犬を通して「他者」の命に思いを寄せてほしかった――立教女学院小学校、16年目の動物介在教育

犬を通して「他者」の命に思いを寄せてほしかった――立教女学院小学校、16年目の動物介在教育

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犬を通して、動物を介した教育(=「動物介在教育」)を行っている立教女学院小学校。犬と共に過ごす学校生活は一体どのようなものなのでしょうか。その授業風景や、犬による動物介在教育を導入した背景を取材しました。

ペトことの読者の中には、小学校で「生き物係」だった方が少なくないと思います。学校での飼育動物は魚やハムスター、うさぎ、にわとりなどが一般的ですが、なんと中には犬を飼っている小学校もあります。それが、私立「立教女学院小学校」(東京・杉並区)です。
同校では2003年から犬を用いた「動物介在教育(※)」を実施しており、16年目を迎える現在まで「犬と過ごす学校生活」が子どもたちに大きな価値を与えています。今回は犬がいる授業の様子や、日本初の動物介在教育の導入をどうやって実現させたのかについて取材しました。(取材:薄井慧)
※教育計画・学習計画に基づき、教員や専門家が動物を介して行う教育


犬がいる小学校「立教女学院小学校」

職員室の隅にある小さな部屋。入ってみると、犬用のお世話用品や大きなケージがあります。そこに、立教女学院小学校の学校犬は毎日「出勤」しています。
学校犬はすべて教頭の吉田太郎先生が飼っている犬です。取材時に出勤していたのは、ラブラドールレトリバーの「クレア」と、エアデールテリアの「ベローナ」でした。
学校犬のクレア
クレア

クレアは、公益財団法人アイメイト協会の繁殖犬です。今年の7月には出産もしました。クレアの赤ちゃんたちは、アイメイト(盲導犬)になります。

学校犬のベローナ
ベローナ(写真右、提供:吉田先生)

落ち着いた目でこちらを見てくるクレアに対して、ベローナは少し警戒気味……? 職員の方々によると、普段はとても活発だそうです。
子どもたちお手製のお世話チェック表
子どもたちお手製のお世話チェック表(提供:吉田先生)

お世話は、「バディ・ウォーカー」と呼ばれるお世話係の子どもたちが分担して行います。部屋の中には子どもたちが自主的に作ったというチェック表もありました。「お」はおしっこ、「う」はうんちの略とのことです。バディ・ウォーカーは大人気で、なかなか順番が回ってこないそうです。
学校犬お散歩の様子

お散歩の時間になると、バディ・ウォーカーの子どもたちが2匹をケージから出し、リードをつけ、校舎の外に連れ出します。
学校犬お散歩の様子

大型犬は力が強く、子どもたちが力に負けて引っ張られてしまうこともしばしば。あるバディ・ウォーカーの子は、「力が強いから、お散歩するんじゃなくてお散歩されちゃうこともあるんです」と笑いながら教えてくれました。

聖書の授業を受ける子どもたちと犬

立教女学院小学校ではキリスト教の教えに基づいた教育を行っており、子どもたちのキリスト教への理解を深める「聖書」の授業があります。学校犬のメンバーは、吉田先生が週に1度担当している1年生と6年生の授業に出席しています。今回は、1年生の授業を見学させていただきました。
教室を一巡するクレア

この日の授業に出席したのはクレア。授業の始まりのあいさつが終わると、クレアは机と机の間の通路を吉田先生と一緒に歩いて教室の中を一巡します。
満面の笑みで楽しそうにクレアと触れ合う子もいれば、少し警戒しつつクレアに触れている子もいました。もちろん、犬に慣れている様子の子がいる一方で、そうでない子もいました。子どもたちのクレアに対する距離感はそれぞれ違いながらも、通路の両側から、いろいろな子の手が優しくクレアを撫でていました。
聖書の授業の様子
授業をする吉田先生

教室を一巡すると、聖書の授業が始まります。授業が始まったら、子どもたちと一緒にお話を聞くのがクレアのお仕事です。この日の授業は「エサウとヤコブ」についてでした。
授業を聞くクレア

授業中はノーリードのクレア。頑張ってお話を聞きながらも、たまにちょっとだけ教室内を移動していました。あるときは教室の隅っこでこっそり一休み……? 思わずシャッターを切ってしまいました。

授業が終わって教室の外に出ても、クレアは大人気。教室からたくさんの子どもたちが出てきて、クレアと触れ合いました。この日は子どもたちがクレアを職員室のお部屋まで連れて帰りました。

「自分と違う『他者』に思いを寄せてほしかった」

前例が無い中でスタートした立教女学院小学校の犬による動物介在教育。その実現の立役者となったのが吉田先生です。一筋縄ではいかなかった「学校犬」の導入をどのように実現したのか、その経緯や背景、この教育スタイルに込めた思いを吉田先生にお聞きました。
Q. 今から15年前の2003年から動物介在教育を始められたとのことですが、その経緯を教えていただけますか。
当時、学校になかなか足が向かない女の子が1人いたんです。その子とのやり取りの中で、「休みの日に犬の散歩をしよう」という話になったのがきっかけでした。その子はずっと家に閉じこもっていたので、井の頭公園を散歩しようと。
井の頭公園は学校から歩ける距離なので、その子は「学校が怖い」「学校に行きづらい」と言っていたんですが、散歩をきっかけに「学校に行ってみようか」と、学校に少しずつ戻れるようにしていました。
そういうことをしている中で、「学校の中に犬がいたら楽しいのになあ」とその子が言ったんです。「確かに、学校に犬がいるだけで学校が楽しく感じられる子もいるかもしれない」と思い、それがヒントになって犬による動物介在教育をスタートさせました。
初代学校犬のバディ
初代学校犬のバディ(提供:吉田先生)

Q. 「学校に犬がいたらいいな」から「学校に犬がいる」というところまで持っていくのは大変ではありませんでしたか?
最初は、学校をよくするためのアイデアを出し合う会議があって、その会議の中で「大型犬、イメージとしてはピレネー犬くらい大きな犬を学校で飼いたい」と言ったんです。その時は笑いが起きましたね。「そんなの無理だよ、いたら楽しいかもしれないけど」みたいな感じだったんですけど、僕だけ本気でした。
教員の会議でもいろいろな企画を提案するチャンスがあり、そこでも提案したのですが、最初は笑われて冗談だと思われました。でも地道に「冗談じゃなくて本気で考えたいんです」というのを伝えていきました。
Q. 子どもたちの中には、犬アレルギーの子もいるかと思います。それはどのようにして乗り越えましたか?
アレルギーのことはまず第一に考えましたね。アレルギーはフケ・よだれ・抜け毛などで反応するので、抜け毛が少ないということで、ラブラドールレトリバーゴールデンレトリバーではなくてエアデールテリアを選びました。そして、口がべろんとなっている犬はよだれが出やすいので、そうでない犬種を選びました。
もちろん、保護者の方や教職員からの心配や反対もありました。ですので、いろいろなシチュエーションを想定して細かい説明をしていきました。最初の導入に至るまでも、まずは先生たちを説得して。そして立教女学院は幼稚園から短期大学までの施設が同じ敷地内にあるので、どういう風に学院全体に理解してもらうかというのを考えました。
学院の理事の先生たちにも提案をしました。それこそみんなで食事に行った時とかに「10分だけ時間をください」って言って、当時iPadとかはなかったのでパソコンを持っていって、そこでプレゼンをしたり。これがいかに大事なことかというのをお話ししました。その理事の人たちからは「その話は面白そうだけど、まずは現場が納得するのが大事だ」というアドバイスを頂いたりもしましたね。

Q. 実際に犬を学校に連れてくるまでに、一番大変だったことは何ですか?
大型犬は飼ったことがなかったんですね。スコッチテリアが何匹か家にはいたんですけども。なので、一番大変だったのは奥さんを説得することでした(笑)。お金もかかりますし。今でこそこのプログラムいろいろな方が応援してくださっていますが、最初は「全部自腹でやるからとにかくやらせてください」と言っていたので。
ベローナとウィル
ベローナと、同じく学校犬のウィル(提供:吉田先生)

Q. この動物介在教育は、キリスト教教育とどのような関わりがあるのですか?
キリスト教では、一人ひとりの命が神様から与えられた大事な命なんですね。その視点の中で、それを言葉だけで言うんじゃなくて、動物と一緒に暮らす中で感じてほしいと。自分とは違う、他者という存在に思いを寄せてほしかったんです。
初代のバディという犬は2015年1月に亡くなったんですけども、子どもたちは長い年月を学校でバディと一緒に暮らして、その死を看取るという経験をしました。それを通して、命は大事なんだということをようやくみんながリアリティーを持って実感してくれたんですね。キリスト教教育は、聖書に書いてあることを覚えるだけじゃなくて、それ以外にも大事なことがあるよねと。
キリスト教の理解では、死んでしまったら終わりではなくて、そこがまた新たなスタートになるんですね。バディが亡くなった時のお葬式も、もちろん悲しいものでした。でも、新しいスタートでもありました。子どもたちは、その「終わりと始まり」というのを、バディという1匹の犬の死を通して共感することができました。
Q. 16年間この動物介在教育を続けてきて、その中で改めて感じられることはありますか?
「気が付いたら16年目に……」という感じで、何の気負いもなく普通にここまで来てしまいました。
この動物介在教育は「うちの学校の子たちにハッピーになってほしい」ということで始めたものだったのですが、おかげさまで受け入れられて、うちの学校の子たちは「学校楽しい!」と言ってくれています。ですが、ここまでこの教育を続けてきたところで、今度は「それを社会に還元していきたい」とか、「うちの子たちに、自分のことだけじゃなくてもっと外に目を向けるようになってほしい」と思うようになってきました。
それもあって、去年の10月に公益財団法人アイメイト協会から繁殖犬のクレアを預かって学校犬にしたんです。子犬が盲導犬になっていく様子というのをみんなで応援しようとしたんですね。ですが今回の7月の出産はちょうど夏休みと期間が重なって、子供たちがほとんど子犬に関わらないままになってしまいました。次の機会には、子どもたちが世話をして、苦労をした状態で子犬をアイメイトに送り出すという体験をさせたいです。
そして、1~2年たてば、子犬がアイメイトになって使用者の方と一緒に戻ってきてくれると。犬がきっかけになって、子どもたちが視覚障害を持った人と初めて出会うことになるわけです。それで、自分たちが世話をしたことにはこんな意味があったのかと気付いていく。そういうことを、これからはやりたいなと思っています。
ありがとうございました。

「犬のいる生活」が子どもに与えるもの

ペットを一度も飼ったことがない筆者は、ペトことでライターのお仕事をするようになって初めて「人間でない動物」とふれあうようになりました。それまでは動物と同じ時間を過ごすこともほとんどなく、動物と過ごす時間のあたたかさや幸せさを想像したこともありませんでした。自分が子どもの頃に立教女学院小学校のような教育を受けていたら、動物に対してまったく違う感覚や価値観を持てていたかもしれません。きっと、立教女学院小学校で犬と共に学校生活を過ごしている子どもたちは、その毎日を通して他に代えられない大切なものを得ているのだろうと思います。
ある女の子の言葉がきっかけになって始まった立教女学院小学校の動物介在教育。犬による動物介在教育を行っている教育機関がまだまだ少ないことからも分かるように、それは多くの困難を伴うものでした。しかし立教女学院小学校はそのような教育を16年目を迎えるまで継続し、現在はアイメイトを通じた新たな教育スタイルをも模索しています。子どもたちに多くのものを与えているこの教育スタイルは、今後どのように進化していくのでしょうか。