犬の肺水腫|症状・原因・治療法・余命について循環器科担当獣医師が解説
肺水腫は本来、空気が出入りする肺に水分が貯まってしまう命の危険がある病態です。犬の肺水腫は慢性心臓弁膜症である僧帽弁閉鎖不全症によって引き起こされることが多く、肺水腫になると低酸素状態になり呼吸困難を起こしてしまいます。肺水腫は予防ができる病態ではありませんが、初期症状などに気づけるよう、少しでも早く病院に受診する手がかりになるよう、飼い主さまの一助になれば幸いです。今回は犬の肺水腫について、症状や治療なども交え、獣医師の深井がお話しをしていきます。
犬の肺水腫とは
肺水腫とは、酸素と二酸化炭素のガス交換を行なっている肺胞に水分が貯まってしまう病態です。肺胞内に水分が貯まってしまうと、ガス交換が上手くできなくなるので、低酸素状態になり呼吸困難を起こしてしまいます。
肺水腫は肺胞周囲の毛細血管から血液の液体成分が浸み出すことにより、肺胞に液体成分が貯まってしまって発症します。犬の肺水腫の多くは心臓に原因があって肺の毛細血管の圧が上がって起きる「心原性肺水腫」というものです。そのほか、血管の壁の変化によって肺の毛細血管から血液の液体成分が浸み出して発症する「非心原性肺水腫」というものもあります。
肺水腫にかかりやすい犬種・年齢
心原性肺水腫の場合だと、僧帽弁閉鎖不全症が原因となって起こることが多いため、その好発犬種がかかりやすいといえます。非心原性肺水腫の場合だとさまざまな犬種・年齢で罹患します。犬の肺水腫の症状
心原性、非心原性肺水腫ともに以下の症状が見られます。
- 低酸素からくる呼吸困難
- チアノーゼ、発咳
- (心原性で重度に進行した場合)ピンク色の泡沫状のたん
肺水腫では、呼吸状態の悪化すなわち安静時の呼吸数が増加してきます。正常時の安静時呼吸数は1分間に20回程度です(個体差はあります)。1分間に40回以上になっていると肺水腫が強く疑われます。1分間に30〜40回の場合や努力性呼吸をしている場合も肺水腫が疑わしいので要注意です。
普段から、呼吸数を計る習慣がついていると良いでしょう。1分間に30回程度になっていたら、動物病院を受診しましょう。また1分間に40回以上で首を伸ばし、努力呼吸(体全体で一生懸命、呼吸している様子)、開口呼吸、起座呼吸(おすわりした状態で胸を大きく動かして呼吸している様子)をしている場合は緊急での受診をお勧めします。
犬の肺水腫の原因
肺水腫は、心臓が原因で起こる「心原性肺水腫」と心臓以外が原因で起こる「非心原性肺水腫」があります。
心原性肺水腫は、僧帽弁閉鎖不全症や拡張型心筋症などから起こります。この病態では左心系に負担がかかり、左心房→肺静脈→肺の毛細血管と圧が上昇していき血液の液体成分が浸み出してきて、発症します。
非心原性肺水腫は、重度の肺炎、気道閉塞、腫瘍、重度の組織外傷、重度の神経疾患、熱中症、溺死寸前、アナフィラキシー、感電やマズルコントロールなどさまざまな原因が挙げられます。そのほかARDS(急性呼吸窮迫症候群)で肺水腫を引き起こしてしまう場合は最も難治性です。この病態では血管壁の透過性が亢進する変化(血管から液体成分が漏れやすい状態になる変化)によって血液の液体成分が浸み出してきてしまい、発症します。
犬の肺水腫の検査・診断方法
酸素吸入をしながら、ストレスをできるだけ与えないように実施します。以下の5つの検査を合わせて評価します。
- 身体検査
- 肺エコー検査
- 胸部レントゲン検査
- 心エコー検査
- 血液検査
身体検査
特に呼吸状態の確認(1分間に40回以上の頻呼吸)をします。重度の場合は、犬座姿勢で首を伸ばして肘を外転した状態での呼吸をします。肺エコー検査
救急時に実施にします。胸部レントゲン検査
体勢の変化が難しい場合は、できる範囲内で実施します。心エコー検査
状態が悪い場合は、実施しないか、もしくは肺水腫を起こすほどの心臓疾患があるのかを確認する程度です。肺エコーのときに合わせてやってしまうこともあります。より細かく見るのは、状態が安定してからの実施になります。血液検査
緊急時に備え、同時に血管確保も実施します。犬の肺水腫の治療法
心原性・非心原性肺水腫のどちらかによって治療法は異なります。
心原性肺水腫の場合
利尿薬の投与と酸素吸入を行います。必要に応じて強心薬、血管拡張薬を使用します。ごく軽度の場合を除いて、1週間程度の入院が必要となります。非心原性肺水腫の場合
肺水腫を起こす原因となった基礎疾患の治療と酸素吸入を行います。必要に応じて利尿剤の投与を行います。入院期間は、基礎疾患により異なります。犬の肺水腫の予後・余命
心原性肺水腫の場合だと、犬の僧帽弁閉鎖不全症において重度の肺水腫を起こした後の生存期間中央値は9カ月前後といわれています。重度の場合は、入院中に2割弱の犬が亡くなってしまうといわれています。
近年は、犬も僧帽弁閉鎖不全症に対して心臓手術を行うことができるようになってきています。肺水腫を起こした犬で、回復後2回目の肺水腫を起こさせないように、もしくは肺水腫発症前でも危険性のある犬は心臓手術の対象になります。周術期を乗り越えれば、生存期間のかなりの延長が見込めます。
非心原性肺水腫の場合は基礎疾患により異なります。
犬の肺水腫の予防法
心原性肺水腫の主な原因である僧帽弁閉鎖不全症の場合、肺水腫になる前に通常は心雑音が聞こえます。心雑音が聴こえ始めたら定期検診をして行き、必要に応じてレントゲン検査や心臓超音波検査で心臓や肺の状態を見ていきましょう。犬の肺水腫予防に呼吸数を計る習慣を
肺水腫は、急に発症し命の危険がある病態です。犬で起こる肺水腫の原因の多くは慢性心臓弁膜症である僧帽弁閉鎖不全症です。発症すると呼吸が荒くなり努力呼吸をするようになります。命の危険のある病態ですから緊急で動物病院の受診をしましょう。入院中に亡くなってしまったり、また重度であれば予後は1年いきません。
心臓病やそのほか非心原性肺水腫を起こす基礎疾患を持っている犬であれば、罹患の可能性を考えて、本病態のサインである呼吸数を計る習慣をつけていくと良いでしょう。
参考文献
- 多川政弘,局博一監訳. 犬と猫の呼吸器疾患. inter zoo 2007: 587-599
- Goutal CM, et al. J Vet Emerg Crit Care. 2010; 20: 330-337.
- Borgarelli M, et al. J Vet Intern Med. 2008 ;22:120-128