人と猫のキスはNG?理由やリスクを獣医師が解説
顔や口をぺろぺろ舐めてくる猫ちゃんは本当に可愛いですよね。でもなぜキスをしてくるのでしょうか?猫ちゃんとのキスで移る病気はないのでしょうか?実はパスツレラ症やトキソプラズマ症など注意すべき人獣共通感染症があります。今回は猫のキスについて獣医師の福地が解説します。
猫がキスをしてくる理由
猫も犬と同様に社会性の高い動物です。友好関係にあるお互いの存在を確認することで安心を得ることができます。群や親子の絆の形成に親愛の情を示すコミュニケーションは必須です。母親からの子供への舐めたり、毛づくろいしたりなどのグルーミングは大人になっても残る行動です。
猫の口の周りや顎、耳の付け根にはアポクリン腺という汗の一種を分泌する部分があります。この部分の匂いを嗅いだり、舐めたりすることで縄張りをアピールしたり、仲間同士の挨拶をすると言われています。飼い主を仲間と思うことで挨拶としてキスをしてくるのでしょう。
猫とキスするのはだめ?
2016年に野良猫にえさやりをしていた60歳代の女性が呼吸困難の症状を呈して死亡するという出来事がありました。この女性は野良猫にえさやりを行なっており、猫からコリネバクテリウム・ウルセランス(Corynebacterium ulcerance)が感染したと考えられています。
この菌はジフテリアという病気を起こすジフテリア菌(Corynebacterium diphtheriae)の仲間で、よく似た症状を起こすことがあります。古くから牛などの家畜が持っていると言われてきましたが、近年では犬や猫からも検出された報告があり、人への感染源になっている可能性があると言われています。
参照:「コリネバクテリウム・ウルセランスによるジフテリア様症状を呈する感染症患者に関する情報について」(厚生労働省)、「ネコが原因と思われるコリネバクテリウム・ウルセランス感染症の死亡例」(酪農学園大学動物薬教育研究センター)
人獣共通感染症とは
人の感染症はおよそ1500あると言われています。しかしその半分以上が本来人以外の動物を宿主としている病原体と言われています。
このように人以外の動物に本来はいるはずの病原体が人に感染して病気を起こす感染症のことを「ズーノーシス(zoonosis)」と呼び、日本語では「人畜共通感染症」あるいは「人獣共通感染症」と呼びます。
先ほど話題にしたコリネバクテリウム・ウルセランスも人獣共通感染症の一つです。
猫のキスで感染する可能性のある病気
猫のキスで感染する可能性のある感染症として、代表的なものを紹介します。
パスツレラ症
パスツレラ症はパスツレラ菌(Pasteurella multocida)によって引き起こされる人獣共通感染症です。人への感染は世界的に認められますが、特にペットの飼育が盛んな先進国で頻度が高い病気です。
人間には噛まれた部分の化膿性の炎症や、重篤な場合は敗血症を起こします。健康な猫でも爪や口の中にこの菌が生息しており、噛んだり引っ掻いたりすることで感染してしまいます。
動物では症状を起こさない場合が多いですが、まれに肺炎を起こすことがあります。また、猫の皮膚炎がある部位の40〜58%からパスツレラが分離されたことから、このようなところから人への感染源になっていると考えられます。
トキソプラズマ
トキソプラズマ症はトキソプラズマ(Toxoplasma gondii)と呼ばれる寄生虫によって起きる感染症です。豚やヤギなどの哺乳類に感染し、猫を含むネコ科の動物で成熟して増殖します。人間は猫の糞便についたトキソプラズマから感染することが知られています。成人にはあまり症状を出さないことが多いのですが、妊娠中に初めて感染すると胎児にトキソプラズマが感染し流産させたり、生きていても目や精神、運動に支障を来たす先天性トキソプラズマ症になってしまうことがあります。古い調査ですが東京の妊婦の抗体調査では1974年には25.3%、1988年以降は平均で15.9%と低下はしていますが感染しているあるいは感染していたことを示す結果が出ています。
コリネバクテリウム・ウルセランス症
先日話題になったコリネバクテリウム・ウルセランス(Corynebacterium ulcerans)は人から人への感染は国内では報告されておらず、国外でもまれだとされています。基本的に感染するとジフテリアと似た症状を示します。粘膜にダメージを与えるため、喉に症状を出していると、腫れ上がって呼吸困難を引き起こすこともあります。皮膚の炎症を引き起こした例も報告されています。呼吸器以外(頸部リンパ節腫脹や皮膚病変)の感染例も報告されています。飼っている猫が咳やくしゃみ、涙を出している時や、皮膚炎がある時は早めに動物病院にかかられることをオススメします。猫に触った後は、手洗いをしっかりして衛生的な状態をできるだけ保ちましょう。
猫のクラミジア性結膜炎
ネコクラミジア(Chlamydophila felis)によって猫の結膜炎や鼻炎が引き起こされます。人では結膜炎を起こすことで知られています。症状を出さずにクラミジアを保菌している場合もあります。よく見られる病原体で、飼い猫の10〜20%、野良猫の50%が保菌しているという報告もあります。猫から猫へ感染するときにくしゃみや接触などで感染するため、猫から人へも同じように感染する可能性があると考えられています。猫から人に感染したという国内での報告はまだありませんが、アメリカやイギリスで数例の報告があります。猫ちゃんがくしゃみをしていたり鼻水を出している時は、動物病院に連れて行って治療を受けさせて挙げましょう。
猫のキスで口内炎になる?
猫は口内炎をよく起こします。猫の口内炎は腎不全や尖ったものや電気コードをかじったことによる外傷、自分の免疫が過剰に自分の細胞を攻撃することで起きる免疫介在性疾患や感染症によるものがあります。
感染症で起きる口内炎は猫カリシウイルスや猫ウイルス性鼻気管炎ウイルスによるものがありますが、これらのウイルスは人には感染しません。
ですので、猫ちゃんとのキスで口内炎を起こす菌が感染する可能性は非常に低いといえるでしょう。
猫のキスで虫歯になる?
人の口の中は、pHが約6.5で弱酸性になっていますが、猫ではpH8-9とアルカリ性です。
また、猫は人と歯の形が異なり虫歯菌が潜り込みやすい形をしていないこと、唾液の中に含まれる消化酵素の1種であるアミラーゼが人と比べて少ないことなどにより虫歯が少ないと考えられます。
そのため、猫のキスが理由で虫歯になる可能性は低いです。
猫とのキスは感染リスクがあることも理解して
猫ちゃんから人に感染する病原体はさまざまなものがありますが、排泄物を片付けたり、触ったりした後には必ず手洗いをするなど衛生的な状態を保てるように励めば、予防できるものが多いです。
病気への正しい知識を得て、適切な予防策をとることで猫ちゃんと楽しい生活を送りましょう。
最近は人、動物、そしてそれらを取り巻く環境の衛生に携わっている人全てが一つの健康を目指すOne Health(ワンヘルス)という考え方が世界的に広がっています。
ペットから人、あるいは人からペットに移る感染症についての理解を深めることは、飼い主さんにとってもOne Healthを実現する一歩になります。
参考文献
- 『改訂版 人獣共通感染症』木村哲 喜田宏
- 『獣医師と企業をつなぐ情報マガジン KAKE-HASHI 2017 vol.10』
- 『SMALL ANIMAL INTERNAL MEDICINE third edition 上』監訳:長谷川篤彦、辻本元