【獣医師監修】犬の腹膜炎の症状・原因は?治療法・予後・予防などを獣医師が解説

【獣医師監修】犬の腹膜炎の症状・原因は?治療法・予後・予防などを獣医師が解説

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腹膜炎(ふくまくえん)と聞いて、皆さんはどのような症状や病気を思い浮かべるでしょうか?「重症そう……」「お腹が痛いの?」など何となくのイメージはあるものの、よく分からないことが多いと思います。腹膜炎は命に関わることもありますので、早期の診断・治療が必要となります。今回は犬の腹膜炎の原因や対処法、予後(病後の経過)について、獣医師の佐藤が解説します。

この記事を執筆している専門家

佐藤貴紀獣医師

獣医循環器学会認定医・PETOKOTO取締役獣医師

佐藤貴紀獣医師

獣医師(東京都獣医師会理事・南麻布動物病院・VETICAL動物病院)。獣医循環器学会認定医。株式会社PETOKOTO取締役CVO(Chief veterinary officer)兼 獣医師。麻布大学獣医学部卒業後、2007年dogdays東京ミッドタウンクリニック副院長に就任。2008年FORPETS 代表取締役 兼 白金高輪動物病院院長に就任。2010年獣医循環器学会認定医取得。2011年中央アニマルクリニックを附属病院として設立し、総院長に就任。2017年JVCCに参画し、取締役に就任。子会社JVCC動物病院グループ株式会社代表取締役を兼任。2019年WOLVES Hand 取締役 兼 目黒アニマルメディカルセンター/MAMeC院長に就任。「一生のかかりつけの医師」を推奨するとともに、専門分野治療、予防医療に力をいれている。
病名 腹膜炎
症状 嘔吐、下痢、食欲不振、発熱もしくは低体温、呼吸が荒い、ぐったりしているなど
原因 消化管穿孔、外傷、腹腔内膿瘍、感染症など
危険度 高。感染性腹膜炎の場合、重篤な症状を呈し、死亡率が高くなります。

犬の腹膜炎とは

あくびをするハスキー

犬の腹膜炎はお腹の内側の一部、もしくは全体の炎症を指します。腹膜炎の原因となる疾患があれば、犬の品種や年齢は関係なく発生します。細菌やウイルスなどの病原体が関与する感染性の場合と、病原体が関与しない非感染性の場合がありますが、感染性の腹膜炎は重篤で死亡率が高くなります。

動物病院で腹膜炎と診断された場合、手術や入院治療が必要となることが多いでしょう。

犬の腹膜(ふくまく)について

腹膜とは、その名の通りお腹の中にある膜です。腹膜は胃や肝臓、腸といった内臓を包む袋のような構造をしており、それらの内臓の位置を固定したり、保護する役割があります。腹膜は半透膜であり、細い血管が網の目状に走っています。生体膜として浸出、漏出、分泌などの生理作用があります。

お腹の中には漿液(しょうえき:細胞から分泌される薄黄色透明な液体)と呼ばれる液体が少量あり、そこにはマクロファージなどの免疫細胞が含まれていて、潤滑油的な働きを果たすと同時に感染時の防御機構を担っています。一見すると単なる薄い膜ですが、とても重要な働きをしています。

犬の腹膜炎の症状

パグ

一般的には以下の症状が見られます。

  • 嘔吐
  • 下痢
  • 食欲不振
  • 発熱もしくは低体温
  • 呼吸が荒い
  • ぐったりしている
  • 歯茎や目の結膜など本来ピンク色の所が白っぽい
  • お腹が膨れている
  • 背中を丸めお腹が痛そうにしている
  • お腹を触ると嫌がる・痛がる

犬の腹膜炎は原因となる疾患や外傷により生じることが多く、重症度は、起こっている炎症の範囲や、期間、元になっている原因により異なります。そのため、症状としては元気が無い程度の子もいれば、敗血症性ショックという死に近い状態までさまざまです。

動物病院の診察で腹膜炎を疑う場合、一般的な身体検査に加え、血液検査や腹部X線検査、腹部エコー検査などを行います。

腹膜炎では腹水が発生することが多いため、腹部エコー検査などで腹水が見られた場合、いったいどんな性質の腹水があるのかを調べるために腹腔穿刺(ふくくうせんし:お腹に針を刺し、腹水を採って調べること)を行います。腹水の性状を調べることにより、原因となっている疾患を診断する手助けになります。

犬の腹膜炎の原因

犬の横顔

犬が腹膜炎を起こす原因として、以下のようなことが考えられます。

  • 消化管穿孔(胃・小腸・大腸に何らかの原因で穴があくこと)
  • 腹壁を貫通する外傷
  • 腹腔内膿瘍(子宮蓄膿症、前立腺膿瘍など)
  • 感染症
  • 腹部の外科的処置
  • 胆のう破裂(胆のう粘液嚢腫や胆石症から)
  • 膀胱破裂
  • 腹腔臓器や組織から波及した炎症によるもの(膵炎、胆管炎など)
  • 腹腔内腫瘍

消化管穿孔、外傷、腹腔内膿瘍、感染症などでは、病原体が関与する感染性腹膜炎が起こります。感染性腹膜炎では「敗血症」と呼ばれる状態に陥りやすくなります。敗血症は感染に対する体の過剰反応により、全身に組織障害や臓器障害が起こってしまう状態です。極めて危険な状態のため、速やかな治療と入院による全身の管理が必要となります。

敗血症から敗血症性ショックと呼ばれる状態となると、「循環不全」「血圧低下」「不整脈」「DIC(播種性血管内凝固)」などを起こし、死亡することがあります。胃液や胆汁、尿などはお腹の中に漏れだすと刺激物となり、腹膜や腹膜に包まれている臓器に炎症を引き起こします。

炎症が起こると滲出液と呼ばれる液体が発生し、内臓の可動性がなくなったり、癒着が起こったりします。また、刺激によって腸閉塞や腸管過敏症などを起こし、腸壁が病原体に感染しやすくなります。そして腸管内の細菌がお腹の中へ漏れ出してしまうと、敗血症性の障害へ変わることもあります。


犬の腹膜炎の治療法

2匹の犬

腹膜炎では原因となった疾患や外傷の治療を行います。同時に症状にあわせた対症療法も行う必要があります。感染性腹膜炎の場合には以下のような治療を行います。

  • 点滴で循環血液量を増やし、電解質の異常、低血糖症、腎血流量の減少を管理する
  • 抗生物質の投与
  • 疼痛が酷い場合、鎮痛薬の投与
  • 外科手術(消化管穿孔、外傷、腹腔内膿瘍、胆のう破裂、膀胱破裂など)

外科手術を行う際、漏れ出た消化液や胆汁、膿などでお腹の中が汚染されているので、十分な量の生理食塩水などで洗浄します。術後もお腹の中に残っている液を体外へ出すために腹腔ドレーンという管を留置します。

感染性腹膜炎を起こすような疾患や外傷の手術・入院を行った場合、病院により異なりますが、一般的には十数万円~数十万円の金額がかかることが多いでしょう。入院期間も長くなります。危険な状態での入院・治療になることも多いため、家族で話し合っておくことも重要です。

犬の腹膜炎の予後

犬

原因となった疾患や外傷の程度によりさまざまです。中には入院・治療の甲斐あって、元の生活に戻れる子もいるでしょう。感染性腹膜炎から敗血症になってしまうと予後はよくありません。入院や治療の甲斐なく亡くなることもあります。

犬の腹膜炎の予防

腹膜炎だけを予防する方法はありません。原因となる疾患や外傷の中で予防できるものをできるだけ予防していくことが大切です。例えば、以下のような対策があげられます。

  • ワクチンの接種(犬伝染性肝炎など予防できる感染症を防ぐ)
  • 異物摂取をさせない(異物による消化管穿孔を防ぐ)
  • 人の食べ物、特に唐揚げや天ぷらなど脂っこいものを与えない(膵炎の予防)
  • 避妊、去勢手術を行う(子宮蓄膿症、前立腺膿瘍の予防)
  • 散歩の時にはリードやハーネスを装着し自分の近くを歩かせる(交通事故の予防)

愛犬のお腹が膨れる・痛がる症状には要注意です

散歩中の犬

お腹が膨れたり、お腹を痛がったりする原因のすべてが腹膜炎ではありませんが、そのような症状は何らかの異常のサインです。様子を見ないですぐに動物病院を受診しましょう。

参考文献

  • 岩﨑利郎, 辻本 元, 長谷川篤彦 監修, 日本獣医内科学アカデミー編(2005): 第4章  消化器疾患 2.消化器疾患の臨床徴候,獣医内科学小動物編, p.139-144.
  • 岩﨑利郎, 辻本 元, 長谷川篤彦 監修, 日本獣医内科学アカデミー編(2005): 第5章  肝臓・胆道・膵外分泌疾患 2.肝胆道系疾患の症状, 獣医内科学小動物編, p.199-200.
  • 岩﨑利郎, 辻本 元, 長谷川篤彦 監修, 日本獣医内科学アカデミー編(2005): 第15章 感染症 5.細菌感染症(5)敗血症, 獣医内科学小動物編, p.587.
  • 加藤嘉太郎, 山内昭二(2003):101.体腔と漿膜, 新編家畜比較解剖図説 上巻,   p.202‐203.
  • 並河和彦 監訳(2005):第9章 腹腔, 器官系統別 犬と猫の感染症マニュアル 類症鑑別 と治療の指針, p.155-161.
  • 敗血症.com