【獣医師執筆】犬の扁平上皮癌とは?症状や原因、余命などを解説
愛犬をなでていたら「何か膨らんでいるものに触れた」あるいは「歯磨きしてたら歯肉の一部が出っ張っている」などという経験はありませんか?それらは、腫瘍の初期のものかもしれません。扁平上皮癌は、犬では口や鼻の中にできることが多く、一部皮膚にも見られる、悪性腫瘍の一つです。今回は犬の扁平上皮癌の症状や治療法、予後などを解説します。
犬の扁平上皮癌とは
体の表面にあり、体を刺激や摩擦から守る役目をしている細胞を「扁平上皮細胞」といいます。
口の中や肛門、皮膚は扁平上皮細胞が何層にも重なっていて、外側に近い表面は薄いうろこ状をしていますが、体の内部に近くなるにつれて、厚みのある細胞になります。これらの細胞由来の癌が「扁平上皮癌」です。
肝臓やリンパ節など内臓にできる腫瘍ではなく、皮膚など表面にできる腫瘍の罹患率としては、全体の5%を占めます。
扁平上皮癌を引き起こしやすい犬の年齢
扁平上皮癌が起こりやすいのは、8~10歳のシニア期に差し掛かり始めた犬です。犬の扁平上皮癌ができやすい部位
「扁平上皮癌」と診断される腫瘍のうち、約3割が皮膚にでき、約6割が口の中(口腔内)か歯肉にできます。残りの1割は、鼻の中や眼・足先(爪の根本)などに認められます。腫瘍ができ始めのころは「赤くつるっとした見た目のもの」や「カリフラワー状のもの」ができます。
進行すると潰瘍化し、じゅくじゅくとした見た目となります。この状態になると、痛みが出てくることもあります。
犬の扁平上皮癌の特徴
皮膚表面にできた場合は、大きくなるスピードは緩やかですが、口腔内な鼻の中・肛門部など粘膜にできた場合は、急速に大きくなる傾向があります。扁平上皮癌は高い浸潤性が特徴の腫瘍です。つまり、口や鼻の中、足先にできると、短期間で骨まで腫瘍細胞に侵されてしまいます。一方で、転移の可能性は低いとされています。
口や鼻にできた場合は、血流にのって肺への転移が起こる可能性がありますが、全身への遠隔転移はまれです(ただし「扁桃(のどの奥にある部位)」にできた場合は、扁桃自体がリンパ組織であるため、全身へのリンパ節の転移が高確率で起こります)。
そのため、早期に発見でき、外科手術によって腫瘍を切除することができれば、比較的良い状態で、余生を過ごすことのできる腫瘍です。
犬の扁平上皮癌の症状(皮膚)
全身の体幹(体の真ん中の方)や肛門、陰嚢などの粘膜部にできます。皮膚の黒い色の素である、メラニン色素の少ない部位にできやすいです。
傾向
ダルメシアンなど皮膚に色素がなかったり、少ない犬に発生しやすいです。症状
初期はカリフラワー状や、表面は滑らかで丸く盛り上がった状態です。腫瘍部は脱毛し、進行するとじゅくじゅくとただれた潰瘍という状態になります。腫瘍は、細胞が異常に増えていく病気のため、潰瘍になると、いったんは乾いて表面はかさぶたになっても、その下から新しい細胞が盛り上がってきて、いつまでもじゅくじゅくした状態になります。
犬の扁平上皮癌の症状(鼻)
鼻にできる腫瘍のうち一番多いのが腺癌、二番目に多いのが扁平上皮癌です。
傾向
中~大型犬の、鼻の長い犬にできやすいです。空気の良い田舎に住んでいる犬よりも、大気中に汚染物質の多い都会に住む犬の方が、さまざまな刺激や汚染物質を鼻の粘膜でろ過する機会が多いため、鼻腔の腫瘍が起こりやすい傾向にあります。
また性差があり、男の子のほうができやすいといわれています。
症状
初期の状態は皮膚にできる場合と変わりませんが、前述のように、鼻は外からの刺激を多く受けるため、出血しやすく、症状としては鼻血が見られるようになります。また粘膜部分は増殖のスピードが速いため、まず鼻の部分が膨らんで左右の顔つきにゆがみが生じます。さらに鼻の中で行き場を失った腫瘍が目の部分に広がり、眼球が押し上げられて飛び出してしまうことがあります。
このほか、腫瘍が鼻の中の大部分に及ぶと、当然呼吸が妨げられて、安静時でも呼吸が荒くなってきます。呼吸が苦しいというのは、とても体力を消耗することであり、命を削られる状態です。
犬の扁平上皮癌の症状(口)
口腔内は、扁平上皮癌が最もできやすい場所です。舌や扁桃にできることもありますが、多くは「歯肉」にできます。
飼い主さんが見つけやすいのは、歯肉の外側にできた場合です。明らかに歯肉とは違うふくらみができます。一方、歯肉の内側にできた場合は見た目では気づきにくいでしょう。
傾向
10歳前後で発症しやすく、鼻の場合ほどではありませんが、男の子のほうができやすい傾向があります。また、プードルに多く、メラニン色素の少ない白い犬に発症しやすいです。症状
「よだれに血が混じる」「食欲はあるのに、食べるのをためらう」ことなどから、腫瘍の存在に気付くことができるでしょう。犬の扁平上皮癌の症状(足)
扁平上皮癌は、足にできる場合は先端、爪床と呼ばれる爪の根本にできやすいです。
傾向
大型犬での発症が多く、特に黒色の体毛の犬に多い傾向があります。足先にできる扁平上皮癌は、周囲への浸潤性が非常に高いです。そのため、短期間で骨にまで腫瘍細胞が広がり、骨が溶けて変形したり、骨髄に影響を及ぼして炎症を引き起こすことがあります。
症状
足先は、特に大型犬では体重の負荷がかかる場所であるため、痛がって散歩に行きたがらないことがあります。また犬自身も目につきやすく、不快感の強い場所であるため、頻繁になめることで、より腫瘍の自壊を進めてしまうこともあります。
犬の扁平上皮癌の原因
皮膚にできる場合は、体の色素の少ない部位に発症しやすかったり、体毛の色で発症に差があることから、日光による紫外線にさらされることと関連があると考えられています。
実際、牛ではまぶたにできる扁平上皮癌が多いのですが、日光の照射量が多い地方で発生が多く、まぶたの色素の薄い種に多発する、という報告があります。
ただし、日光以外にもウイルスや遺伝的な素因も強く関連します。このほか、皮膚では慢性的な炎症も、扁平上皮癌を引き起こすリスクになります。
また、鼻の中に関しては、前述のように汚染物質を鼻でろ過する機会が多いことも、リスクの一つに挙げられます。
犬の扁平上皮癌の治療
外科手術による腫瘍の切除
悪性腫瘍の第一の治療は、外科手術による腫瘍の切除になります。扁平上皮癌は、粘膜部位などは大きくなるスピードが速く、また足先などは局所浸潤の強い腫瘍です。そのため、扁平上皮癌とわかった場合は、なるべく小さいうちに腫瘍の切除を行うことが勧められます。
腫瘍の浸潤次第で体の一部切除もある
浸潤が進み、骨まで腫瘍細胞が広がっていると、指全体の切除や場合によっては足の切断、または顎の骨や鼻の骨の一部の切除まで検討する必要が出てきます。放射線治療や抗がん剤治療
扁平上皮癌は転移は少ないですが、リンパ節や肺への転移がなくはありません。転移が認められたり、腫瘍の範囲が広く、口や鼻の中など、切除に限界があり腫瘍細胞が残っている可能性がある場合、もしくは切除できない場合、放射線治療や抗がん剤での治療が並行して行われます。
そして、飼い主さんの心情的に、どうしても指や顔の一部の切除に抵抗がある場合も、放射線治療や抗がん剤治療が選択されます。
抗がん剤での治療は、中規模以上の動物病院では行われていることが多く、かかりつけの動物病院で治療を受けられる機会があります。
ただし、扁平上皮癌は抗がん剤だけで根治することは難しく、外科手術と並行した補助治療として選択されることがほとんどです。
一方放射線治療は、扁平上皮癌は反応が良く、単独の治療として行われることもあります。ただし、治療を行える施設はごく限られており、一般的な動物病院で行うことはできません。
犬の扁平上皮癌の予後
足先の扁平上皮癌の場合
足先の扁平上皮癌には抗がん剤の治療が有効であり、約半数の犬が2年後も再発なく元気に過ごせています。口や鼻の扁平上皮癌の場合
口や鼻の中の扁平上皮癌は、放射線治療が有効であり、癌が小さくなるため、生活の質の向上が期待できます。しかし、皮膚や足先より悪性度が高く、治療をしても元気に過ごせるのは1~2年となります。
犬の扁平上皮癌の予防方法
薬や食事での予防はできない
腫瘍の発症には遺伝的な素因が強く関与するため、薬や食事などで予防することは、残念ながらできません。日に当たりすぎないよう心がける
扁平上皮癌は、皮膚での発症に紫外線への暴露量に関連があるといわれています。しかし、日光にまったく当たらないのも、ビタミンや骨の生成に影響を及ぼし、健康的ではありません。適度に外気浴や散歩を楽しみ、色の薄い犬種においては「日に当たりすぎるのはよくない」と頭の片隅で認識しておくのが良いですね。
早期発見を心がける
扁平上皮癌は、遠隔転移の可能性が低い分「どれだけ小さいうちに腫瘍を切除できるか」がその後の生活の質や余命に関与してきます。早期発見が大切です。日頃から愛犬とスキンシップをとって、体に何かできものがないか確認しましょう。
特に足先は、犬にとっては敏感でできれば触ってほしくない場所です。日頃から少しずつ触って、触られることに慣らすようにしましょう。
定期的に検診を受ける
定期的に動物病院を受診することもおすすめです。獣医師や動物看護士にくまなく体を触ってもらったり、爪きりや肛門腺を絞ってもらったりすることも、足先や肛門周囲の皮膚のチェックができ、腫瘍の早期発見につながります。
まとめ
細胞由来の癌が「扁平上皮癌」です
愛犬が8~10歳のシニア期に差し掛かり始めたら要注意な病気です
でき始めの見た目は「赤くつるっとしたもの」や「カリフラワー状のもの」です
早期発見を心がけ、腫瘍が小さいうちに切除することが望ましいです
扁平上皮癌は、口や鼻の中、爪の根本、そして皮膚にできる扁平上皮由来の悪性腫瘍です。
腫瘍の周囲への浸潤性が高い反面、遠隔転移の可能性が低いのが特徴です。これは、腫瘍ができるとあっという間に骨やそのほかの組織に広がり、治療には広範囲の切除が必要になるということです。
一方で、転移せず、切除が良好であれば、穏やかな余生を過ごせます。
日頃から愛犬とスキンシップをはかり、いつもと違うものが見つかれば、なるべく早くかかりつけの動物病院に相談するようにしましょう。
参考文献
- 第11回日本臨床獣医学フォーラム年次大会2009 項目:扁平上皮癌と向かい合う
- 腫瘍診断・治療のQ&A 臨床編・病理編 項目:犬の扁平上皮癌
- 動物病理学各論
- 日本獣医解剖学会 編「獣医組織学 第2版」
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