犬の腎不全|急性・慢性の違い・原因・治療・予後などを腎泌尿器科専門獣医師が解説

犬の腎不全|急性・慢性の違い・原因・治療・予後などを腎泌尿器科専門獣医師が解説

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腎不全は、「急性腎不全」と「慢性腎不全」に分けられます。さまざまな腎臓の病気がありますが、遅かれ早かれいずれの病気も最終的に腎不全に至ります。今回は犬の腎不全(腎臓病)について、日本獣医生命科学大学臨床獣医学部門治療学分野I・講師の宮川が解説します。

犬の腎不全とは

腎不全は、急激に生じる「急性腎不全」とじわじわ悪化して腎不全に至る「慢性腎不全」に分けられます。急性腎不全は治る可能性がありますが、慢性腎不全は治ることはなく、「病気の進行を遅らせる」「症状を緩和する」といった治療になります。腎不全という言葉は、本当は病名ではなく、「腎臓の機能が大きく低下し、体内に毒素が貯留し、尿毒症という症状(食べない、吐く、重度だと昏睡、けいれんなども)を示す状態を表す用語です。

さまざまな腎臓の病気がありますが、遅かれ早かれいずれの病気も最終的に腎不全という「状態」に至ります。急性腎不全は予防することは難しく、腎不全を発見したら、速やかに適切な対処を行う必要があります。慢性腎不全の場合には、腎不全に至る前に、病気のより早期の段階で見つけ、進行を遅らせることが重要になります。

犬の腎不全を知る前に腎臓の構造を知ろう

腎臓は左右1つずつある豆状の臓器です。腎臓は「ネフロン」という構造がたくさん集まってできています。ネフロンは「糸球体」と「尿細管」から成ります。糸球体は血管のかたまりで、コーヒーフィルターのように血液をこします。こされた血液(原尿)は尿細管の中を通っていく間に、体に必要な栄養素やミネラル、水分を回収します。最終的に、不要な老廃物とそれを捨てるのに必要な最小限の水分を尿として排出し、尿管を通って膀胱にいきます。

老廃物を尿として捨てるという役割以外にも、腎臓は体内の水分量を調節しています。たくさん水分を摂ってしまった場合には尿の水分量を増やし、水分を摂取できず体に水分が足りない状況では尿の水分量を減らします。他にも、血圧を調節したり、体内のミネラルや血液の酸性度の調節、血液の産生などの役割を持ちます。

腎臓

腎不全になりやすい犬種・年齢

急性腎不全の発生には犬種、年齢で差はありません。慢性腎不全も特定の犬種で多いということはありませんが、高齢(8~10歳以上)でみつかることが多いです。これは発症が中年齢くらいであっても、腎不全に至るまで数年かかるため、明らかな腎不全の症状を示すころには高齢になっているというわけです。慢性腎不全と診断されるよりもはるかに前から、何の症状も示さない時期から腎臓病を発症しているのです。 

犬の急性腎不全について

急性腎不全は、突発的に発症する病気です。原因や診断方法、治療方法、予後について解説します。

犬の急性腎不全の原因

急性腎不全の原因はいくつかありますが、一番多い原因は腎臓に毒性を持つ薬剤や食品、植物を摂取してしまうことです(腎毒性物質といいます)。よく人間用の風邪薬を誤って食べてしまったり、ぶどう・レーズンを摂取してしまったりすることがあります。他には、感染症(レプトスピラ症、腎盂腎炎)や尿管・尿道閉塞といった病気によっても発症します。毒性のあるものを食べてしまった場合には、処置が早ければ早いほど発症を抑える、あるいは軽くすることができるので、すぐに病院に行くべきです。

犬の急性腎不全の診断方法

急性腎不全の診断は、血液検査で腎臓の機能を反映する指標(尿素窒素[BUN]やクレアチニン[Cre])が著しく上昇していることを中心に、尿検査や画像検査で診断されます。尿路の閉塞が原因であることをはっきりさせるためには、画像検査を必ず受ける必要があります。

犬の急性腎不全の治療方法

急性腎不全の治療では、迅速な処置が何より重要です。ただし、死亡率が非常に高い病気であり、必ず治るわけではありません。処置が遅れれば、救命率は低下します。毒性のあるものを食べてしまった場合には、食べたばかりであれば、「吐かせる」「血管から点滴を行い少しでも薄める」「排泄を早める」といったことをします。尿管・尿道閉塞ではとにかく閉塞を解除する処置が必要です。状況によっては外科手術を必要とします。

どんな原因でも急性腎不全では、血管から点滴をしっかり行うことが必要です。急性腎不全の犬の多くは脱水しています。水分が足りなくなれば、腎臓に巡る血液も不足し、傷ついている腎臓の細胞をさらに破壊してしまい、腎不全を悪化させてしまいます。そのため、迅速に点滴を行い、脱水を改善させる必要があり、通院で皮下点滴だけの治療では十分な処置ができず、悪化してしまうこともあります。

また、急性腎不全では腎臓が尿を作ることが全くできなくなることがあります(乏尿や無尿といいます)。この場合には、過剰な点滴はむしろむくみや肺に水がたまるなどの問題を引き起こします。点滴は脱水した分だけ入れ、それ以上の過剰な点滴は避けなければなりません。乏尿・無尿の場合には、血液透析(人工透析ともいいます)を行わなければ助けられないことが多いです。

犬の急性腎不全の予後

急性腎不全は死亡率が高い病気です。特に、腎毒性物質が原因で急性腎不全になってしまった場合、そして乏尿・無尿の場合には救命率は著しく下がります(血液透析を受けたとしても救命率は20-40%と言われています)。そのため、腎毒性物質を摂取しないようにするといった予防策を取ることが最も重要ですし、急性腎不全になってしまった場合には迅速に病院で処置を受ける必要があります。


犬の慢性腎不全

続いて、慢性腎不全の原因や診断方法、治療方法、予後について解説します。

犬の慢性腎不全の原因

慢性腎不全の原因はさまざまであり、明らかにできないことも少なくありません。それは、腎臓病の発症から腎不全に至るまでが非常に長い期間を要するため、腎不全の症状(食べない、元気がない、痩せてきたなど)を示す頃にはすでに原因がわからなくなっていることが多いためです。

急性腎不全で挙げた原因は慢性腎不全の原因にもなります。腎臓の一部が胎児のときから成長しておらず、機能が低下しているという生まれつきの腎臓病であることもあります。犬では、「糸球体疾患」という血液をろ過する糸球体が炎症を起こしてしまうことで腎臓病になるというタイプが比較的多いです。その原因は明確でないことも多いですが、フィラリア症、子宮蓄膿症、副腎皮質機能亢進症(クッシング症候群)といった病気が原因で発症することもあります。

糸球体疾患の特徴は、たんぱく質が尿に漏れ出ることです。腎臓の機能が低下するよりもはるかに早期から「たんぱく尿」が出てきます。糸球体疾患の早期では何の症状がなくても、血液検査で異常がなくても、たんぱく尿が認められます。定期的な尿検査を受けることが早期発見になります。特に糸球体疾患は5歳以上の犬で多いですので、中年齢以降では健康診断に尿検査を含めることが必要です。

犬の慢性腎不全の診断方法

慢性腎不全に至ってしまうと、「食べない」「吐いてしまう」「痩せてくる」といった症状が出ます(急性腎不全よりも軽度なことが多いですが)。腎不全に至る前のより早期の腎臓病では、症状はほとんどありません。腎臓の機能が1/3程度まで低下して初めて、尿が薄く、多くなり、飲水量が増えるといった症状がでてきます。

血液検査では、腎臓の機能を調べますが、腎臓の機能が1/3~1/4まで低下しないと検査値に異常は出てきません。最近では、いくつかの新しい腎機能の指標(シスタチンCやSDMA)が出てきていますが、これらの新規のマーカーでも発見できるのは、腎臓の機能が1/3~1/4まで低下してからです。現時点で、犬や猫の医療では「半分くらいの腎機能の低下」を発見する方法はありません。

尿検査では、尿の濃さやたんぱく尿の有無を調べます。尿が薄くなるのは腎臓の機能が1/3程度まで低下してからです。たんぱく尿はすべての腎臓病で認められるわけではなく、基本的には糸球体疾患でのみです。

画像検査は腎臓の構造的な異常を検出します。正常な腎臓は表面がつるっとした豆型を示しますが、慢性腎不全では表面がボコボコし、変形していきます。

犬の腎臓病の病期と大まかな治療
ステージ クレアチニン値 状態 治療
1 1.6 mg/dL未満 初期 十分な水分摂取
2 1.6~2.8 mg/dL 軽度 療法食の開始
3 2.9~5.0 mg/dL 中程度 薬物療法が必要なことが多い
4 5.0m g/dLを超える 重度 生活の質を向上させる 輸液療法

病期と症状の関係
病期と症状の関係

犬の慢性腎不全の治療方法

慢性的な腎臓病では、基本的に腎臓の機能が進行的に低下していきます。これを完全に止めることは難しいです。ただし、たんぱく尿、高血圧、血液中のリンやカルシウムが高くなる合併症、脱水といったことがあると腎臓病の進行は早くなります。逆に言えば、これらがなければ進行は遅いことが多いです。

もちろん、腎臓病の原因によって、あるいはその他の合併症(感染症など)があれば進行が早まることもあります。腎臓病の治療の根幹はその病気の進行を遅らせることにあります。原因を除去し(可能であればですが)、たんぱく尿、高血圧、血液中のリンやカルシウムが高くなる合併症、脱水といった進行要因を抑えることが治療になります。

特に、たんぱく尿は腎臓病を進行させる強力な因子ですので、テルミサルタンやエナラプリルといった薬剤を用いてたんぱく尿を少しでも減らすことが必要です。必要に応じて、高血圧に対しては降圧剤の投与(テルミサルタンやアムロジピンなど)、リンを下げる治療(腎臓病用療法食、リン吸着薬)を行います。尿が薄く、多尿状態になっている場合には、脱水を起こさないために、十分な水分摂取が必要です。こまめな給水、ウェットフードの使用やドライフードをふやかすことが効果的です。

慢性腎不全の状態に至ってしまうと、別な治療が必要になります。食欲の改善(食欲増進剤)、嘔吐の治療(制吐剤)、体内に蓄積する老廃物(尿毒素といいます)の軽減(炭素系吸着剤)といったことに加え、合併症として貧血が生じた場合には造血ホルモン(エリスロポエチン)および鉄剤の投与を必要とします。食欲がないと脱水しやすくなり、脱水してしまうと腎臓にめぐる血液が少なくなり、腎臓の機能がさらに低下します。そのため、すぐに食欲を十分に回復させられない場合には、水分補給の補助として点滴(皮下または血管内)を必要とします。

皮下への点滴(皮下補液)で使用する点滴剤は血管内のミネラルと同等にした液体を使用する必要があります。この溶液は投与しても細胞の中には入らず、本当の意味での脱水を治すことにはなりません。皮下点滴だけを延々と続けてしまうことも多いですが、食べられているのであれば不必要です。逆にほとんど食べられなくなった場合にも、皮下補液では状況の改善につながないことが多いです。ある程度食べられるようになるまで、入院下で血管内に点滴するか、あるいは胃ろうチューブなどで直接水を飲ませる他ありません。

人間と同じように、血液透析(人工透析)を行うことはできます。しかし、人の医療と異なり、高額医療費の軽減制度があるわけではなく、その割には同等の医療費がかかるため、持続的に行うのはコスト的にかなり難しいです(数年行うとすれば、数千万円はかかると思います)。また、血液透析のゴールは腎移植です。しかし、獣医療では腎移植の選択肢はありません。ゴールなき高額医療は、飼い主、患者の双方に負担を強いるだけなのではないかと私は考えています。

犬の慢性腎不全の予後

腎臓病の予後は病期の重症度によって異なりますが、数カ月から数年です。原因、合併症の有無で大きく変わるため、すべての患者に一概に決定することは難しいです。

犬の腎不全に良い食事、サプリメント

急性腎不全では、緊急的な状態にあり、食事・サプリメントで良い悪いもありません、乱暴な言い方をすれば「それどころじゃない」ということです。

腎臓病に「良い」食事というのはありません。体内に蓄積する老廃物を減らすためにたんぱく質を減らし、血中のリンを下げるためにリンが少ない食事にすることです。リンはたんぱく質を多く含む食品に含まれますので、肉や魚などは避けるべきです(もちろん、食べる量によりますので、一口も食べてはダメというわけではありません)。

たんぱく質が少なすぎるご飯は筋肉量を減らし、痩せてしまいます。早期の腎臓病やかなり悪化した腎不全の患者では、市販の腎臓病用療法食では筋肉量が低下してしまう恐れがあります。ただし、たんぱく質の多量の摂取は腎臓病を悪化させることが知られています。そのため、高たんぱくな食事は避け、適度なたんぱくの摂取を必要とします。

進行してしまった犬の慢性腎不全では、血中のカリウムが上昇していきます。カリウムが高くなった場合にはカリウムを減らした食事にすべきですが、残念ながら腎臓病用を含めて市販されているドッグフードでカリウムを制限してあるものはありません。この時期になったら、野菜や果物は避けたほうが良いと思います。

すべての腎臓病に効くサプリメントなどありません。腎臓病用として販売されているサプリメントには、状況によっては腎臓病に悪影響を及ぼすこともありますので、サプリメントを使用すべきかどうかは獣医師の支持に従ってください。

犬の腎不全は特に早期発見が重要です

腎不全は急性と慢性で様相が大きく異なるため、同じように考えることができません。しかし、共通していることは早期から対応することが重要だということです。日常的に摂取するものに気をつけてもらい、定期的な健康診断(特に尿検査)を受けてもらうことが重要です。

引用文献