犬のストレスが「毛」でわかる!? 環境や性格の違いを調べた海外研究を解説
愛犬と触れ合うことで癒やされ、日々のストレスもどこかへ吹き飛んでしまうという飼い主さんは多いと思います。人のストレスは自分自身で把握したり、言葉に出したりすることで知ることができますが、物言わぬ犬たちのストレスはわかりにくいもの。犬はどういった状況でストレスを感じ、性格によって感じ方は変わることはあるのでしょうか? 今回は、スウェーデンの研究チームが「犬の毛」を使ってストレスを調査した論文を獣医師の福地が紹介します。
犬のストレスを「毛」から知る
皆さんは「ストレス」という言葉を聞いたとき、対人関係の悩みなど社会的ストレスを想像することが多いと思います。しかし、医学的に「ストレス」とは気温、光、音、睡眠不足、タバコ、アルコールなどの環境や化学的、生物学的な好ましくない刺激も原因、ストレッサーとなります。
従来、ストレスがあるかどうかを知る指標として、唾液や血液中の「コルチゾル」という物質の濃度(コルチゾル濃度)を測る方法が行われてきました。しかし、この方法で犬のストレス評価を長期間にわたってすることが難しいという問題点がありました。
そこでスウェーデン・リンショーピング大学のリナ・ロス助教授ら研究グループは、「犬の毛」のコルチゾル濃度を測定することで、犬のストレスを調査したのです。
犬はトレーニングできないほうがストレス!?
体格による誤差を防ぐため、犬種はジャーマンシェパードに限り、同じ犬種でもライフスタイルの違いが与える影響を調べるため、「職業犬(警察犬、軍用犬)」「競技犬(アジリティーなど)」「ペット」の3種類でストレス評価が行われました。
その結果、ペットよりも競技犬のコルチゾル濃度のほうが高いことがわかりました。年間を通した調査では職業犬や競技犬のコルチゾル濃度が5月や9月よりも1月に高くなることもわかりました。
寒くなる冬季は競技会が少なくなるオフシーズンで、職業犬もトレーニングの頻度が減少します。トレーニングがあるときのほうがストレスが多いのではと思ってしまいますが、研究チームは、犬にとっては習慣となっていたトレーニングが急になくなってしまう心理的なものであったり、運動不足になったりすることのほうがストレスの原因になると考察しています。
犬の性格はストレスに影響する?
人の場合、ストレスとは無縁でいつもあっけらかんとしてる人から溜め過ぎてしまう人まで、同じ環境でも性格の違いが出るものです。犬の場合は性格によってストレスに対する違いはあるのでしょうか?研究チームは、ペンシルバニア大学のサーペル教授が開発した犬の行動の傾向を13の分類に当てはめる手法を利用し、飼い主さんが愛犬の被毛を採取する度に「C-BARQ」という質問票を記入してもらうことで犬の性格や人との関わりがどのような行動傾向を持ち、それがストレスにどのように影響するのかを調査しました。
攻撃性の高い犬はストレスを感じやすい
調査の結果、見知らぬ人への攻撃性が高い傾向があるグループに分類された犬は、コルチゾル濃度が他のグループよりも高いことが明らかになりました。コルチゾル濃度が高いということは、よりストレスを感じているということです。攻撃は不安や恐怖から起きる場合もありますので、神経質な犬は知らない人や犬に接した時にストレスを感じやすいのでしょう。一方、追いかけ行動をよくする傾向にあるグループの犬はコルチゾル濃度がより低いことも明らかになりました。
コルチゾル濃度が低いということは、ストレスが少ないということです。追いかけ行動は狩猟本能の一つであり、遊びの側面も持っていることから、ストレスが少なかったのではと研究チームは考察しています。
人との積極的な触れ合いや他の犬との遊びがストレスを減らす
犬のストレスを軽減させる要因もこの研究では明らかになりました。それは、「犬が人にとって望ましい行動をした時におやつを与えられたり、おもちゃを与えられたりすること」「頻繁に他の犬と遊ぶこと」の二つです。遊んでいるときの犬は傍目に見ても幸せそうですが、人や他の犬との前向きな触れ合いが犬のストレスを減らすというのが科学的にも証明されたのです。
ストレス刺激が体に与える仕組み
ストレス刺激は神経を通じて脳に送られます。脳が「ストレスだ! 体を保護せねば!」と判断するとストレス反応が始まり、「視床下部」から出たホルモンが隣接する「下垂体」という部分に運ばれます。そして下垂体は、「グルココルチコイド」というホルモンを出せという指令を「副腎」(腎臓の上にあるホルモンの生産工場)に出します。指令を受け取った副腎はグルココルチコイドを産生し、血液に載せて全身に運ぶことで各臓器がストレスに備えます。
グルココルチコイドはストレス刺激から体を守るために血圧を上昇させたり、心収縮力を増強したり、エネルギーを産生したりするためのホルモンです。このグルココルチコイドにもいくつか種類があり、コルチゾルがその一つです。
今回の調査は計59匹のシェパードが選ばれ、1月、5月、9月に被毛を採取し、そのコルチゾル濃度が測定されました。犬には硬い上毛(トップコート)とやわらかい下毛(アンダーコート)がありますが、どちらも採取して調査が行われました。
触れ合うことで飼い主さんも愛犬も癒やされる
スウェーデンの首都ストックホルムは冬季の平均気温が氷点下となり、1月の平均気温は東京と比べて7度も低くなります。1月に競技犬や職業犬でコルチゾル濃度が高いのは環境温度による影響も考えなければいけないかもしれませんが、トレーニング頻度の減少がストレスの要因になったかもしれないという研究チームの考察はとても興味深い内容ですね。
人との積極的な触れ合いがストレスを減らすという結果もありましたが、トレーニングであっても遊びであっても、人とコンスタントに関わることが犬のストレスを減らすことが示唆されています。私だったらゴロゴロ休んでいる方がストレスはありませんが、トレーニングを楽しんでいる犬たちは偉いなあと思います。皆さんも、愛犬の健康のためにも楽しく触れ合ってあげてくださいね。
調査概要
- 調査期間:1月、5月、9月
- 対象:職業犬(警察犬、軍用犬)、競技犬、愛玩動物として飼われているジャーマンシェパード
- 調査方法:各調査月に犬の毛と、飼い主に対して質問票を配布。毛の中のコルチゾル濃度と質問票から導き出される犬の性格傾向などを照らし合わせて犬のストレスについて検討。
- 詳細:「Hair cortisol varies with season and lifestyle and relates to human interactions in German shepherd dogs」
参考文献