犬のバベシア症|原因・症状・対策・治療法・予防法などを獣医師が解説

犬のバベシア症|原因・症状・対策・治療法・予防法などを獣医師が解説

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犬のバベシア症とは、マダニなどを介して犬の体内にバベシアという寄生虫が入り込む感染症です。バベシアに感染すると発熱や重い貧血、食欲低下などの症状が見られ、最悪の場合死に至ります。バベシア症は完治の難しい病気のため、感染経路や症状などを把握して予防することがとても大切です。今回は犬のバベシア症の原因や症状、対策について獣医循環器認定医の佐藤が解説します。

犬のバベシア症とその原因

バベシア症はバベシア属(ピロプラズマ目)の吸血性原虫、マダニなどによって引き起こされる寄生虫感染症です。バベシアという小さな寄生虫が犬の血液中の赤血球に直接感染し、赤血球を壊し貧血などの症状が見られ、最悪の場合死に至るようなとても怖い感染症です。

バベシア症の構造

犬のバベシア症は、ダニ媒介性の溶血性疾患であり、新興感染症として世界的に知られています(※1、※3-5、※7、※11)。感染は犬だけではなく、牛や馬などでも確認されています。牛では19世紀末期に牛の熱病性ヘモグロビン尿症の研究を行っていたルーマニア人科学者ビクトル・バベシュ(Victor Babes)によってバベシア症の感染が発見されました(※19)。

調べる限り、日本での人や猫への感染は報告は確認できません。アメリカでは人のバベシア感染が報告されていますが、犬に寄生するバベシアとは異なることが分かっています(※20)。

一方でバベシア・ギブソニ(B. gibsoni)という種類のバベシアは、アメリカン・ピットブルテリアや土佐犬を主とした闘犬や、犬同士の咬傷による、汚染血液を介しての感染経路も多数報告されています(※1-4、※7)。

これらの犬は、バベシアの保虫宿主(寄生虫が体内に寄生している状態)であると考えられています。このことから、感染サイクルにマダニを含まない、非節足動物媒介性(ひせっそくどうぶつばいかいせい)の感染経路にも注意しなければなりません。

バベシアの種類

バベシアは100種以上存在していますが、犬に病原性を示すのは大型種のバベシア・カニス(Babesia canis)および、小型種のバベシア・ギブソニ(B. gibsoni)のみであると言われています(※1、※10)。一般にバベシア・ギブソニは、バベシア・カニスよりも病原性が高い傾向にあることから、臨床的に重要視されています(※3)。犬バベシア症の発生はマダニの生息地域と一致します。バベシア・カニスを媒介するマダニは沖縄県や九州地方に限定されますが、バベシア・ギブソニを媒介するマダニは、日本の至る所に生息しています(※5、※13、※14) 。

バベシアの種類
2010年には全国47都道府県において、3625匹がバベシア症と診断され、そのうち26匹が関東地方で診断されています(※2)。犬のバベシア症病原体にはバベシア・ギブソニとバベシア・カニス、バベシア・ヴォーゲリ(B. vogeli)およびバベシア・ロッシ(B. rossi)がよく知られており、種ごとに分布が異なるものの世界中に広く分布しています。その他にもアメリカ合衆国カリフォルニア州南部で確認されたバベシア・コンラッド(B. conradae)など、犬に感染するバベシア原虫も複数報告されています(※21)。

表1. 2010年における関東地方でのバベシア症診断頭数(2011. 猪熊ら)

地域 診断頭数(/頭)
茨城県 3
栃木県 4
群馬県 0
埼玉県 5
千葉県 3
東京都 7
神奈川県 4

バベシアとマダニの生活環

バベシア原虫はマダニを媒介し、犬の赤血球に寄生します。赤血球に感染したバベシア・ギブソニは血液塗抹上で小型(約1x2.5μm)、多形性の構造物として観察されます(※22)。バベシア・ギブソニ感染症はマダニを介した伝播の他、胎盤感染、輸血による感染、直接的な血液の接触によっても感染すると考えられています(※22)。

バベシアとマダニ

媒介するマダニはフタトゲチマダニ、ツリガネチマダニ、ヤマトマダニ、クリイロコイタマダニが知られています。このマダニは全国的に分布していることがわかっています(※14)。

バベシア症にかかりやすい環境や犬

バベシアはマダニなどを介して感染するため、マダニが生息しやすい所を避ける必要があります。犬種によってバベシア症になりやすい種類があるわけではありませんが、闘犬などは噛み合うことがあるため汚染血液を介して感染する可能性が高くなります。
  • 西日本などの暖かい地域(しかし最近では日本中で見られている)
  • 草むら
  • 予防をしていない犬
  • 闘犬

バベシアとマダニ
犬に寄生したマダニ

犬のバベシア症の症状

バベシア症の主要な臨床症状として、慢性〜甚急性(じんきゅうせい)の貧血があげられます(※1、※11-13、※15、※16)。原虫寄生による直接的な赤血球の破壊や、抗赤血球抗体、赤血球の酸化障害および浸透圧脆弱性による、赤血球貪食活性増加により、血管内および血管外溶血を起こします(※1、※4、※11-13、※15)。

これにより、発熱や溶血性貧血、ヘモグロビン尿などの症状を示します。中でもバベシア・ギブソニ感染で特徴的なのが血小板減少で、臨床でしばしば遭遇する症状です(※1)。
    血小板減少の機序として以下のような報告がされています(※9)。
  • 血管内皮障害により、微小血管血栓傾向を示し、血小板が消費される。
  • 自己抗体が産生され、血小板と結合することで、細網内皮系により除去される。
  • 慢性感染においては、髄外造血による脾腫(ひしゅ)が原因となり、循環血小板数が減少する。

予防法

バベシア原虫が感染するにはマダニが犬に2〜3日寄生することが必要とされています。そのためマダニが寄生し始めてからすぐに動物病院での処置や検査を行うことが大切です。

  • マダニが寄生しないように薬による予防が一番効果的です。暖かい地方では、マダニの寄生率は高く、薬剤を使用しても感染しているケースも存在します。
  • 薄手の洋服を着させる。夏ということもあるため、熱中症に気をつけながら蚊の予防としては、人と同様に洋服を着させると良いでしょう。なるべく、手足も隠れるものが理想的です。
  • 効果は乏しい可能性はありますが、 アロマなどペット用虫除けスプレーを使用します。
  • 草むらなどやペットが集まる場所などに生息します。なるべくいかないようにした方がいいかもしれません。

【動画解説】マダニを見つけた場合の対処法や人への影響

YouTubeのPETOKOTOチャンネルでは獣医師の佐藤先生がマダニについて解説した動画を公開しています。あわせてご覧ください。



PETOKOTOチャンネルを見る

犬のバベシア症の対策と治療法

飼い主さんが最初に気がつく症状としては、元気消失、もしくは血尿です。元気消失はさまざまな疾患で起こりうる症状でありますが、犬の元気消失は重症化されているケースが多く、すぐに動物病院を訪れた方がいいでしょう。血尿が進行し、貧血に進むと2−3日で死に至ることもあるため、こちらもすぐに動物病院に行きましょう。

マダニが愛犬に寄生していた場合は、手など直接触らず、専門機関を訪れてください。さらに、強引に取ろうとするとマダニの口器が残ってしまい、皮膚炎などを起こすことが知られています。

検査や診断方法

バベシア症を迅速かつ簡単に診断する方法は、血液塗抹標本より、バベシア原虫を検出することです(※1、※4)。しかし、感染初期や慢性期、およびキャリアーの犬(保菌犬)では、原虫寄生率は低く、血液塗抹中に原虫を検出することは困難といえます。

その際は、検査を複数回重ねることで、検出感度が上がることがあります(※4)。クームス試験(赤血球の細胞膜にある抗体が検出されるかを検査する試験)は、重度貧血を呈する症例において、約90%で陽性を示します(※10)。同じくクームス試験陽性を示す、免疫介在性溶血性貧血(IMHA)とバベシア症とは、治療法が全く異なるため、鑑別が重要です。しかし二つを臨床症状で鑑別するのは困難であるため、バベシア症を確実に診断するために、血液中のバベシア抗原遺伝子、およびバベシア抗体を検出する必要があります(表2)。また、これらの検査を組み合わせることで、感染状況を把握することが可能です。

どのような治療方法があるのか

現在、バベシア症の治療として、抗原虫薬や抗マラリア薬、及び抗生物質が使用されています。しかしどの薬剤においても、その効果は症状の緩和に留まり、バベシア原虫を体内から完全に排除することは出来ないのが現状です(※1、※4、※7、※8)。

治療薬の種類

これまでバベシア症の治療として、ジミナゼンアセチュレート[ガナゼック(Novartis)]、ジプロピオン酸イミドカルブ、硫酸キヌロニウム、トリパンブルー、イセチオン酸ペンタミジン、イセチオン酸フェナミジン、及びパルバコンといった薬剤が使用されてきました(※1、※7)。

中でも、ジミナゼンアセチュレートは、国内で容易に手に入ったことから、しばしば使用されてきましたが、治療後も高率にバベシア症の再発が起こること、犬においては安全域が狭いことが明らかとなっています(※1、※5)。

さらに、副作用として嘔吐、注射部位の疼痛、沈鬱など軽度なものから、神経症状、低血圧、副交感神経興奮、昏睡、運動失調、眼振、痙攣、および死亡といった重度なものまで報告されています。農林水産省に報告されたジミナゼンアセチュレートによる副作用の症例のうち23%が死亡でした(※17)。また、抗バベシア薬には薬剤耐性を獲得する例も確認されています(※8)。

バベシア・ギブソニ感染に対して、前述の治療に加えて、本2症例に行ったクリンダマイシン、メトロニダゾール、及びドキシサイクリンによる三剤併用療法、または、アトバコン及びアジスロマイシンの併用療法が、比較的有効であるとの報告があります(※7)。

クリンダマイシンはリボソームの50Sサブユニットに結合することで、ペプチド結合を阻害します。バベシア感染症において、パラジテミア(血液中原虫寄生率)の進行を抑制し、症状を改善すると言われています。しかし、ジミナゼンアセチュレートは隔日4回投与で効果が出るという報告があるのに対して(※18)、クリンダマイシンは効果が出るまでの期間についての明確な報告はありません。副作用、治療期間などを飼い主にインフォームし、治療法を選択すべきだと思われます。

バベシアとマダニ

犬のバベシア症の予後

投薬の副作用など、治療にはさまざまな問題点があることは事実です。しかし、致死率も高いことから治療の選択をする必要はあります。また、再発も起こりやすいことを考慮し、定期的な再検査が望まれます。

犬のバベシア症は予防が大切!

バベシア症は感染後に完治することが難しく、薬の副作用に対する懸念もあります。大切なのは予防だということをご理解いただけたでしょうか? 愛犬と一緒に森に出かけたり、原っぱで遊んだりすることもあると思います。そのような時は虫除けのグッズなどを使い、遊んだ後洗ってあげている時にマダニに寄生されていないかなどをしっかりと確認するようにしましょう。

※引用文献
  1. Boozer AL, Macintire DK: Canine babesiosis. Vet. Clin. North. Am. Small. Anim. Pract. 33 : 885-904. 2003
  2. 猪熊 壽, 田井 貴子ら: 犬Babesia gibson感染症の発生状況に関する全国アンケート調査. 日獣会誌. 65 : 293-298. 2012
  3. Takako MIYAZAWA et al.,: Epidemiological Survey of Babesia gibsoni Infection in Dogs in Eastern Japan. J. Vet. Med. Sci. 67(5): 467-471. 2005
  4. Peter J Irwin.: Canine babesiosis: from moleculer taxonomy to control. 小動物臨床. 29(2): 89-99. 2010
  5. Koretoki SUZUKI et al. : A Possible Treatment Strategy and Clinical Factors to Estimate the Treatment Response in Babesia gibsoni Infection. J. Vet. Med. Sci. 69(5): 563-568. 2007
  6. Susumu MAKIMURA
  7. Peter J Irwin. : Canine babesiosis: from molecular taxonomy to control. Parasit. Vectors 2(Suppl 1): S4 doi:10.1186/1756-3305-2-S1-S4 2009
  8. 山崎 真大: バベシア原虫における薬剤耐性獲得. MP アグロ ジャーナル. 01:15-20. 2011
  9. L. Pantanowitz: Mechanisms of Thrombocytopenia in Tick-Borne Diseases. The Internet Journal of Infectious Diseases. 2(2): 2002
  10. F. Reyers, A.L. Leisewitz et al.: Canine babesiosis in South Africa: more than one disease. Does this serve as a model for falciparum malaria? Ann. Trop. Med. Parasitol. 92(4): 503-11. 1998
  11. K Adachi, S Makimura: Changes in Anti-Erythrocyte Membrane Antibody Level of Dogs Experimentally Infected with Babesia gibsoni. J. Vet. Med. Sci. 54(6): 1221-1223. 1992
  12. T Murase, T Ueda et al.: Oxidative Damage and Enhanced Etythrophagocytosis in Canine. J. Vet. Med. Sci. 58(3): 259-261. 2006
  13. T Morida, H Saeki et al.: Erythrocyte oxidation in artificial Babesia gibsoni infection. Vet. Parasitol. 63: 1-7. 1996
  14. Y Shimada, T. Beppu et al.: Ixodid tick species recobered from domestic dogs in Japan. Med. Vet Entomol. 17; 38-45. 2003
  15. Y Otsuka, M Yamasaki et al.: The Effect od Macrophages on the Erythrocyte Oxidative Damage and the Pathogenesis of Anemia in Babesia gibsoni-Infected Dogs with Low Parasitemia. J. Vet. Sci. 64(3); 221-226. 2002
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  20. CDC MMWR July 13, 2012 / 61(27);505-509 Babesiosis Surveillance — 18 States, 2011
  21. Kjemtrup AM, Wainwright K, Miller M, Penzhorn BL, Carreno RA : Babesia conradae, sp. Nov., a small canine Babesia identified in California, Vet Parasitol, 138, 103-111 (2006)
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