イノシシ肉を刺身で生食するのは危険 HEV感染・急性肝炎による死亡例も

イノシシ肉を刺身で生食するのは危険 HEV感染・急性肝炎による死亡例も

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「イノシシの刺し身」がNHKの番組「あさイチ」で紹介され、ネット上で「イノシシ肉の生食は危険なのではないか」と話題になっています。身近な存在になったイノシシ肉やシカ肉などのジビエ料理ですが、正しい狩猟・解体・調理が行われないと食中毒になる危険があり、過去には国内で死亡事例も報告されています。今回はイノシシ・シカ肉にはどのような危険があるのか、また過去にどのような食中毒事例があったのかを紹介します。

野生動物の肉(ジビエ)にはリスクがあります

そもそもジビエ(gibier)とはフランス語で、野生鳥獣の狩猟肉を意味します。鳥類だとマガモやキジ、獣類だとシカやイノシシ、クマの肉が有名です。国内では解体をするために食品衛生法に基づく食肉処理業の許可が必要となり、許可が無い場合は販売することができません。

野生鳥獣は家畜と違ってエサや飼育環境における衛生管理が行われていないことから、E型肝炎ウイルスや寄生虫などの病原体を高確率で保有しています。E型肝炎ウイルスの感染例としては、2003年に兵庫県で冷凍シカ肉の生食、2005年に福岡県で野生のイノシシ肉を鍋や焼き肉で食べたことによる事例が報告されています。

2003年には鳥取県でイノシシのレバーを生食した2人が急性劇症肝炎を発症し、そのうち1人が死亡しています。


イノシシ・シカが保有する病原体

イノシシ・シカが保有する病原体のうち代表的なものを紹介します。

E型肝炎ウイルス(HEV)

E型肝炎はHEVに感染することで引き起こされる急性肝炎で、まれに劇症化して予後不良になる場合があります。E型肝炎はウイルス肝炎の中で唯一の人獣共通感染症です。

主に経口感染で、汚染された飲料水によって大規模な感染が起こる場合もあります。発症すると発熱や腹痛、肝機能の悪化が起こりますが、有効な治療法は無く自然治癒を待ちます。感染事例は前述した通りですが、豚レバーの生食による感染例もあります。


志賀毒素産生大腸菌

一般には志賀毒素産生大腸菌の中でも「O157」が知られています。発症すると下痢や腹痛が起こりますが、成人の場合は重篤になることはありません。しかし乳幼児や高齢者の場合は溶血性尿毒症症候群や脳症を引き起こすことで、死に至る場合もあります。

これまでの感染例としては、1996年に北海道で冷凍シカ肉の生食、2001年に大分県、2009年に茨城県でシカ肉を食べたことによる感染事例が報告されています。


カンピロバクター菌

カンピロバクターは昔から家畜の「流産菌」として知られていた細菌で、1970年年代になって人も感染することが分かりました。発症すると下痢や腹痛、発熱など一般的な食中毒症状が起こり、多くは1週間ほどで完治します。

シカに比べてイノシシの保菌率が高いのが特徴です。乾燥に弱く加熱調理で死滅しますが、鶏肉の生食や加熱不足による感染事例が報告されています。


サルモネラ菌

野生のイノシシ・シカともにサルモネラの保菌率は高くないものの、シカ肉を原因とした食中毒事例が国内外で報告されています。国内では、1987年に長崎県で冷凍のシカ肉を刺し身にして食べたことによる集団食中毒が、アメリカでは2012年にハワイでシカ肉の刺し身を食べた男性の食中毒が発生しています。


トキソプラズマ

人を含む動物に寄生してトキソプラズマ症を引き起こす寄生虫です。2001年にシカ肉によるトキソプラズマ性脈絡網膜炎の感染報告がありますが、トキソプラズマは猫からの感染がよく知られており、感染しても通常は重症化しません。そのため現時点でイノシシ・シカ肉からの感染リスクは高くないと考えられています。


野生動物の肉を食べるときの注意点

野生動物の食用は、農作物を野生動物から守ることを目的として推奨されている面があります。しかし、消費者として注意すべきことが大きく二つあります。

一つは、家畜に比べてリスクが高いということです。野生であることから、家畜と同じ衛生状態を期待することはできません。適切に狩猟され、解体されたものであるか注意する必要があります。

例えば、2002年にはアメリカで7歳の少年が父親の狩猟したシカ肉を食べてO157に感染しています。これは狙撃後の処理が適切ではなかったことでO157の増殖・肉の汚染が起こり、加熱処理も不十分だったことで感染したと見られています。

十分な加熱処理はとても重要で、これが注意すべきことの二つ目です。厚生労働省は「野生鳥獣肉の消費時における取扱」として、以下のように明記しています。

食中毒の発生を防止するため、中心部の温度が摂氏75度で1分間以上、十分加熱して食べることが必要であること。肉眼的異常がみられない場合にも高率に寄生虫が感染しており、まな板、包丁等使用する器具を使い分けることや処理終了ごとに洗浄、 殺菌し、衛生的に保管することが必要である。


そもそも厚生労働省は「野生鳥獣肉の衛生管理に関する指針(ガイドライン)」で、「飲食店営業等が野生鳥獣肉を仕入れ、提供する場合、(中略)生食用として食肉の提供は決して行わないこと」としています。

ジビエ料理を食べる際は、以上のことを十分に注意してください。