【獣医師執筆】犬の麻酔のリスクと必要なシーンは?全身麻酔の副作用などを解説
麻酔というのは恐怖や痛みを取り除いてくれる画期的な方法の一つです。犬は人に対して友好的な場合が多いので、麻酔前検査や評価が簡単に行え、麻酔への対策が立てやすい動物です。とはいえ、全身麻酔に対して抵抗のある飼い主さんは多いのではないでしょうか。今回は犬の麻酔の種類やリスクについて解説します。
犬に麻酔が必要な理由
ストレスや恐怖を軽減するため
動物病院に来る犬は、多かれ少なかれストレスを抱えています。まったく問題のない犬もいますが、なかには大きなストレスによって、恐怖を覚え、攻撃的になる犬もいます。ストレスは心臓や呼吸にとって悪影響を及ぼし、病気の悪化につながりかねません。麻酔の使用は、これらの負担の軽減につながります。
処置や検査を正確に行うため
犬が暴れると、処置中の縫い方が雑になったり、病気の診断に必要な画像検査がブレたり、必要以上に時間がかかったりする恐れがあります。麻酔を利用することで、診療の質が圧倒的に良くなります。
公衆衛生上の問題
診察・治療時に、普段大人しい犬が攻撃的になることは珍しくなく、そういった状況になると、飼い主さんや獣医師は噛まれる恐れと感染症のリスクが伴います。さらに、一度人に危害を与えることを覚えると、場合によっては家に帰っても、嫌なことをあると攻撃的になる可能性もあります。
麻酔とはこのようなトラウマから発生する攻撃的行動を抑制し、公衆衛生上の問題を未然に防ぐことができます。
犬の麻酔の種類
全身麻酔
一般的に全身麻酔とは、可逆的に犬の意識を失わせ、筋肉をリラックスさせ、痛みなどの生体反射を抑える一連の方法です。適切な全身麻酔を行えば、麻酔から覚めた犬は普通の生活に戻ることができます。通常一つの麻酔薬では、これらすべてを達成できないので一般的にはいくつかの麻酔薬を組み合わせて使います。
鎮静
比較的弱い麻酔である鎮静は、犬の意識を完全に失わせず、眠くさせたり、意識を朦朧とさせたり、落ち着かせたりすることができます。全身麻酔は強力なので、積極的な麻酔管理とモニタリングを必要としますが、鎮静は比較的軽度の麻酔のため、最小限の管理とモニタリングで済みます。
日常的に使われるのは鎮静であり「鎮静をうまく利用できる獣医師=犬をうまくコントロールできる獣医師」と言えるでしょう。
犬の麻酔の使い分け
全身麻酔の場合
全身麻酔は、犬に絶対に動いて欲しくない場合に使用します。簡単にいえば、お腹を開けたり、骨折を治したりするような大きな手術に必ず必要なのが全身麻酔です。
また、時間を長く必要とするMRIなどの画像診断も、動くと画像の質が落ちるため、全身麻酔を使うことが多いでしょう。
鎮静の場合
鎮静は、簡単な処置が必要な場合に使用します。鎮静は、犬の意識を完全に失わせるわけではありませんが、意識を朦朧とさせるので、強い刺激を与えた場合、犬が多少動く可能性があります。
しかし、刺激を与えなければ、大きく動くことはありません。短時間で簡単な処置、CT、X線、超音波検査などの短い画像検査に適しています。
そのほか、怖がったり興奮したり、暴れたり噛みついたりする犬を落ち着かせるためにも鎮静は有効です。
犬の局所麻酔によくある誤解
よくある誤解として「全身麻酔」は全身に麻酔をかけ、「局所麻酔」は局所的に麻酔をかけると思われがちですが、実は使い方がまったく異なります。
目的の違い
「全身麻酔」と「鎮静」はどちらも脳に作用して犬を動かなくさせることを主な目的としています。強さが違うだけで、ほぼ同じくくりの麻酔です。一方、局所麻酔は脳に作用しないため、使用しても意識ははっきりしていますが、痛みを感じることはありません。
つまり、局所麻酔とは、局所の感覚神経を完全に遮断させることによって、痛みが脳に達しないようにする処置です。
従って、「麻酔」というよりも「鎮痛方法」として認識するほうが正しいでしょう。
局所麻酔をするには麻酔が必要
局所麻酔をするためには、犬に大人しくしてもらわないといけません。麻痺させたい神経の側に針を進めて局所麻酔を注射するため、正確な作業となります。従って、通常は局所麻酔を使用する場合には鎮静や全身麻酔を必要とします。
簡単な局所麻酔であれば鎮静や全身麻酔を必要としない場合もありますが、犬があまりにも痛がっているのであれば、少なくとも鎮静を使うべきでしょう。
愛犬に手術が必要になった場合には、痛みを感じて欲しくないと思うので、局所麻酔を使ってもらうように獣医師に相談してみましょう。
犬の麻酔のリスク
現在の麻酔薬は昔と違って非常に安全です。
麻酔関連死亡率が高いように思われがちですが、実際は麻酔後での死亡率が高いことが知られています。特に麻酔後2〜3時間は要注意です。
薬によっては拮抗薬が存在するので、拮抗薬を使用するとすぐに麻酔から醒ますことができます。さらに短時間作用型の麻酔薬が主流であるため、麻酔薬はすぐに体の中からなくなります。
仮に何らかの原因で麻酔薬によるアナフィラキシー様の反応が見られても、麻酔中であればすべてのサポートと治療が瞬時に受けられる状況にあるので、麻酔中でない場合と比べると安全といえるでしょう。
麻酔のリスク評価
動物の麻酔のリスクを推し量る方法として最も一般的なのが、通称「ASAステータス(American College of Anesthesiologists physical status)」です。ASAステータスは1から5まであり、1は健康な状態、5は重症な状態をいいます。
ASA | 動物の状態 | 具体例 |
---|---|---|
1 | 正常で健康な状態 | 認識できる疾患が無い動物 |
2 | 軽度の疾患を有する状態 | ショック症状の無い骨折した動物、代償機能の有る心臓疾患動物 |
3 | 重度な疾患を有する状態 | 脱水、貧血、発熱の有する動物 |
4 | 重度な疾患を有する状態で生命の危機にある場合 | 重度の脱水、貧血、発熱、尿毒症の有する動物、代償機能が破綻した心臓疾患動物 |
5 | どんな治療をしても24時間以内に死亡する可能性のある状態 | 重度のショック症状、重度の損傷を有する動物 |
ASAステータスは、その動物のその時点での総合状態評価で、複数の要因によって決定されます。
例えば持病があったとしても、その病気が内服で安定しているのであればASA1〜2以内になり、老犬でも若い犬と同じように走り回れるのであればASA1〜2以内になります。
愛犬に麻酔をかける場合には必ず、どのASAステータスに当てはまるのか獣医師に確認することをお勧めします。
犬の麻酔は適切な処置を行うための手段
麻酔は犬の恐怖心やストレスを軽減し、適切な処置を行うための手段
麻酔には「全身麻酔」と「鎮静」の2種類がある
局所麻酔をするには麻酔が必要
麻酔関連死亡率は低い
愛犬が麻酔をするときは、どのASAステータスに当てはまるか確認しましょう
麻酔は犬のストレスや恐怖を軽減するための必要不可欠なツールです。
犬の麻酔関連死亡率は決して高くありません。安心して任せられる獣医師としっかりと話し合い、麻酔を過度に怖がらず病気を乗り切りましょう。
引用文献
専門家相談のインスタライブ開催中!
ペトコトのInstagramアカウント(@petokotofoods)では、獣医師やペット栄養管理士が出演する「食のお悩み相談会」やトリマーやトレーナーへの相談会を定期開催しています。愛犬について気になることがある方は、ぜひご参加ください。
アカウントをフォローする