【徳井義実の「猫と女」】- 第1話「シャシレカとユイ」-
新連載『徳井義実の「猫と女」』。チュートリアルの徳井義実さんによる読者参加型の、連載妄想小説です。初回は「シャシレカとユイ」です。
目次
シャシレカとユイ
今回妄想される猫と女は、シャシレカとユイ。この1枚の写真から、どんなストーリーが展開されていくのでしょうか。徳井さんによる摩訶不思議な世界をお楽しみください。「ユイ」 と彼女は周りの人々から呼ばれている、が、彼女の元々の名前が「ユイ」なのかどうか本当のところは誰もわからない。
名前どころか彼女がいつ何処で生まれてどうやって現在の場所にいるのかも、誰も知らない、いや、知っているつもりなのだけれど。
東京のとある下町でユイはカレー屋を営んでいる。スパイスの効いた本格的なカレーだが、なんだか日本人にとって懐かしさも感じるようなカレー。
彼女曰く「インド北部のカリーと欧風カレーと日本のカレーライスの良いとこどりをしてるのよ」ということらしい。
オレンジ色が多く使われている内装にビンテージ感のあるイスやテーブル、昼時には近所の人々がたくさん訪れる人気店である。
不思議な話だがユイがこの街に住みだした頃の人々の記憶は皆バラバラだ。
「ユイはこの街の男と結婚してここへ来たんだけど、結婚してすぐに旦那が亡くなってねえ、1人になってしまたんだけどずっとここにいるんだよ」
「あの子最初は高校の非常勤講師としてこの街に来たんだよ、たしか知り合いの娘が古典を教わっていたはずさ」
「ユイはもともと踊り子でねえ、10代の頃から世界中を旅してきたんだけど、ここがすごく気に入ったらしくて住み着いたんだ。あの子日本語が上手いけど日本人じゃないんだよ」
「ユイはねえ、ある台風の日に駅前に傘もささないで立ってて、見かねたタバコ屋のバアさんが家に入れてやったんだ。此処へ来てしばらくはタバコ屋に居候してたよ」
「誰に言っても信じてくれないけど、あの子は宇宙人だよ。最初に此処へ来た時、UFOから降りてきたのを見たんだ」
実に不思議な話だが10人に聞けば10通りの話が出てくる。でも誰一人として彼女を不審に思ったり気味悪がったりする者はおらず、皆から愛されている。
客達はそれぞれの記憶で当時のことをユイに話す、ユイはそれぞれの記憶に話を合わせる。
いつも落ち着いた笑顔で、目を細めて。
ユイの店に来る客の第一声は決まって「良かった」である。
一様に「良かった」と言いながらステンドグラスが施された焦げ茶色の木の扉をキイッと開けて入ってくる。
なにが「良かった」のか?それは、「開いてて」良かった、だ。
ユイは気まぐれに店を開けて気まぐれに休む。
月曜日に営業していたからといって次の月曜日もやっているとは限らない。
開けるかどうかどう決めてるの?と客に聞かれると彼女はいたずらな微笑みを浮かべ、スパイスやなんかが置いてある棚の上でゆったりと香箱座りしている白と茶色の混ざったカフェオレみたいな猫を見上げて言う。
「シャシレカ次第なの」
彼女がこの街に来た頃のことを10人に聞けば10通りの話が出てくる。
だが、唯一皆の話に共通する事がある。それは「猫と一緒に此処へ来た」という部分。
ユイはシャシレカと呼ぶその猫とこの街へ来て、片時も離れず一緒にいる。
街の誰もが知らない本当のユイを、シャシレカだけが知っているのだろう。
時に彼女の子供のように、時に彼女の親のように、シャシレカはいつもユイの隣にいるのだ。
「シャシレカが家から出たくなさそうな日はお店を休むの」
開ける日はシャシレカと一緒に出勤。
猫の気分じゃしょうがない、どう考えたってわからないから客達は半ば祈るような気持ちで店に来て、開いていればつい「良かった」と心の声が漏れるのだ。
ある常連客は言う。 「あの店の店長はシャシレカなんだよ」
いつ、何処からともなく現れたユイ。
気付けば静かにそこにいた。
彼女は謎めいていて猫のようだ。
4月のよく晴れた昼下がり、今日もシャシレカは棚の上からお客を見つめる。
新連載「徳井義実の『猫と女』」はいかがでしたか? 徳井さんの織りなす摩訶不思議な世界にどっぷりつかってしまった方も少なくないはず。ちなみに今回の「ユイ」は、シロップ・デザイナーの藤本が務めさせていただきました。
次回はどんな猫と女のストーリーが生まれるのでしょうか。Instagramのハッシュタグ「#徳井義実の猫と女」「#ペトこと猫部」を付けてくださった方の中から選ばれることもあるかも……?