犬の子宮蓄膿症|症状・原因・検査・診断・治療法・予防法を獣医師が解説

犬の子宮蓄膿症|症状・原因・検査・診断・治療法・予防法を獣医師が解説

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子宮蓄膿症は、子宮の腔内の炎症により膿汁が溜まる雌犬の生殖器の病気です。およそ10カ月齢以上の性成熟した雌犬であればどの年齢でも罹患する可能性はありますが、5歳齢以上で多く見られ、4歳齢以下では発症の少ない病気です。多くは未経産の高齢犬で発症しますが、経産犬でも長期間出産をしていないワンちゃんでは発症する事があります。子宮蓄膿症は、外陰部からの排膿がみられる「開放性子宮蓄膿症」と、排膿がみられない「閉鎖性子宮蓄膿症」がありますが、多くは開放性子宮蓄膿症です。一般に閉鎖性子宮蓄膿症の方が、開放性よりも中毒症状が重い傾向にあります。今回は犬の子宮蓄膿症について、ジェナー動物クリニック副院長の船田が解説します。

犬の子宮蓄膿症を知る前に発情サイクルを知ろう

犬

最初に、ワンちゃんの発情サイクルから解説します。ワンちゃんの発情は、「発情前期」「発情期」「発情後期(発情休止期)」「無発情期」に分かれます。


発情前期

発情前期は約14日と言われています。この時期には卵胞が発達し、発情(卵胞)ホルモン(エストロジェン)の分泌が盛んになってきます。外陰部が発達して大きく分厚くなるとともに、出血が始まります。これがいわゆる「生理」です。

発情期

出血が徐々に少なくなってくると、ワンちゃんは発情期を迎えます。この時期は、交尾を許容する時期であり、妊娠可能な期間でもあります。発情期は7日〜10日くらいです。

発情後期(発情休止期)

発情期が終わると、発情後期(発情休止期)が約2カ月間続きます。この時期は妊娠期間と同じ長さであり、妊娠していなくても、ワンちゃんの体の中では妊娠したのと同じような変化が起こります(偽妊娠)。乳腺が発達し、お乳が出る事もあります。また、この時期にホルモンバランスを崩して食欲や元気を無くす子もいます。子宮に膿が溜まる危険な病気「子宮蓄膿症」も、この時期に起こる可能性があります。

無発情期

発情後期が終わると、無発情期が約3〜4カ月続きます。この時期は卵巣が活動を停止している時期に当たります。避妊手術をする場合には、卵巣や子宮の血管の発達が弱く、出血のリスクが少ないこの時期に行うことがすすめられています。

このように、ワンちゃんは発情前期〜無発情期までを、約6カ月のサイクルで繰り返します。そのため、ワンちゃんの生理出血は年に2回あります。また、ワンちゃんは人と違って閉経がないので、高齢になっても変わらず、生理は一生続きます。ただし、徐々に出血量が減ったり生理の間隔が伸びたりするため、年齢とともに生理がわかりずらくなる事が多いです。

犬の子宮蓄膿症の症状

子宮蓄膿症は、一般には妊娠・出産の経験のない5〜7歳齢以上のワンちゃんによく見られます。出産の経験があっても、長時間繁殖を中止している場合には、やはり発症しやすくなります。

初期症状

症状は、発情終了後、数週から2〜3カ月以内に現れる事が多いようです。初期の症状は、飼い主さまが病気として気にするほどのものではなく、元気も食欲もほとんど異常が見られませんが、時々食欲にムラがある程度です。

症状が進行した場合

子宮蓄膿症の症状が徐々に進むと、まず外陰部が腫れ、発情には見られないような臭いのきつい灰黄色の膿汁や赤褐色の分泌物、いわゆる「おりもの」が排出されるのが特徴的です。ワンちゃんが陰部を舐めたり、寝床のシーツを血膿で汚したりして、初めて飼い主さまが気付きます。

子宮が膿で大きく膨らんでくると、外部からも腹部が膨れて、垂れ下がったように見えます。さらには嘔吐が見られるようになり、元気も食欲もなくなります。また、水を異常に飲みたがるので尿の量も多くなります。体温は平熱よりやや高い程度の熱がしばらく続き、子宮に多量の膿汁が溜まったり、膿汁が吸収されたりして発熱し、40度以上になる事もあります。

危険な状態

子宮蓄膿症で極めて危険な状態で問題となるのは、膿汁が吸収されて汚れた血液が体中に回り、敗血症からの腎機能の低下やショック状態に陥り、遂には体温が平熱以下に下がるときです。

早期発見のポイント

陰部からおりものが出ているにも関わらず、ワンちゃんが舐めてしまって症状の発見が遅れてしまう事があります。そのため、生理が終わった頃から、陰部の周りの被毛が汚れていないか、または膿でガビついていないかなどを見てみる事が早期発見につながる事があります。

犬の子宮蓄膿症の原因

子宮と外界との連絡路である膣には、健康であっても大腸菌、レンサ球菌、ブドウ球菌などの常在菌が存在しています。ワンちゃんの発情期間は2週間前後と比較的長く続き、発情期には子宮の入り口である子宮頸管が緩むため、その期間が長ければ長いほど子宮内に細菌の侵入が起こりやすくなります。

侵入した細菌が子宮で増殖すると炎症を起こして膿ができますが、発情期以外は一般に子宮頸管は閉じているため、膿は外に出されず、子宮内に溜まっていきます。普通は、子宮に細菌が侵入しても免疫の働きで撃退できるのですが、ホルモン作用がアンバランスだと細菌が増殖してしまいます。

発情ホルモンと黄体ホルモン

発情と排卵、妊娠には各種の性ホルモンが複雑に関与しています。発情期には、発情(卵胞)ホルモン(エストロジェン)の分泌が盛んになるとともに、適当量の黄体ホルモン(プロジェステロン)も分泌されて、発情徴候が現れます。

発情期がおさまり、黄体期に入ると黄体ホルモンの分泌が増加します。一般に黄体ホルモンは子宮内膜の環境を整えて受精卵の着床を助けるため、子宮内膜上皮の増殖と子宮内膜の腺の分泌をもたらします。

発情ホルモンは、妊娠すると消失します。ところが黄体ホルモンは妊娠をしなくても発情が終わってから2カ月以上にわたって長期的に分泌されている事があります。そして、子宮内の組織に長い間作用し、嚢胞と呼ばれる組織の増殖を起こすようになります。この事が侵入して来た細菌への抵抗力の低下につながり、細菌が増殖しやすい環境を作ってしまう事になるのです。

自然交配の時代と違い、交配を飼い主さまが管理する現代では、発情があっても交配をさせない事が多くなっています。妊娠を避ける事を繰り返していると、子宮蓄膿症を招きやすくなります。また、高齢になってホルモンバランスが崩れる事も原因になります。

犬の子宮蓄膿症の検査・診断方法

子宮蓄膿症の症状が見られる場合、以下の手順で検査・診断を行います。

  1. 問診
  2. 身体検査
  3. 子宮蓄膿症は、腹部の触診によって膿の充満した子宮を触る事もできますが、多くの場合、子宮は破れやすくなっており、破裂する可能性があります。破裂すると腹膜炎を起こし、死亡する事があります。触診時はもちろんですが、診察台へワンちゃんを抱き上げたりするときにもお腹の圧迫には十分注意が必要です。
  4. 血液検査
  5. X線検査
  6. 腹部超音波検査
  7. 細菌学的検査

犬の子宮蓄膿症の治療・予後

犬

子宮蓄膿症の最も最善な治療法は、外科的に卵巣と子宮を同時に摘出する事です。しかし、若齢期に発症して今後繁殖を行いたい場合や高齢、麻酔・手術のリスクが高い場合、飼い主さまが手術をご希望しない場合には、内科的治療を適用する事が可能です。

ただし、内科的治療は治癒に時間がかかること、必ずしも100%の治癒率ではなく、卵巣腫瘍または重度な嚢胞性子宮内膜増殖を伴ったものでは効果が見られない事があること、治癒したワンちゃんは、発情回帰後の黄体期に本疾患を高率に再発する可能性が高いことなどの問題点があるため、注意が必要です。

子宮蓄膿症の初期治療

本疾患の初期治療に際しては、適切な抗生物質の投与および輸液療法の併用が必要です。特に抗生物質においては、外科的治療および内科的治療のいずれにおいても広域スペクトルを有するものを使用するのが一般的ですが、可能であれば細菌学的検査を行い、感受性のある抗生物質を確認することが推奨されます。ちなみに、最も一般的な細菌は、ワンちゃんも猫ちゃんも大腸菌(Escherichia coli)である事が知られています。

子宮蓄膿症の外科的治療

前述した通り、筆者は本疾患の最善の治療方法は外科的な対応であると考えていますが、飼い主さまには両者の治療法の利点および問題点を十分に説明した上で、治療方法を選択していただいています。

子宮蓄膿症では重篤な全身状態になっている事が多く、一般的に行われる避妊手術よりも細心の麻酔管理と術前術後の管理が必要となります。

術前に脱水の見られるワンちゃんには補液を行い、電解質異常も必ず補正しておく必要があります。また、抗生物質を全身的に投与します。貧血や低蛋白血症となっている場合には輸血を行わなければなりません。

術中は血圧の低下に十分注意します。子宮蓄膿症では体温低下が起こりやすいので、輸液のラインを温めたり、湯たんぽなどを用意したりして保温に努めます。

手術が無事終了してもすぐに安心はできません。細菌が一度放出したエンドトキシン(細菌が産生する内毒素)によって、術後に体温が低下したり、血圧が低下したりしてショック状態に陥ることがあるからです。手術後も頻繁に体温や血圧、脈拍、呼吸状態などをチェックすることが大事です。

子宮蓄膿症の内科的治療

内科的治療法として、主に以下の3つが挙げられます。

  • 適切な抗生物質の投与
  • 輸液療法
  • 制吐剤(必須ではないが、使用する事が多いです)

ワンちゃんによって重症度はさまざまなので、全身状態、血液検査などの結果から他の薬剤を追加する事もあります。本疾患の発症に黄体から分泌されるプロジェステロン(黄体ホルモン)が関与していることから、黄体退行作用を持つ「プロスタグランジンF2α」(PG)が主に使用されています。しかし、PGは副作用が強く現れるため、海外で市販されている副作用のないプロジェステロン受容体拮抗薬である「アグレプリストン」(アリジン)による内科的治療が注目されています。

アリジンは、現在世界で市販されている中で最も安全なワンちゃんの人工妊娠中絶薬として知られており、着床前のワンちゃんに投与されたとき、副作用なく100%の着床阻止を行う事が可能な薬剤です。これを子宮蓄膿症のワンちゃんに投与する事で、子宮内環境を黄体期から脱し、細菌の増殖を抑制し、プロジェステロンの支配を受けていた子宮頸管を弛緩させることで排膿を促し、治癒過程をとることができます。

また、PGに比較して副作用が全くないという事が最大の特徴ですが、その他の作用も有していないため、心疾患のあるワンちゃんや閉鎖性子宮蓄膿症のワンちゃんにも投与する事が可能です。そのため、内科的治療を選択された場合、当院ではアリジンを使用する事もあります。

ただ治癒したワンちゃんは発情回帰後の黄体期に、本疾患を高率に再発する可能性が高い事などの問題点があるため、注意が必要です。

犬の子宮蓄膿症の予防法

子宮蓄膿症の予防法は、ワンちゃんの自然な発情周期に従って妊娠・出産させることです。繁殖を望まないのであれば、避妊手術を受けておくことが予防につながります。子宮や卵巣を摘出するとホルモンの影響で脂肪がつきやすくなり、肥満がみられるようになります。食べ過ぎや運動不足に注意して、太り過ぎないように注意が必要です。

犬の子宮蓄膿症に良い食生活

子宮蓄膿症に限らず、日頃からいい食生活を心がけること、腸内環境をきれいにすることが大事です。なるべく小分けにされたドライフード(開封したら2〜3日でなくなるような小さいサイズ)を選んで少しでも酸化が少なくできるようにしたり、大きいサイズであれば、ジプロックなどに小分けに移し替えて冷蔵庫に保存するのもいいかもしれません。また、手作り食(栄養バランス要注意)にシソ油やエゴマ油をかけたり、ブロッコリースプラウトを加えたりしてみてもいいかもしれません。

また、腸内環境をきれいにすることで、免疫バランスやアレルギーを調節する働きが期待されます。

しそ油&えごま油

しそ油には、脂肪を減らしたり、コレステロールを下げたりする働きがあります。それにより、動脈硬化、心筋梗塞、脳梗塞などの予防につながります。また、なめらかで柔らかい肌を保つ効果もあります。保湿効果があるので、肌の健康を守るほか、傷の治療にも役立ちます。健康な肌を維持しようとする作用もあり、アトピーや花粉症、アレルギーにも効果があるとされています。

しそ油には脳の機能を保ち、正常化する効果もあります。認知症やアルツハイマーなどの疾患にも効果があると言われています。他にも、喘息や気管支炎の緩和、湿疹の改善、不眠症の改善、リウマチ改善、うつ病改善、関節炎の改善などがあるとされています。

ブロッコリースプラウト

ブロッコリースプラウトには、カルシウム、ミネラルといった6大栄養素とともに、豊富な食物繊維が含まれています。特に多くの含有量を誇るのがスルフォラファンという成分です。抗酸化作用による癌予防効果や免疫力の強化などが期待できます。

なお、当院では手作り食をご希望の方に外来でワンちゃんの体重からカロリー計算をして、 例えば、高脂血症、膵炎、リンパ管拡張症などがあるワンちゃんには低脂肪食、慢性腎臓病には蛋白およびリンの制限食、アレルギー性皮膚炎・食物反応性腸症などには、最初は除去食などといったその他いろいろと栄養不足にならないように、その子に合ったレシピを作成しています。

犬の子宮蓄膿症にならないように繁殖の予定がなければ避妊手術で予防を

犬

子宮蓄膿症は、およそ10カ月齢以上の性成熟した雌犬であればどの年齢でも罹患する可能性はあり、5歳齢以上で多く見られます。膿汁が吸収されて汚れた血液が体中に回り、敗血症からの腎機能の低下やショック状態に陥ることもあります。子宮蓄膿症の予防法は、ワンちゃんの自然な発情周期に従って妊娠・出産させることです。繁殖を望まないのであれば、避妊手術を受けるようにしてください。

引用文献