環境エンリッチメントとは?個体群管理の専門家が必要性や評価方法を解説

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皆さんは「環境エンリッチメント」という言葉をご存じでしょうか?環境エンリッチメントは、犬や猫などのコンパニオンアニマルの生活環境の改善や、生活の質(QOL: Quality of Life)の向上を考える上で、欠かせない要素の一つです。今回は、動物園動物を対象とした環境エンリッチメントについて、まずは動物福祉に重点をおいてお話を進めるとともに、環境エンリッチメントが生まれた背景や評価方法について、個体群管理の専門家で大牟田市動物園企画広報担当の冨澤が紹介します。

動物福祉とは?

木の上で伸びをするトラ

環境エンリッチメントとは、動物福祉の改善、向上を目的として飼育環境に対して行われる工夫のことです。

環境エンリッチメントを行うことで、動物の正常で多様な行動を引き出すことができます。そしてこの環境エンリッチメントを考える上で、動物福祉は切っても切れないものです。

動物福祉とは「動物が精神的にも肉体的にも十分に健康であり、環境とも調和している状態」を実現する考えを意味します。

動物福祉の基本として「5つの自由」が挙げられています。

動物福祉「5つの自由」

  1. 飢えおよび渇きからの自由(給餌・給水の確保)
  2. 不快からの自由(適切な飼育環境の供給)
  3. 苦痛、損傷、疾病からの自由(予防・診断・治療の適用)
  4. 正常な行動発現の自由(適切な空間、刺激、仲間の存在)
  5. 恐怖および苦悩からの自由(適切な取り扱い)

この「5つの自由」は、1965年にイギリスで発表された「ブランベルレポート」に記載されたものです。

当時、家畜飼育方法の虐待性や薬剤投与による畜産物汚染への批判が高まったことをきっかけとして、イギリス政府は集約畜産における家畜福祉を論ずる委員会が発足されました。

ノースウェールズ大学のブランベル教授を中心に作られた委員会だったことから、その報告書は「ブランベルレポート」と呼ばれるようになったのです。

ブランベルレポートは当時、畜産動物の福祉原則として畜産動物福専門委員会が提案したものですが、現在では家畜のみならずコンパニオンアニマルや実験動物、動物園動物など人間の飼育下にあるあらゆる動物の福祉の指標として国際的に認められています。動物福祉は人間が管理しているすべての動物に対して与えられなければならないと考えられています。


コンパニオンアニマルの動物福祉とは

フリスビーをくわえて走る犬

環境エンリッチメントはあらゆる飼育動物において欠かせないものです。ただし対象動物によって異なり、その内容は必ずしも一致するものではありません。

例えば、コンパニオンアニマルと動物園動物では一口に環境エンリッチメントといっても、その内容が大きく異なります。

最も大きな違いは、コンパニオンアニマルの場合「人間とのインタラクションが非常に大きな割合を占めている」ということです。

飼い主さんと遊ぶことがその個体の大きな楽しみとなっている場合が多いのではないでしょうか。そしてまたそれが飼い主さんにとっても喜びなのではと思います。

ただし「飼い主さんが気の向いたときだけコンパニオンアニマルをかわいがること」は環境エンリッチメントとは呼べません

なぜならば動物福祉が満たされているとは言えないからです。つまり、必ずしも「かわいがっている=福祉に配慮している」ではありません

飼い主さんとのインタラクションがあまりなく、1頭飼いの場合は、環境エンリッチメントとは程遠い、真逆の環境になってしまうこともあるでしょう。

動物園動物の動物福祉とは

オランウータン

一方で、もともと野生種である動物園動物には、コンパニオンアニマルと飼い主さんのようなインタラクションは控えたほうがよいと考えられています。

もともとひとりで暮らす動物もいます。例えば大型ネコ科動物でいえば、ライオンは「プライド」と呼ばれる群れを作って生活しますが、トラは常に単独で暮らしています。

動物園では、このように野生下での生活環境や暮らし方が異なる動物が多く飼育される中で、それぞれの種や個体の特性にあった環境エンリッチメントを取り入れていかなければなりません。

人が介在しない環境エンリッチメントを導入し、そしてそれによって動物が怪我をしたりストレスを溜めたりすることのないように考える必要があります。

コンパニオンアニマルの場合は、なにか不具合があったらすぐに「止める」「取り上げる」などの措置が可能なことも多いかもしれませんが、動物園においては展示場に動物を一度出すと、状況によってはただ指をくわえて見守ることしかできなくなってしまう場合もあります。

そのため「器具が十分に頑丈か」「動物に害を与える可能性はないのか」など、事前に熟考を重ねる必要があります。

環境エンリッチメントの歴史

環境エンリッチメントの詳細についてお話しをする前に、その歴史について触れておきましょう。

ヨーロッパで生まれた「ズーチェック」運動

前述のブランベルレポートが発表されたのが1965年のことでした。そこからさまざまな形で動物福祉への配慮が広がっていきました。

その中で生まれてきたものとして、動物園における動物の権利運動である「ズーチェック」(動物園調査)運動が挙げられます。

「動物の権利」とは「動物には、人間から搾取されたり残虐な扱いを受けたりすることなく、動物の本性に従って生きる権利がある」とする考え方です。

ズーチェックは「動物園廃止運動」として1970年代のヨーロッパからはじまり、80〜90年代に世界へ広まっていきました。

ズーチェックは専門家だけでなく、一般市民からの苦情や要望まで、動物園外部からさまざまな改善点を見つけ出し動物園の飼育動物の環境改善を目指した「動物福祉の向上」を目的とするものです。

ズーチェックを受けた動物園の中には「動物福祉がきちんとなされていない」と評価をされ、閉鎖勧告を受けて閉鎖に追い込まれたところもありました。

環境エンリッチメント関連団体の発足

動物の権利に関する思考が高まっていく中で、環境エンリッチメントの概念が1980年代に米国で発展し、その後世界中で行われるようになりました。

1991年にはアメリカ・サンディエゴで「The Shape of Enrichment」というNPOが設立されます。

The Shape of Enrichment
The Shape of Enrichment

The Shape of Enrichmentは、動物園の飼育下個体への環境エンリッチメントを世界規模で推進し、教育やエンリッチメント理論やその応用の国際的な交流によって動物福祉の改善を振興する団体です。環境エンリッチメントに関する情報共有や各種ワークショップの開催を行っています。

近年日本支部「SHAPE-Japan」が発足し、日本各地でのワークショップの開催や各種情報共有を推進しています。

環境エンリッチメントの国際会議「ICEE」

このように環境エンリッチメントの情報共有が活発になってきたことを背景に、環境エンリッチメントに関する国際会議が発足します。それが「国際環境エンリッチメント会議」(ICEE:International Conference on Environmental Enrichment)です。

世界各国から参加者が一同に集まり、環境エンリッチメントに関するさまざまな発表やワークショップが行わています。

日本のNPO「市民ZOOネットワーク」

こうして発展してきたエンリッチメントを評価する試みも世界中で広がりを見せています。

日本では、「市民ZOOネットワーク」というNPOが2001年に設立され、2002年から「エンリッチメント大賞」が始まりました。

市民ZOOネットワーク
市民ZOOネットワーク

エンリッチメント大賞は、エンリッチメントに取り組む動物園や飼育担当者を応援すると同時に、来園者である市民がエンリッチメントを正しく理解・評価することにより、市民と動物園をつなぎ、市民の動物園に対する意識を高めることを目指して行われています。

世界広しといえども、このように市民の皆さんが主体となって環境エンリッチメントを促進、評価する活動はあまり行われておらず、市民ZOOネットワークが日本における環境エンリッチメントへの理解向上の一端を担っていると言っても過言ではありません。

エンリッチメント大賞を受賞した動物園や取り組みは市民ZOOネットワークウェブ上で確認することができます。

環境エンリッチメントの種類

環境エンリッチメントの種類

環境エンリッチメントには5つの種類があります。

  1. 採食エンリッチメント
  2. 物理エンリッチメント
  3. 感覚エンリッチメント
  4. 社会的エンリッチメント
  5. 認知エンリッチメント

動物園における実施内容を例に、それぞれについてご紹介します。

1. 採食エンリッチメント

野生下では食べ物を探すことに何時間もかける動物種でも、動物園ではすぐに簡単に食べ物が手に入ります。それでは残りの時間がつまらないものになってしまいますね。

私たちも毎日「同じ部屋」にいて「同じ時間」に「同じメニュー」のごはんを食べる生活をしていたら、きっと飽きてしまうはずです。

野生下での行動を引き出せるように、展示場で楽しく過ごしてもらえるように、ごはんをいつも違うところに置いたり、ジャンプや穴掘りをして手に入れられるようにしたりするなど、すぐには食べられないようにしています。

一見すると意地悪をしているように見えてしまうかもしれませんが「何の苦労もせず得る報酬」と「何かの行動と引き替えに得る報酬」では、人を含むほとんどの動物が後者を選ぶ傾向があります。

これを動物行動学では、「コントラフリーローディング効果」(Contrafreeloading Effect)と呼んでいます。ただ、手先の器用さや性格によって、かえってストレスを発生するような状況になってしまう可能性もあります。

氷とシロクマ

動物によっては、新たに導入した備品がすぐには受け入れられない場合もあります。そのような場合には、突然実施するのではなく、目にすることのできる状態から少しずつ近づけていくといった段階を経て環境エンリッチメントを実施するようにします。

また、バラエティー豊かな食餌を与えることも非常に重要です。皆さんの前に、キャラメルとポップコーンとケーキが置かれて「どれか好きなものをお取りください」と言われたらどれを選びますか? もしくはどれもお好みではないので「選ばない」という選択をされますか? 例えば「この中ならケーキかな」と思う方もいらっしゃるかもしれません。

その次に、上記3点に加えてチョコレートとアイスクリームが追加された場合、先ほど選択したものとは違うものを選択される方がいらっしゃるかもしれません。ではその後さらにおせんべいやクッキー、どら焼き等が追加されたらどうでしょう。選択肢が増えれば増えるほど、選ぶものが変わってくる可能性が考えられます。

つまり「この個体はこれが大好物なんだ」と思っていたとしても、もしかしたらそれは前述の「この中ならケーキかな」という比較によるものであって「ケーキが他の何よりも好き!」というわけではないのかもしれません。

選択肢を増やすことにより、これまで選択してきたものとは異なるもののほうがもっと好きなことが分かる場合もあるかもしれません。

私たち人間がそうであるように、加齢によっても食べ物の好みや適切な量が変わってきます。「これまでがそうだったから」ということは理由にはなりません。今与えている食餌内容が本当に適切なものかどうかを常に疑うようにしてみましょう。

物理エンリッチメント

動物園の展示場のスペースには限りがあります。狭くてなんにもないスペースは、動物たちを飽きさせてしまうかもしれません。

動物によっては泳ぐことが好きなものがいれば、木の上で多くの時間を過ごしたいものもいます。野生下での多様な行動を引き出すために、それぞれの動物の生息環境に合わせた空間を作るためのさまざまな工夫が必要です。

私の勤務する動物園では、ほとんどすべての展示場で物理エンリッチメントが取り入れられており、かなりの頻度でその内容が変わっています。もしかしたら訪問する度に展示場の中が変わっているかもしれません。

お越しの際はぜひ動物だけでなく、その飼育環境もチェックしてみてくださいね。

※関連リンク:「大牟田市動物園」(福岡県大牟田市)

感覚エンリッチメント

五感を刺激するエンリッチメントは、コンパニオンアニマルにも多く用いられています。臭覚を使って目的物を探すノーズワークをやったことのあるオーナーさんも多いのではないでしょうか。

動物園では、異なる種の糞や尿を染み込ませた段ボールなどを展示場に置くことで行動の多様性を引き出すこともあります。あるいは、インコやゴリラにさまざまな音楽を聞かせることにより、その行動に変化がもたらされるか等の試みも行われています。

その他に、触覚を用いたエンリッチメントも重要です。

寝室の床材にコンクリートや土、砂、落ち葉、藁、乾草等さまざまな素材を用いて複数の床材を併用することにより、動物たちが自分の過ごしたい場所で過ごすことが可能になります。

私たち人間も、畳の上がお好きな方、ラグを敷きたい方、フローリングがお好きな方、などなど好みはいろいろですし、気温やお天気によっても家の中で過ごしたい場所が変わったりしますよね。動物も同じです。「動物たちが選択肢を持っている」ということも環境エンリッチメントにおいては重要です。

社会的エンリッチメント

キリンとシマウマ

他の動物との関わりに着目したエンリッチメントを「社会的エンリッチメント」といいます。

本来群れで暮らす動物を複数頭共に飼育し、野生の群れ構成に近づけることもそうですし、あるいは複数種が一緒に暮らす混合飼育をする場合には、他種の動物との関係も社会的エンリッチメントといえます。

動物園において動物が最もよく関わる人間は飼育員ですが、単独または少数で飼育される動物にとっては、飼育員との関わりもエンリッチメントの一つと捉えることができます。毎朝、獣舎に入って元気に「おはよう!」と声をかけること、それも動物園動物にとっては一つの社会的エンリッチメントなのではないでしょうか。

また、動物園動物と飼育員の関わりとして「ハズバンダリートレーニング」が挙げられます。これはハズバンダリー(husbandry:畜産、飼育、管理などの意)、つまり飼育管理をより良く行うためのトレーニングのことであり、このトレーニングによってさまざまなことが可能になります。

もちろんコンパニオンアニマルにおいてもハズバンダリートレーニングは有効です。トレーニングについてはまた別の機会に詳しくお話できればと思います。

認知エンリッチメント

このエンリッチメントは、複雑な問題解決を必要とするもので、動物の知性を刺激することを目的としています。チンパンジーやボノボ等、知能が高い動物種に用いられ、複雑な操作を行わないと食べ物を得ることができない装置を使って行われることが多くみられます。

ただし、ヒトもそうですが、動物も性格がさまざまであり、じっくり取り組むのが好きな個体もいれば、すぐに諦めてやめてしまう個体もいます。そうした特性を見極めて認知エンリッチメントを行わなければ、かえってストレスを与える結果にもなりかねません。対象個体をじっくりと観察し、その使用頻度や条件設定を見極めることが重要になります。

以上、環境エンリッチメントの5つの種類をご紹介しました。1つの環境エンリッチメントが2つ以上の種類に重複することもあります。

そのため、どのような効果が得られるのか、また別の視点から見たときにデメリットとなる可能性はないのかといったことも考える必要があります

環境エンリッチメントの評価方法

環境エンリッチメントは、実施すればいいというわけではありません。動物の生活の質を豊かにする目的のために行われた環境エンリッチメントのはずが、実際には動物にストレスを与えたり、生活スペースを削減してしまったり、行動の発現を消去してしまったりすることにつながる可能性も十分にあります。

先にも書きましたが、コンパニオンアニマルの場合は何か悪影響が見られたときにはすぐに取り上げる等の措置を講じることが可能ですが、動物園の場合はそうはいきません。職員が想定していた使用方法ではない方法を動物がとる場合もあり、その結果、思いもよらない事故が発生することにもなりかねません。

こうした事態までを想定するのは大変難しいことですが、動物園ではありとあらゆる可能性を考慮した上で最善の環境エンリッチメントを行う必要があります。また、一見良い効果がもたらされているように見えたとしても、動物が精神的にも肉体的にも健康であることを明らかにするのはとても難しいことです。

健康状態が優れないことを隠し、健康であるかのように振る舞う個体も少なくありません。何かを訴えていたとしても、言葉が通じない動物の気持ちを理解することはとても難しいことです。

そのため、行動観察を行い、分析し、効果をきちんと測定する必要があります。

「環境エンリッチメントとして設置した器具を使っているところをたまに見かける」だけでは、科学的な根拠に基づく証明にはなりません。行動観察は、「動物行動学」という学問に基づいて行われます。さまざまな本が出版されていますので、興味のある方はぜひお読みになってみてください。

私がおすすめする「ザ・動物行動学」とも言われる本は、動物行動学の父とも呼ばれるコンラート・ローレンツが書いた『ソロモンの指環―動物行動学入門』(ハヤカワ文庫NF)です(ちなみに私は高校生のときにこの本を読んで、動物の道に行くことを決めました)。

ソロモンの指環―動物行動学入門 (ハヤカワ文庫NF) 文庫
『ソロモンの指環―動物行動学入門』

行動観察は、環境エンリッチメントの導入前と導入後に行います。そうすることで「どのような影響が及ぼされているのか」「行動の多様化が生まれているのか」といったことが明らかになります。主な行動観察の方法として、以下の2点が挙げられます。

  • フォーカルサンプリング:1個体の行動を観察する際に用いられます。細かく記録できますが、その分時間がかかります。
  • スキャンサンプリング:複数頭の行動を観察する際に用いられます。しかし、1個体1個体の情報はあまり多く得られず、記録する行動に偏りが出ることがあります。

こうして観察した行動を記録する主な方法として、以下の3点が挙げられます。

  • 連続記録:発現した行動をずっと書き続けます。
  • 瞬間サンプリング:30秒、1分、5分などあらかじめ間隔を設定し、その瞬間に何をしているのかを記録します。継続時間を調べることには適していません。
  • 1-0(ワンゼロ)サンプリング:30秒や1分などあらかじめ間隔を設定します。その上で、ある行動に着目し、その行動をしていたら「1」、していなかったら「0」と記録をしていく方法です。特定の行動にのみ特化した記録方法のため、包括的な行動観察には適していません。

行動観察および分析に関してより詳しく知りたい方には、『動物行動図説』(朝倉書店)を読まれることをおすすめします。

動物の「異常行動」とは

白熊

動物の行動には「異常行動」と呼ばれるものがあります。動物種本来の正常な行動パターンから形態や頻度が逸脱している行動のことです。例として、キリンが柵をなめ続けたり、クマが展示場の中を行ったり来たりすることが挙げられます。

このような行動は、理由なしに発生しているわけではありません。行動には必ず理由があります。

キリンの場合、木の葉を食べる際、舌を葉に絡めて口に運びます。しかし木の葉を食べる機会が少なかった場合、舌を使う頻度が低下します。その結果、食べるという行動以外で舌を使用することにつながり、柵をなめるという行動が形成される場合があります(もちろんキリンの柵なめの理由はこの限りではありません)。

クマの場合は、野生下において食べ物を探して広大な範囲を歩き回る生活をしています。限られたスペースの中でその行動形式が存続した場合に、同じところを行ったり来たりする場合があります。これは「常同行動(一定した様式が長期間繰り返されること)」と呼ばれる行動の典型的なものです。

では、こうした行動はなぜ起こるのでしょうか。私は「異常行動」という言葉自体が好きではありませんし、いつか呼び名が変わればいいなと思っています。なぜなら、異常なのは「動物の行動」そのものではなく、「動物を取り巻く環境」だからです。

何か異常なことがある場合、それは人間側から見ているから異常なのであり、動物側から見たら、その環境においては、その行動が発現することが正常なのかもしれません。そのため「その行動を止めさせる」ことが解決につながるわけではありません。

もし前述のキリンの展示場の柵にカラシを塗布し、キリンが柵を舐めないようにした場合、柵を舐める行動は止むかもしれません。それで果たして「解決した」と言えるのでしょうか?

もしかしたら柵ではないどこか別のところで新たに舌を使うという欲求を満たすことになるのかもしれません。「すでに発現している行動ができない状態にする」ことは、異常行動の解決には結びつかないのです。

ではどうすればいいのでしょう。その解決策の一つが環境エンリッチメントなのではないでしょうか。私の勤める動物園のキリンの展示場は、お世辞にも大きいとは言えません。

国内の他園と比べても小さな展示場です。世界的に見たら、ここでキリンを飼育することは不適切だと言われることすらあるかもしれません(海外にはおそろしいほど広大なキリンの展示場が存在します)。

以前はキリンが柵なめをしていたそうです。しかし、私自身はそうした姿を一度も目にしたことがありません。それはなぜか。キリンの担当者が毎日たくさんの木を切ってきているからです。近隣の学校をはじめとするさまざまな施設にもご協力をいただき、キリンが好む木を伐採するときには、職員が取りに伺います。

また、さまざまなフィーダー(自動給餌器)を作成し、キリンが舌を使って採食をする機会を増やしています。担当者のたゆまぬ努力と近隣住民の方々のご協力の下、キリンが正常な行動をとることができる環境が維持されています。

動物の生活の質の向上のために

動物福祉が唱えられるようになってきて、まだ50年とちょっとです。その間にも、さまざまな議論が交わされ、そして時代とともに動物福祉の考え方も大きく変わってきました。

動物園での飼育方法も直近の10年間だけでも変化しているように思います。これから先、ますます動物福祉への考え方が変わっていき、よりバラエティーに富んだ内容へと変化を遂げていくのではと思います。

コンパニオンアニマルのオーナーさんを含む、動物飼育に携わる全ての方が、動物の生活の質の向上のために継続した努力を重ねられていく上で、環境エンリッチメントがこれからも発展し、より動物福祉に注力がなされることを願うばかりです。

引用文献&ウェブサイト