猫の膀胱炎 | 特発性と細菌性の違い、症状や原因、治療・予防法など【専門医が解説】
猫では下部尿路症状(血尿や頻尿、排尿するときに痛くて鳴く有痛性排尿困難、不適切な場所への排尿)が認められることが多くあります。このような症状を引き起こす原因すべてをひっくるめて、猫下部尿路疾患(FLUTD:Feline lower urinary tract disease)といいます。実は猫では最も一般的な病気であるFLUTDは、「原因不明」の病気です。感染症でも尿結石でもガンでもない。その症状の原因を特定できない疾患を「特発性膀胱炎」と呼んでいます。古くから原因を特定できない下部尿路症状は知られており、現在でもその明確な発症理由は明らかにされていません。多くの猫(特に若い猫)の下部尿路症状がこの特発性膀胱炎によって生じていることはあまり認識されておらず、抗菌薬や止血剤の慣習的な投与が行われているように思えます。今回は猫の膀胱炎について、日本獣医生命科学大学 臨床獣医学部門 治療学分野I・講師で獣医師の宮川が解説します。
猫の膀胱炎とは
猫の膀胱炎には、「細菌性膀胱炎」と「特発性膀胱炎」の2種類があります。猫の「細菌性膀胱炎」
細菌性膀胱炎はシニアの猫に多く見られ、膀胱に細菌が侵入して炎症を引き起こす疾患のことです。膀胱から腎臓へ感染が波及すると腎盂腎炎を発症することもあります。多くの場合、皮膚や糞便由来の細菌(ブドウ球菌や大腸菌)が尿道を登って膀胱内に侵入してくることが原因となり、他に以下のような原因が挙げられます。- 採尿のための尿道カテーテルの使用
- 排尿回数が少ない、我慢している時間が長いといった膀胱内の尿の貯留時間が長いこと
- 結石やがんなどの膀胱粘膜の防御能を障害する病気に伴う
- 生まれつきの尿道や膀胱の構造的な問題(尿道が短いなど、特にメスで多い)
猫の「特発性膀胱炎」
猫の特発性膀胱炎は、適切な検査を行ったとしても下部尿路症状の原因(感染症、尿路結石、ガンなど)を明らかにできない猫で用いられる病名であり、人の間質性膀胱炎に類似していると言われます。特発性膀胱炎は、猫の下部尿路疾患の60%を占める非常に一般的な病気です。明確な発症要因は明らかにされていませんが、膀胱粘膜の異常やストレスに対する防御反応が弱い(つまり、ストレスに体が過剰に反応してしまう)といった要因によって発症すると考えられています。尿はさまざまな有害物質を含むため、膀胱粘膜はそのような毒性物質を透過させないような障壁機能を備えていますが、特発性膀胱炎の猫ではこの膀胱壁の障壁に異常があることが報告されています。
ストレスを受けると、脳にある視床下部・下垂体から副腎という臓器に命令が出て、副腎からグルココルチコイドというホルモンが分泌されます。このホルモンは脳の青班核(せいはんかく)という場所に作用し、ストレスによる交感神経の活性化を抑えることでストレスによる体の反応が過剰にならないようにしています。ところが特発性膀胱炎の猫ではこのようなホルモンの分泌が弱く、交感神経の活性化を抑えらないことで膀胱の炎症反応を悪化させると考えられています。
つまり、特発性膀胱炎はストレス、尿中の有害物質(尿が濃ければ濃いほど暴露の可能性が高まる)によって誘発されると考えられています。
猫の特発性膀胱炎の症状
特発性膀胱炎の症状は、血尿や頻尿、有痛性排尿困難(排尿するときに痛くて鳴くこと)、不適切な場所に排尿してしまうといった下部尿路症状が挙げられますが、痛みが強いと元気や食欲が無くなることもあります。特発性膀胱炎は急性、慢性、再発性に分けられ、再発性では数日~数週間で再発することを繰り返します。急性、再発性の場合、何もしなくても発症から数日で症状が消失します。そのため、発症直後から病院で抗菌薬や止血剤でもらって治療を受けるとすぐに症状が無くなるため、飼い主さんも主治医の獣医師もそれらの薬が奏功したように感じてしまいます。
再発率は加齢に伴って著しく低下します。
特発性膀胱炎にかかりやすい猫種・年代
特発性膀胱炎にかかる猫の多くが10歳未満で、1歳未満では発症リスクは低いものの、数カ月齢の猫で認められることもあります。オスとメスで発症率に差はありませんが、オス猫の場合には尿道炎を併発し、尿道閉塞を起こすことも多くあります。特発性膀胱炎と症状の似た病気・合併症
細菌性膀胱炎、尿石症に伴う膀胱炎が挙げられます。特発性膀胱炎の検査・診断方法
血液検査や尿検査、画像検査(X線検査、超音波検査)で症状の原因が無いことを確認することで、特発性膀胱炎と診断します。猫の特発性膀胱炎の治療法
特発性膀胱炎の治療はカウンセリングから始まります。それは発症や悪化および再発する要因が症例ごとに異なるためで、通り一遍の治療法はありません。要因の除去を試みることが重要ですが、その猫にとって何がストレスとなっているのかすべてを特定することは難しく、すべてを除去することも困難です。例えば、めでたく誕生した我が子の存在が飼い猫にとってストレスとなり、特発性膀胱炎を発症、再発してしまうこともあります。この病気を根治させることは困難で、再発間隔の延長を目標とします。何の症状も示していない段階でも、おそらく尿検査を受けると潜血(尿試験紙や顕微鏡で血液が混入していること)があると指摘されるでしょう。しかし、潜血尿が貧血や他の病気を起こすことはないので、この潜血尿の持続は無視してかまいません。
重要なのは、急性や再発性の発症の場合、その症状は1週間以内に消失するということへの理解です。症状が1週間以内に消失するのであれば、病院にかかる必要はありません(もちろん再発間隔が短くなるのであれば、再度カウンセリングを受けるべきです)。発症後のこの時期に抗菌薬や抗炎症薬、止血剤といった薬剤が使用されることが多くありますが、これらの薬剤は症状の緩和に関与しません。急性発症で痛みが強い場合には、鎮痛剤(人で使われる頭痛薬は絶対に投与しないこと!)の投与が症状の緩和に有効です。
特発性膀胱炎は「現代病」
ストレス要因の除去は動物行動学的な対応が有効であるとされ、そのために多面的な環境改善の実施が推奨されています(図2)。ストレス要因は猫によってさまざまで一概には特定できず、特定できたとしても改善できないこともあります。再発間隔の延長がうまくいっていないとしても、飼い主さんが神経質になることが猫へのストレスにもななり得ます。そのため、長い目で時間をかけて対策に取り組むことが重要です。結局のところ、この病気は猫を室内で飼うことになったこと(これにはドライフードの使用、運動不足、肥満傾向、留守番が発症要因として含まれます)が発症の主因となっている「現代病」と筆者は考えています。かといって室外で飼育するわけにもいかないので、完全な解決は難しいと言えます。そのため、わずかでも発症の程度、間隔を抑えることを目標とし、長期間にわたる生活の質の低下や尿路閉塞といった重篤な症状が認められない限り、ある程度の発症はお互いに許容すべきと思います。
水分の摂取は食事から
もう一つ重要なことは、十分に水分を摂取することです。尿が濃いことが特発性膀胱炎を発症する一因であり、特発性膀胱炎の猫の多くが非常に濃い尿をしています。筆者が診た症例の多くがドライフードを好み、排尿回数は1日1〜2回以下であることが多いです。いつの間にか「猫は口から水を飲むことが普通」になっていますが、「猫は必要な水分の大半を食事から摂ることが普通」なのです。つまり、ドライフードのみで飼育することは、この病気のリスクとなります。療法食である必要は全くありません。種類は問わず、ウェットフードを中心とした食生活にすることがこの病気を抑制する重要な手段です。たまに、ウェットフードを好まないという猫が来院することがありますが、嗜好の問題となると解決することが難しくなります。飼い始めたころからウェットフードで管理することを慣れさせることも重要です。
治療費用の目安
カウンセリングにかかる料金は病院によってまちまちです。環境改善(キャットタワーの設置、おもちゃの購入)や水分摂取(総じてウェットフードはドライフードよりもコストがかかります)を増やすことに必要な費用もまたそれぞれです。予後
尿道閉塞を起こさない限り、予後は非常に良好です。予防法
前述した環境改善、水分摂取の増加がそのまま予防法に当てはまります。猫の特発性膀胱炎に良い食べ物・サプリメント
特筆すべき食べ物はありません。サプリメントは、治療の一つとして「合成フェイシャル・フェロモン」の使用を考慮することがあります。フェイシャル・フェロモンとは、猫が顔をすりつけるときに放出されるフェロモンのことで、すりつけた対象が警戒していないことを確認するために行われます。
市販されている合成フェイシャル・フェロモンである「フェリウェイ®」(ビルバック)はスプレータイプと拡散されるリキッドタイプがあり、これらを特に猫がストレスを感じると思われる場所に使用します。フェリウェイの使用はストレスを軽減し,交感神経活性を抑制する可能性ありますが、明確な効果は確認されていません。
特発性膀胱炎の猫で行われた小規模な研究では、統計学的な有意差は無かったものの、臨床症状を軽減させる傾向が確認されています。環境改善、食事療法で改善が見られない場合に使用を試みる価値はあるでしょう。
ストレスの軽減と水分摂取の増加で再発防止を
猫の下部尿路症状の多くは特発性膀胱炎によって発症します。この病気に有効な薬はありません。効いているように見えても、そう見えているだけで実際に効果があるわけではありません。ストレスの軽減、水分摂取の増加に努めることが症状の再発を遅らせます。症状が出ても慌てず、数日以内に症状が無くなれば急いで病院に行く必要はありません(「尿を出そうとしても全然出ない」という症状は別です。すぐに病院に行くべきです)。もちろん、その症状が感染症や尿結石による可能性もあるため、特発性膀胱炎と決めつけるべきではありません(慌てる必要はないということです)。引用文献
- 『犬と猫の腎臓病学と泌尿器学 -丁寧な診断・治療を目指して-』(ファームプレス)