【獣医師監修】猫伝染性腹膜炎(FIP)|致死率の高い症状や検査・治療方法など獣医師が解説

【獣医師監修】猫伝染性腹膜炎(FIP)|致死率の高い症状や検査・治療方法など獣医師が解説

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猫コロナウイルス(FCoV:Feline coronavirus)による猫伝染性腹膜炎(FIP:feline infectious peritonitis)は、発症すると致死的な臨床症状をたどる非常に恐ろしい病気です。猫伝染性腹膜炎(FIP)の症状、猫同士で感染するのか、消毒方法や予防方法などについて獣医師の佐藤が解説します。

この記事を執筆している専門家

佐藤貴紀獣医師

獣医循環器学会認定医・PETOKOTO取締役獣医師

佐藤貴紀獣医師

獣医師(東京都獣医師会理事・南麻布動物病院・VETICAL動物病院)。獣医循環器学会認定医。株式会社PETOKOTO取締役CVO(Chief veterinary officer)兼 獣医師。麻布大学獣医学部卒業後、2007年dogdays東京ミッドタウンクリニック副院長に就任。2008年FORPETS 代表取締役 兼 白金高輪動物病院院長に就任。2010年獣医循環器学会認定医取得。2011年中央アニマルクリニックを附属病院として設立し、総院長に就任。2017年JVCCに参画し、取締役に就任。子会社JVCC動物病院グループ株式会社代表取締役を兼任。2019年WOLVES Hand 取締役 兼 目黒アニマルメディカルセンター/MAMeC院長に就任。「一生のかかりつけの医師」を推奨するとともに、専門分野治療、予防医療に力をいれている。

猫伝染性腹膜炎(FIP)とは

2匹の猫

猫伝染性腹膜炎(FIP)は猫腸内コロナウイルス(FECV:feline enteric coronavirus)から病原性変異株(※)として猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV:feline infectious peritonitis virus)が出現するといわれています。発症すれば、腹膜炎や脳炎などを起こし、致死的な経過をたどることとなります。

病原学的に猫腸内コロナウイルス(FECV)と猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)は分類することができますが、完全に二分されないため、それぞれを明確に区別することは困難です。

※猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)は、病原性の弱い猫腸内コロナウイルス(FECV)が猫の体内で突然変異し、病原性の強い猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)に変化したという考えが最も支持を得ています。

猫伝染性腹膜炎(FIP)になりやすい猫種・年齢

窓辺の猫

宿主はネコ科動物で、世界中で発症しており、雌雄に関係なく発症します。猫から猫に伝播しにくいといわれていますが、多頭飼育している飼い猫のほうが室内で個別に飼われている猫よりも発生しやすいです。発症因子の一つとしてストレスが挙げられており、ストレスを受けてから1カ月前後で発症するそうです。

発症年齢は、若齢が多く、80%以上が2才以下の猫で発症します。純血種の一部やチーターなどの遺伝的に感受性の高い種類があります。血清中のコロナウイルスに対する抗体陽性率は、純血種で約80%、雑種で約50%だったそうです。


猫伝染性腹膜炎(FIP)の原因

猫の横顔

猫コロナウイルス(FCoV)に感染している一部の猫の体内で、猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)が全身感染を起こすといわれています。猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)は、猫から猫への伝播することは少なく、胎盤感染も起きにくいとされています。

猫コロナウイルス(FCoV)は感染力のあるウイルスなので、多頭飼いの場合には短期間に伝染し、また、ウイルスが猫間で感染し、持続感染することで維持されます。

そのため、猫コロナウイルス(FCoV)に感染しないように、または飼育群にウイルスを持ち込まないように注意することで猫伝染性腹膜炎(FIP)の発症の可能性をある程度減らすことができます。


猫伝染性腹膜炎(FIP)の症状

見つめる茶猫

初期症状は、発熱食欲消失体重減少などの症状が認められ、その症状だけからは猫伝染性腹膜炎(FIP)と診断することは難しいです。

症状が進むと、滲出型(ウェットタイプ)と非滲出型(ドライタイプ)、さらに混合型に分類される病型を示します。

滲出型(ウェットタイプ)

腹腔内・胸腔内に液体が貯留することを腹水・胸水貯留といいます。その結果、腹腔内の臓器の機能に影響が出たり、食欲不振体重減少や呼吸困難がみられたり、神経症状や目の異常がみられたりすることもあります。診断後、1週間で致死的な臨床経過をたどることが多いです。


非滲出型(ドライタイプ)

食欲不振や体重減少が認められますが、その症状だけからは猫伝染性腹膜炎(FIP)と診断することは難しいです。その後、臓器に異常を示し、致死的な臨床経過をたどりますが、早期に診断し、治療を行えば、数カ月間、延命することがあります。

猫伝染性腹膜炎(FIP)の検査・診断方法

見上げる猫

臨床症状や血液検査成績、尿検査成績、胸水・腹水・脳脊髄液・血清を用いたウイルス学的検査、病理学的検査などを行い、総合的に診断します。一つの検査だけで診断できません。そのため猫伝染性腹膜炎(FIP)の疑いがあったとしても、総合的に診断するためには時間がかかります。

猫伝染性腹膜炎(FIP)の予後・治療方法

予後は全身感染を起こし、致死的な経過をたどります。滲出型は診断後数日〜数週間で死亡し、非滲出型は数カ月で死亡するといわれています。

猫伝染性腹膜炎(FIP)の治療方法

ウイルスに対する特効薬が販売されていないため、免疫抑制剤、抗菌剤、インターフェロン製剤、ビタミン剤などを用いたり、現在発現している症状への対症療法を行います。

これは研究段階の話ですが、最近になって、「GS-441524」という物質が猫伝染性腹膜炎(FIP)に対する抗ウイルス薬となる可能性があるという論文が発表されました。

有効なワクチンがなく、致死率の高いといわれていたこの病気ですが、「GS-441524」という物質を12週間投与し続ける試験を実施したところ、70%以上の猫(24匹/31匹:31匹中、滲出型26匹、非滲出型5匹)がこの試験を継続し、試験終了時まで生存することができました。

一般的に、診断後数日から数週間で死亡するとされている滲出型の猫伝染性腹膜炎(FIP)罹患猫でも12週間の試験期間を終了し、生存することができたのです。

「GS-441524」は、RNAというタイプのウイルスの増殖を抑える効果があるとされる物質で、「GS-5734」の前駆物質です。「GS-5734」は、アカゲザルでエボラ出血熱ウイルスに対する効果があること、さらに、マウスや培養細胞でコロナウイルスに対する効果があることが判っています。

そして、これらの物質は、まだ商業化には至っていませんが、今後の展開がたいへん期待される物質です。

猫伝染性腹膜炎(FIP)の予防

野良猫

猫伝染性腹膜炎ウイルス(FIPV)は伝染力が弱く、通常の生活環境で感染することは少ないとされています。これに対して、猫コロナウイルス(FCoV)は比較的容易に、猫同士の接触や人を介して伝染します。そのため、猫コロナウイルス(FCoV)の感染を防ぐことが、猫伝染性腹膜炎(FIP)の予防ともいえるでしょう。

コロナウイルスは消毒用アルコールや次亜塩素酸ソーダなどで容易に不活化するので、これらの薬品を用いて、食器やトイレなどに付いたウイルスを物理的に排除し、化学的に処理します。

また、糞便中にも排泄されるので糞便を適切に処理することが大切です。糞便の処理の際には、糞便に消石灰をふりかけ、消毒することもあります。

猫伝染性腹膜炎(FIP)に良い食事

猫伝染性腹膜炎(FIP)による全身症状がみられたりすれば、食欲やご飯の量が減ってきます。その場合、香りが強い食事や消化のよい高栄養の食事などを与えましょう。水分が足りなければ、ウェットフードやドライフードに水分を加えた食事などを与えましょう。

猫伝染性腹膜炎(FIP)の予防対策は可能です

子猫アップ

猫コロナウイルス(FCoV)による猫伝染性腹膜炎(FIP)は、発症すると致死的な臨床症状をたどる非常に恐ろしい病気です。国内にワクチンは販売されていませんが、予防対策をすることは可能です。この記事を読み、病気を理解し、その他の感染症も含めて、予防していきましょう。

参考文献

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  • Osumiら,First identification of a single amino acid change in the spike protein region of feline coronavirus detected from a coronavirus-associated cutaneous nodule in a cat.JFMS Open Rep. 2018 Sep 20;4(2)
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  • Ramseyら, Manual of Canine and Feline Infectious Diseases(2001)
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