なので一般の飼い主さんは、仮に「病気っぽくないかも」と思っても、「どこかに病気が隠れているんじゃないか?」という疑いの視点は常に持っておき、何かあれば動物病院に行って診てもらいましょう。また、病気じゃないと診断されても行動が改善しない場合は、お近くの行動診療を実施している動物病院に紹介してもらいましょう。



参考文献