犬は飛行機に乗るとどれだけのストレスを感じる? 海外論文から紹介
犬にとって飛行機での移動は、温度・湿度が管理されていたとしても、犬にしてみれば経験したことのない音や機体の動き、飼い主さんと離れ離れになったことから来る不安など、そのストレスは計り知れないものがあります。犬はフライト中どれだけのストレスを感じているのか、中国・広州で行われた調査をもとにした研究論文を獣医師の福地が紹介します。
犬との飛行機移動
旅行に愛犬を連れていけたら楽しさは倍増ですよね。旅行に限らず、転勤や新生活のための引っ越しなど、長距離を移動しなければいけない機会もあると思います。車や鉄道で行くのが難しい場所への移動手段として飛行機がありますが、「愛犬を飛行機に乗せるのは不安」という飼い主さんも少なくないと思います。
ここ数年で日本にもペットが客室に入れる特別便が出てきたものの、まだまだ「ペットは貨物室」というのが一般的です。例えば日本航空(JAL)では、出発直前までカウンターで、機内では空調機にて温度・湿度を管理している貨物室で預かるとしています。
参照:「ペットとおでかけサービス」(JAL)
犬が不安を感じることはもちろん、飼い主さんも「フライト中におとなしくしていられるのかな?」「貨物室でペットの体調面は大丈夫なのかしら?」と見えないところにいるからこそ、不安が高まってしまうと思います。
犬にとって飛行機での移動はストレスになる?
これまでも犬が車や船、飛行機などの乗り物に乗った際にストレスを感じることは知られていました。嘔吐やよだれ、元気の消失など、乗り物酔いのような症状がみられ、対策として嘔吐させないために空腹状態にしておいたり、抗ヒスタミン薬などの投与が行われたりしてきました。こうした輸送のストレスによる悪影響は、具体的に犬の体にどのような影響を及ぼしているのでしょうか? 中国・広州中医薬大学実験動物センターの王梁(ワン・リャン)ら研究グループは、1歳のビーグル犬12匹を対象に、犬はフライトでどれだけのストレスを感じているのかを実験しました。
飛行機による犬の輸送ストレスとは
今回の実験は12匹の犬を6匹ずつ「トウジン(党参)」と呼ばれる漢方の投与群(フライト2時間前)と未投与群の2つのグループに分けて行われてました。トウジン(ヒカゲツルニンジン)は漢方薬としてよく用いられる植物で、疲労改善や血糖値の調節、高血圧の改善などの効能があるとされる植物です。今回の実験では、ストレスを低下させる効果があるかを調べるために用いられました。トウジン(ヒカゲツルニンジン)
実験は福州長楽国際空港から広州白雲国際空港まで、約1時間20分のフライトで行われました。その後もしばらく貨物室にいる時間があり、結局貨物室内ではフライト時間含め約4時間過ごしました。フライト中の気温変化は26.1℃から38.6℃で、湿度に関しても53.8%から100%の範囲で変動していました。
そして輸送前、直後、輸送後6日間の期間にわたって採血を行ってさまざまな血液検査項目について比較評価が行われた結果、飛行機による移動のストレスによって筋肉へのダメージと、嘔吐防止の空腹と水分不足による脱水の影響が認められたのです。
免疫系にダメージはないものの、筋肉への影響が心配
血液検査では、「白血球系」「赤血球系」「肝酵素」「筋肉」の項目について評価されました。白血球系
白血球系には、リンパ球や単球、好中球といった免疫機能を担う細胞が含まれています。輸送前後を比べると、どちらのグループも白血球が増加しました。原因として脱水による濃縮も考えられるものの、飛行機のストレスによって免疫システムが低下することはということを示しています。トウジンの未投与グループは翌日になって白血球を構成する顆粒球とリンパ球と単球が高くなり、翌日以降に落ち着いて6日目頃には輸送前と同じ程度に戻るという経過をたどりました。トウジンの投与グループでは、白血球がより高値を示しました。
赤血球系
酸素を運ぶ血球やその色素などを評価したところ、輸送直後は赤血球と血液中に占める赤血球体積の割合が増えていました。これは嘔吐の防止のためと思われる、輸送前の絶食と水分不足による脱水の影響が考えられます。赤血球の色素と赤血球体積の割合、そして赤血球値を見てみるとトウジンの投与グループが高い値となりました。トウジンには造血の促進作用があることを示しています。肝酵素
ASTとALTという肝臓に含まれる酵素を評価しています。この2つは肝細胞の壊死が起きた際に放出されるもので、輸送ストレスによって犬が興奮し、酸素の消費量が増えることで細胞の酸素不足が引き起こされると考えられました。しかし、結果はASTとALTのどちらも参考基準値内で、むしろ低下がみられました。肝臓へダメージがある時は値が上がりますし、低下して肝不全が進行していればもっと重篤な症状が出てくるはずなので、この結果は肝細胞の障害を示しているわけではないと考えられます。これらの酵素の値がその犬の平均に戻るまでの日数はトウジンの投与グループのほうが早かったため、トウジンには細胞の機能を促進させる働きがあることも示唆されています。
筋肉
筋肉の細胞が壊れると、中に含まれているCK(クレアチンキナーゼ)という酵素の血中濃度が高くなります。そして輸送直後、CKの値はどちらのグループも高値を示しました。飛行機による輸送のストレスは、犬の筋肉の細胞膜へダメージを与えている可能性があります。この高値は6日間の観察期間で輸送前と同じ程度までは戻りきりませんでした。飛行機の輸送ストレスは犬の筋肉にダメージ
上記の血液検査の結果以外にも、グルコースという血糖の値も輸送後に低い値を示しましたが、これは輸送に備えた絶食の影響だと考えられます。しかし、低値は輸送後も5日目まで続き、飛行機の輸送ストレスによってグルコースなど栄養素の吸収や消費の改善に時間がかかることが示されました。
今回の実験では、飛行機の輸送ストレスが犬の筋肉にダメージを与え、嘔吐防止の空腹と水分不足による脱水も体に悪影響となることがわかりました。基準値を外れはしなかったものの、肝臓などの測定値の変動は気になるところです。嘔吐は誤嚥性肺炎の原因にもなるため、空腹にすることが良くないとは一概には言えません。ただ、できるなら輸送直前に動物病院に寄り、皮下補液をしてもらうなどの工夫があるとよいかもしれません。
なお、トウジンの投与グループでも飛行ストレスの影響は出てしまいましたが、比較すると未投与グループより回復を促進させる作用がみられましたので、今後さらに研究が進めば飛行機での輸送をサポートするものとして実用化されるかもしれません。
調査概要
- 調査期間:飛行時間約4時間、総移動時間約16時間30分
- 対象者:12匹のビーグル(10kg以下)
- 調査方法:飛行機輸送前、輸送直後、輸送後6日間の観察期間毎日採血して血液生化学検査を実施
- 詳細:「Effect of flight transport stress on blood parameters in beagles and the anti‐stress effect of dangshen」
参考文献
- 「犬の輸送ストレス軽減のための新規鍼治療の試み」(日獣会誌)