犬とのキスは危険?犬が口を舐める意味やキスで感染する病気について獣医師が解説
愛犬と触れ合ったりコミュニケーションを取ったりしている時間は、とても幸せですよね。人間のキスは愛情表現ですが、犬にとっても愛情表現とは限りません。今回は、犬がキスする意味や、キスで移る可能性がある感染症について、獣医師の福地が解説します。
犬がキスする理由
愛犬が口元を舐めてキスをしてくるのは、愛情表現というよりは、野生動物だった頃の習性が大きく影響しています。
挨拶
犬が野生動物として群れをなしていた頃、キスは「自分の群れの仲間かどうかの確認」や「仲間同士の挨拶」として行われていました。家庭で暮らしていても、野生動物だった頃の親愛行動などは残っていて、人に抱きついたりキスしたりするのも挨拶の1つとして行われていると考えられます。
おねだり・親愛
犬の祖先であるオオカミでは、子オオカミは親オオカミの口元を舐めることによって「ごはんの催促」をしていました。その名残で、飼い主さんの口元を舐めることで「おねだり」「甘える」「親愛の気持ち」を表現していると考えられます。
美味しそうな匂いがする
食べ物の匂いが口からすることによって、舐めてみるという行動をしている可能性もあります。それは愛情表現というより「食欲」「好奇心」による行動と考えられます。
不安・恐怖
強い不安を感じ、守ってもらいたくてペロペロと舐める場合もあります。執拗に舐めてくる場合は、何かストレスを感じるものはないか、生活環境を振り返ってみましょう。犬とキスするのは危険?
2016年、野良猫にご飯を与えていた60歳代の女性が呼吸困難の症状を呈して死亡するという出来事がありました。原因として考えられているのが「コリネバクテリウム・ウルセランス(Corynebacterium ulcerance)」です。
この菌は、古くから牛などの家畜が持っているといわれていましたが、近年では犬や猫からも検出された報告があり、人への感染源になっている可能性があるといわれています。
そのため、愛犬を媒介して飼い主が感染する可能性があり、犬とキスすることは安全とはいえません。
参照:「コリネバクテリウム・ウルセランスによるジフテリア様症状を呈する感染症患者に関する情報について」(厚生労働省)
犬のキスで感染する病気(人畜共通感染症)
犬と人間が共通して感染する感染症のことを「人畜共通感染症」、あるいは「人獣共通感染症」と呼びます。
犬のキスで感染する可能性のある人畜共通感染症として、代表的なものを紹介します。
パスツレラ症
パスツレラ症は「パスツレラ・ムルトシダ(Pasterurella multocida)」という細菌によって起こる感染症です。健康な犬や猫の口の中におり、猫では爪にもいます。接触やキス、ひっかかれたり噛まれたりすることで感染し、さまざまな症状を引き起こします。
胃がんの原因になるヘイルマンニイ
「ピロリ菌(Helicobacter pylori)」が胃炎や胃がんの発生と関係があるという話は有名ですが、このピロリ菌の仲間に「ヘイルマンニイ(Helicobacter heilmannii)」という菌がいます。ピロリ菌が、胃炎患者の80%から検出されるのに対し、ヘイルマンニイは1%未満と稀ですが、犬や猫ではよく見られる菌です。そのため、犬や猫などのペットが感染源となっているといわれています。
キスをしたり、口移しでごはんをあげたりすることで感染すると考えられています。
トキソプラズマ
トキソプラズマは、原虫という病原体によって引き起こされる感染症です。感染した成人にはあまり症状を出しませんが、妊娠中に初めて感染すると、トキソプラズマが胎盤を通り、胎児に感染し、流産したり先天性の病気を起こしたりする恐れがあります。
日本では猫で20〜50%、犬で10〜30%感染があった可能性が報告されています。
コリネバクテリウム・ウルセランス症
「コリネバクテリウム・ウルセランス(Corynebacterium ulcerans)」は、産生した毒素が心臓の筋肉や神経をおかし、呼吸に必要な筋肉を麻痺させることで呼吸困難を起こしたり、心不全を起こすような症状 を呈します。犬や猫では症状を出さないこともありますが、皮膚炎をはじめ、目や鼻、口などの粘膜に炎症を起こすこともあります。こういった場所にグズグズとした症状が出ていたら、早めに動物病院に連れて行きましょう。
犬とのキスで狂犬病になる?
狂犬病は狂犬病ウイルスによる感染症で、人を含め全ての哺乳類に感染し、発症するとほぼ死亡するという恐ろしい病気です。
名前に「犬」と付いていますが、犬限定の病気ではなく、人を含めた多くの動物が感染します。
噛まれたところから感染するため、キスといった唾液を介する行為で感染する可能性は十分あります。
しかし、狂犬病にかかった犬は理性が無くなり、普通の状態ではないため、狂犬病に罹患した犬とキスをするような状況にはなりにくいでしょう。
犬とキスは感染リスクがあります
犬が人にキスするのは、野生動物だった頃の習性が影響している
犬とのキスを介して感染してしまう病気がある
人も犬も共通してかかる病気のことを「人畜共通感染症」という
さまざまな病気を挙げましたが、愛犬とのスキンシップが危険ということではありません。どんな病気があり、どんなことで移るのかという正しい知識を持つことが大切です。
「排泄物はすぐに片付けて飼育環境を綺麗に保つ」「手洗いなどの基本的な衛生ルールを守る」などで、愛犬との楽しい生活を守ることができますよ。
参考文献
- 「ジフテリア」(国立感染症研究所)
- 『標準微生物学 第12版』:中込治、神谷茂
- 『改訂34版 戸田新細菌学』:吉田眞一、柳雄介、古開泰信