【獣医師監修】猫の低血糖症の原因や症状は?治療法、応急処置などを獣医師が解説
猫の低血糖症は適切な対応をすれば死亡する恐れはありませんが、症状が発現して長時間何もしないと亡くなってしまう可能性がある病気です。老猫などの成猫だと低血糖症を発症するというよりは、糖尿病や膵臓の腫瘍などが原因で起こることが多いです。本稿では子猫や糖尿病に罹った猫、膵臓に腫瘍がある猫で起きることのある低血糖の症状や予防法などについて獣医師の佐藤がご説明します。
この記事を執筆している専門家
佐藤貴紀獣医師
獣医循環器学会認定医・PETOKOTO取締役獣医師獣医師(東京都獣医師会理事・南麻布動物病院・VETICAL動物病院)。獣医循環器学会認定医。株式会社PETOKOTO取締役CVO(Chief veterinary officer)兼 獣医師。麻布大学獣医学部卒業後、2007年dogdays東京ミッドタウンクリニック副院長に就任。2008年FORPETS 代表取締役 兼 白金高輪動物病院院長に就任。2010年獣医循環器学会認定医取得。2011年中央アニマルクリニックを附属病院として設立し、総院長に就任。2017年JVCCに参画し、取締役に就任。子会社JVCC動物病院グループ株式会社代表取締役を兼任。2019年WOLVES Hand 取締役 兼 目黒アニマルメディカルセンター/MAMeC院長に就任。「一生のかかりつけの医師」を推奨するとともに、専門分野治療、予防医療に力をいれている。
猫の低血糖とは
低血糖とはその名の通り、血液中の糖分が不足している状態です。それでは、低血糖の何がいけないのでしょうか?
血液にはある程度の糖分(グルコース)が流れており、ごはん中に含まれるグルコースは全身の細胞でエネルギー源として使われます。
あまりに濃度の高いグルコースは体に有害になってきてしまうため、エネルギー源として利用されなかった分は「グリコーゲン」という形に変えて筋肉に貯蓄されたり、中性脂肪に変えて貯蔵されたりします。
入ってくるグルコースが少なかったり、貯蔵されているグリコーゲンが少なかったり、糖尿病治療で使っているインスリン(グルコースを貯蓄させるホルモン)が効きすぎていたりすると血中のグルコースが少なくなり、全身の細胞が働かなくなることでさまざまな弊害が出てしまいます。
猫の低血糖の原因
低血糖の原因は猫の年齢やすでにかかっている病気によって異なってきます。
子猫の場合
子猫や子犬では低血糖になりやすいことが知られています。グリコーゲンを貯蓄するための肝臓や筋肉が未発達で、体の比率に対して脳みそが大きい(グルコースの消費量が大きい)ため大人の猫や犬よりも低血糖に陥りやすいのです。成猫の場合
成猫の場合は糖尿病の治療で使うインスリンが効きすぎてしまっている場合や、インスリノーマといってインスリンを分泌する臓器である膵臓に腫瘍ができることでインスリンが過剰分泌されることで生じます。猫の低血糖の症状
以下の症状が低血糖でよく見られます。子猫では歯茎が薄くなっていたりすることもあります。
- 痙攣
- 低体温
- 抑鬱状態
- ぐったりと寝た状態になる
- 錯乱
- 脱力
- 嘔吐(吐く)・下痢
- 食欲不振
- 脱水
- 頻脈、頻呼吸
- ふらつき歩行
前述したようにグルコースは全身の細胞のエネルギー源です。とくに脳ではエネルギー供給のほとんどをグルコースに頼っているため、低血糖では脳障害など脳神経に関わる症状がよくみられ、命に関わる症状になることも多いです。
猫の低血糖の家庭でできる応急処置
猫の低血糖の治療は血糖を補給していくことがメインになるので家庭でできる応急処置もあります。低血糖と同様の症状や似た症状が出る病気は他にもあるので獣医療関係者でない限り、低血糖と判断するのは困難かもしれません。
そのため「以前、愛猫が低血糖を起こしたことがあって低血糖と判断できる」など、自信がある方以外は以下の応急処置は積極的に行う必要はなく、動物病院で相談していただきたく思います。
猫に意識がある場合
食べれそうであれば好きなフードを与え、ぐったりしている場合は歯茎にブドウ糖液を塗りつけます。猫に意識がない場合
固形のものは意識がないと誤飲してしまう可能性があるので、病院からあらかじめブドウ糖液をもらっておいたり、コーンシロップやはちみつを歯茎に塗りつけます。何もなければ砂糖を水で溶かして塗りつけます。低体温を併発している場合
口から入る血糖は腸から吸収されますので、腸の機能が衰えてしまうような低体温だと治療がうまくいかなく原因になるので、低体温も併発している場合は保温も行います(子猫だと直腸温度30度以下だと重篤な腸機能障害がみられるので温めます)。あくまで応急処置ですので、いずれにせよ歯茎に糖を塗りつけて保温ができたら即座に動物病院へ向かってください。
猫の低血糖の治療法
子猫の場合
子猫の場合は低体温もみられれば保温しながら点滴でブドウ糖を入れていきます。対症療法で抗菌薬などを併せて使うこともあります。インスリノーマの場合
低血糖の症状が出ているときは血管確保をおこなった上でグルコースの輸液を行います。また口からのブドウ糖摂取もできそうであれば行います。脱水の程度や猫の体の状態などを総合的に判断しながら、内科治療か外科治療に進みます。内科治療でも低血糖をコントロールできなければ外科手術をすることになります。手術に耐えられるくらいまで体調が戻ったところで腫瘍を摘出します。
糖尿病の場合
なんらかの原因で体に十分なインスリンが働いていない状態なので、インスリンの注射や食餌管理をして高血糖にならないようにするのが糖尿病の基本的な治療になります。しかし中にはインスリンが過剰すぎて低血糖を起こしたり、その直後に反動で高血糖になるソモギー効果という状態になったりしてしまうこともあります。
ですので、糖尿病による低血糖をモニタリングするには採血するタイミングも重要になります。低血糖症状が重篤に出ている場合はグルコースを輸液しつつ、脱水などがあればその補正も行っていきます。併せてその猫に適切な量のインスリン補充量を決めるためのインスリン投与と血糖値の測定を複数回行います。
猫の低血糖の予後
ネオの低血糖は治療が迅速に行われればきちんと意識を取り戻して回復期間を経て回復することも多いのですが、糖尿病やインスリノーマなどの低血糖の原因になる病気の治療がきちんとうまくいっていないとまた再発してしまう可能性はあります。
また低血糖は脳に大きなダメージを負わせます。治療が遅れれば死に至ることも多く、とくに子猫では適切な治療を行えたとしても低血糖を発症したうちの10〜15%が死亡するという報告もあります。「低血糖かな?」と思ったら迅速に対処して重症化させないことが大切です。
猫の低血糖の予防
子猫の場合は低体温にならないように気をつけながら、授乳、食事の回数を増やして体内に入ってくるグルコースが足りなくならないようにします。猫の糖尿病では肥満がリスクとなるので、適正な体型を保てるように普段から体型チェックを行いましょう。糖尿病の治療でインスリンを投与している場合は、低血糖を防ぐために食事の直前に打つ(インスリンには短時間作用するタイプと長時間作用するタイプ、またその中間のタイプがありそれぞれ打つタイミングが変わってくるのでかかりつけの先生の指示にしたがってください)ようにするとよいでしょう。
猫の低血糖は普段からの備えが大切です
猫では子猫や糖尿病を患う猫で低血糖がみられることが多いのですが、手遅れになると命に関わることもある重大な状態です。おうちでできる応急処置が有効なものでもあるので万が一の時に備えて普段からブドウ糖を用意しておくのもよいですね。
参考文献
- 岩獣会報 (Iwate Vet.) Vol. 34 (№ 4)『猫のインスリノーマ』143-145 (2008)
- By Hugh Bilson Lewis,BVMS, MRCVS, DACVP『子猫の低血糖』Data Savant,May/June 2006