猫の近親交配により生じる問題とは?遺伝の仕組みを専門家が解説

猫の近親交配により生じる問題とは?遺伝の仕組みを専門家が解説

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猫の健康を考える上で遺伝学を理解しておくことはとても重要です。遺伝によって、愛猫に突然難病が発生するかもしれません。今回は、遺伝の基礎とともに、避けては通ることができない猫の近親交配について、個体群管理専門家の冨澤が解説します。

顕性遺伝と潜性遺伝

テーブルに乗った二匹の猫

これまでに「優性遺伝」と「劣性遺伝」という言葉を一度は耳にしたことがあると思います。2017年に日本遺伝学会は「優性」を「顕性」、「劣性」を「潜性」とすると発表をしました。


メンデルの法則

「メンデルの法則」を聞いたことはありますか?メンデルの法則は、今日の遺伝学の基礎となっており、これからお話する近親交配にまつわることにも深く関わってきます。

メンデルの法則には3つの法則が含まれています。そのうち、今回は「顕性の法則」と「分離の法則」を使います。「遺伝子には強いのと弱いのがいる」ということだけ理解すれば問題ありません

メンデルの法則:顕性遺伝

メンデルの法則:優性遺伝

図には「A」と「a」の二つの遺伝子があります。「A」の遺伝子は猫を短毛にし、「a」の遺伝子は猫を長毛にする特性を持っているとします。

この二つのうち「A」のほうが強くて「A」が一つでもあると「a」の遺伝子の持っている特性(長毛になる)は現れません。つまり、この図では「aaという遺伝子を持たないと長毛にならない」ということです。

「AA」の遺伝子を持つ短毛の猫と「aa」の遺伝子を持つ長毛の猫に子どもが生まれた場合、子どもは全員「Aa」という遺伝子を持ち、全員短毛の子どもが生まれます。これを「顕性遺伝」といいます。

メンデルの法則:潜性遺伝

メンデルの法則:劣勢遺伝

次に、生まれてきた子どもたち同士を掛け合わせたらどうなるのかを見てみましょう。

先ほどお話をした通り「A」という遺伝子が一つでもあれば短毛の猫になります。そして「a」の遺伝子が二つになったときに初めて長毛の猫が生まれます

今回は母親も父親も短毛でしたが、子どもには長毛の猫が生まれました。これを「潜性遺伝」といいます。

そして、この場合の「a」の遺伝子のことを「潜性遺伝子」といいます。先述した通り、遺伝子には強いのと弱いのがいます。その弱い遺伝子が潜性遺伝子なのです。

猫の近親交配とは

二匹の猫

現在猫種として確立されている猫においてどうしても避けられない問題に「近親交配」があります。

近親交配は「インブリード」とも呼ばれ、遺伝学的に関係のある個体同士を掛け合わせることを意味します。

つまり「父親と娘」「母親と息子」「祖父と孫娘」「祖母と孫息子」「兄弟同士」「従兄弟同士」などというように、遺伝学的に関係のある猫を掛け合わせることです。

こうして生まれてきた子どもは「近親交配個体」と呼ばれます。

近親交配個体に起こりうる問題

近親交配個体には、奇形や感覚障害といった先天的な問題が生じる場合があります

先天的であるということは「生まれたときに備わっている」、あるいは「生まれつきにそうである」ということを意味しています。

もし何らかの奇形や機能障害を持って生まれてきた場合には、どんなことをしても根本的にそれを変えることはできません。

つまり、近親交配が行われるということは、なんらかの悪影響が及ぼされる可能性があるということなのです。

悪影響を受ける可能性

猫の近親交配

近親交配による悪影響は、必ずしも100%あるわけではありません

上記イラストでは「父親A」と「娘C」の間に「子どもD」ができています。この場合に「A」が「E」と「e」という対立遺伝子(※)を持っていたとします。

「A」からは「C」にも「D」にも対立遺伝子が受け継がれます。そして「C」からも「D」に対立遺伝子が受け継がれます。

この場合に「A」からも「C」からも同じ対立遺伝子が受け継がれる確率(つまり「E」と「E」、あるいは「e」と「e」になる確率)は「EE」と「ee」で12.5%ずつです。

逆にいえば、75%の確率で異なる遺伝子が来るということになります。

同じ対立遺伝子が受け継がれた場合に、子どもに悪影響が及ぼされることになります。つまり、先ほど申し上げた先天的な問題が生じることになるのです。

これはあくまでも確率の問題のため、ある一腹の子どもたちにおいて、全員が健康でまったく害を及ぼしていない場合もあれば、全員に何らかの悪影響が及ぼされるということも考えられます

※対立遺伝子は、母親と父親から一つずつ子どもに受け継がれるもの。詳細はWikipediaのページを参照ください。


近親交配と致死遺伝子

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致死遺伝子とは

遺伝子の中には「致死遺伝子」(※)というものがあります。この遺伝子を一つだけ持っている場合は、致死性が発現しません。健康に暮らしていくことができます。

しかし、二つ持っている場合、死産や流産を招いたり、生まれても早くに亡くなってしまうことになります。

致死遺伝子は何か毒性をもっているものというわけではありません。突然変異を起こして、その作用が異常になることで、猫の発生や生存が困難になり、その結果その猫は亡くなってしまうというものです。

致死遺伝子は撲滅できない

「致死遺伝子を持っていない猫で繁殖すればいい」と思われるかもしれませんが、それはそんなに簡単なことではありません。

なぜならば、致死遺伝子を一つだけ持っていれば、健康に暮らしているからです。外見上は、致死遺伝子を全く持っていない個体と差がありません。繁殖をすることによって初めて発覚することも少なくなありません。

というと「致死遺伝子は潜性遺伝子?」と思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、実は致死遺伝子の多くは顕性遺伝子です。

致死遺伝子を一つだけ持っている状態において、ある部分に異常が現れ、致死作用が潜性として作用するようになります。そして致死遺伝子を二つ持った個体において初めて死に至らせることになるのです。

※致死遺伝子の詳細はWikipediaのページを参照ください。


猫の近親交配を防ぐ方法

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近親交配を防ぐためには、従来とはまったく別の血統と掛け合わせることが必要になります。

上記の図は「F」と「G」という両親から生まれた子どもたちを「兄弟掛け」したものです。

兄弟の横に書いてある「F1」のFは「Filial」という単語の頭文字です。Filialには「親から何世代目の、子どもの、子孫の」という意味があります。

最初の子どもの世代が「F1」になります。「F1」で兄弟掛けをしてできた「F2」の個体は、近親交配個体です。でもご安心ください。

この青の血統とはまったく別のピンクの血統の個体を掛け合わせることにより「F3」の個体は非近親交配個体となります。

このように近親交配というのは、手のひらの表と裏のようなものです。一世代を経ることですぐにひっくり返すことができるのです。

近親交配は悪いもの?

動物園で飼育されている野生動物の中にはこうして近親交配をやむを得ずすることで時間を稼ぎ、次の世代へとつなげていく努力がなされています。

近親交配は悪いものかもしれません。もし回避できるなら、ぜひそうしましょう。でも中にはどうしても、どう頑張っても近親交配を避けられない場合があります。

そんなとき、前述したピンクの個体のことを思い出してください。そして「F2」の個体を健康な個体として立派に育成し、ピンクの個体をきちんと見つけ出して交配をさせ、近親交配ではない個体を次世代へとつないでいってもらえたらと思います。

遺伝の知識を身に付けて猫の健康管理を

仰向けになる子猫

猫の近親交配を防ぐことができるのは、繁殖を管理する私たち人間です。

大切な家族の一員が、将来困難な病気を発症しないためにも、きちんとした遺伝学的管理を行っているブリーダーさんを選定し、近親交配をできるかぎり避けた交配の下に生まれた猫をお迎えするよう心掛けましょう。