猫が咳をしているけど大丈夫?獣医師が年代別に考えられる原因や治療法を解説
咳とは、気管・喉頭・肺などに侵入した異物を取り除くために起こる呼吸器の生理現象です。猫ちゃんが咳をしているときの特徴的な体勢として、四つんばいになって顎を前方に突きだすような動作がみられます(くしゃみや吐くような仕草と間違いやすいので、判断が難しい時は動画などを撮影して動物病院で診てもらいましょう)。また、年齢や症状によっても原因や治療が異なってきます。今回は、猫ちゃんの咳について猫の専門病院「Tokyo Cat Specialists」の有田が解説します。
年代別に考えられる猫の咳の原因
基本的には猫ちゃんはあまり咳をしない動物なので、咳をするときには、何か病気が隠れている可能性が高いです。年齢によっても咳の原因が変わってきます。
若齢の猫ちゃんで多い咳
上部気道の炎症で、猫ウイルス性鼻気管炎(ヘルペスウイルス)や猫カリシウイルス感染症、猫マイコプラズマ、猫クラミジア、ボルデテラ・ブロンキセプティカが原因として考えられます。一般に猫風邪と呼ばれます。高齢の猫ちゃんに多い咳の原因
高齢の猫ちゃんの場合、口腔内や咽頭内、気管内、肺などの腫瘍を原因として咳をしている場合も考えられます。あらゆる年齢で多い猫の咳の原因
アレルギーの関与が疑われる喘息も考えられます。慢性的に続くのが特徴です。それでは、それぞれ検査・診断方法や治療法について細かくみていきましょう。
若齢の猫ちゃんで多い咳
原因として「上部気道の炎症」が考えられます。いわゆる「猫風邪」の症状の一つとして咳が出ることがあります。ただし、猫風邪とは厳密に言うと病名ではなく症状のことを指します。身体の中に以下のような病原体が入り込むことで発症します。
- 猫ウイルス性鼻気管炎(ヘルペスウイルス)
- 猫カリシウイルス感染症
- 猫マイコプラズマ
- 猫クラミジア
- ボルデテラ・ブロンキセプティカ
これらが猫風邪の主な病原体として挙げられます。複数同時に感染することも多いです。
猫の咳とくしゃみの違い
猫風邪の症状として、くしゃみも一緒に伴うことが多いです。くしゃみもまた、鼻の中に侵入した異物を排出するための生理現象です。猫ちゃんが咳をする場合は四つんばいになって顎を前方に突きだすような動作をしますが、くしゃみの動作と見分けがつきにくいかもしれません。動画の撮影をして獣医師に確認すると良いでしょう。参考までに、猫の咳とくしゃみをそれぞれ動画で紹介します。猫の咳
猫のくしゃみ
猫の咳の検査・診断法
臨床症状から経験的に診断することが多いですが、症状がなかなか改善しないときには、鼻水や目ヤニを用いて遺伝子検査をすることで、上記の病原体を特定することが可能です。ただし検査結果までに数日要するのと、ウイルスの排泄量が少ないと偽陰性(本当は陽性なのに検査上陰性になること)として結果が出てしまうことがあります。症状の重症度によっては、血液検査やレントゲン検査も実施します。猫の咳の治療法
治療は原因となる病原体によって異なります。マイコプラズマ・クラミジア・ボルデテラの場合は、適した抗生剤を用いての治療になります。ウイルスには抗生物質が効きませんが、猫ヘルペスウイルスや猫カリシウイルス感染症のときでも細菌の二次感染を防ぐために、気道に到達しやすい広範囲に効く抗生物質を使用することがあります。猫カリシウィルスにはインターフェロンの有効性が確認されており、注射で投与することで、回復が早まることがわかっています。※抵抗力の低下している高齢猫でもこれらの疾患を患うことがあります。
あらゆる年齢で多い咳(比較的若齢での発症が多い)
原因として「猫喘息」が考えられます。猫の「喘息」は人の気管支喘息と症状や病態で共通する点が数多くあります。人の気管支喘息と同様に、長期にわたって気道の炎症が進行すると治療に反応しなくなるため、そうなる前にこの病気を見つけてあげることが大切です。
猫喘息とは
猫喘息は、アレルギーが関与すると言われている呼吸器疾患です。特徴は、2カ月以上続く慢性の咳で、呼吸時に喘鳴(ぜんめい:呼吸するときに聞こえる異常音)が聞こえる時もあります。咳をしているときの特徴的な体勢として、顎を前に伸ばしお腹を床にすりつけるような姿勢が見られます。また、その様な症状がないときは普段の生活と全く変わりなく元気なことが多いのも特徴です。間違えやすい動作として吐く様なしぐさがみられることがあり、判断が難しいときは、動画などを撮影して動物病院でみてもらいましょう。猫喘息の検査・診断法
喘息は一つの検査で判明する病気ではなく、総合的に判断する必要があり、また可能性のある病気を除外して最終的にこの病気に絞り込んでいくことになります。検査内容としては、問診、聴診・血液検査・胸部レントゲン検査・気管支鏡検査などが挙げられますが、気管支鏡検査は限られた施設での検査になり、また全身麻酔が必要となるため必ずしも実施する検査ではありません。
問診
まず、問診にて喘息の特徴的な症状があるかを確認します。飼い主さまからの情報がとても大切になってくるため、気になる症状は記録しておくと良いでしょう。聴診
呼吸音が増大することが多く、特に呼気(息を吐くとき)に異常音が聴こえることが特徴です。また、上部~中部の気道の病気でも呼吸時の異常音が聴こえるため注意が必要です。血液検査
気管支疾患を持つ猫の約20%に好酸球増加がみられます。猫喘息の診断の参考の一つとして捉えると良いでしょう。胸部X線検査
X線上で明らかな異常が見つからないこともありますが、猫喘息を疑うにはいくつかのポイントとなるレントゲン像があります。中でも、重症になると肺が過剰に膨らむ肺気腫と呼ばれる状態になり、呼吸困難が悪化するために注意が必要です。気管支鏡検査
気管支鏡を用いての検査となるため、実施できる施設は限られています。また、全身麻酔下が必要な検査となります。メリットとしては、直接、気道内や気管支を目で見ることができるため、気管や気管支内に異物や腫瘍がないことを確認することができます。そして気管支肺胞洗浄を行うことで、その洗浄液を解析し、細胞成分や病原体を調べることができます(一般的には、猫喘息の時には炎症成分である好酸球が増えると言われています)。猫喘息の原因と対処・治療法
猫喘息の原因としてアレルギーが関与すると言われていますが、猫ちゃんのアレルゲンを特定し完全に排除することは、人間以上に困難とされています。しかし、アレルゲンや刺激物が咳や呼吸困難の引き金になってしまうため、なるべく減らす努力をしましょう。アレルゲンとしてはハウスダストやダニ・カビなどがあり、また刺激物としてはタバコ・芳香剤・消臭剤・トイレの砂から出るほこり、などが挙げられます。具体的な方法として、以下の対処法などが挙げられます。
- 猫ちゃんのいる部屋の床はなるべくフローリングにする
- 空気洗浄機を使用する
- トイレの砂は埃が出にくいタイプにする
- 猫ちゃんの側でタバコやその他の刺激物の使用は控える
- エアコンの清掃やフィルター交換をする
- 気温の急激な変化に気をつける
- シャンプーやブラッシングを行い皮膚や被毛を清潔に保つ
薬物治療
薬物療法(グルココルチコイド・気管支拡張剤など)や吸入療法(猫専用の吸入療法用スペーサー:Aero-Katなど)のほか、アレルゲンや刺激物を減らす(アレルゲン/ハウスダストやダニ・カビなど、刺激物/タバコ・芳香剤・消臭剤・トイレの砂から出るほこりなど)を減らすことも有効な治療となります。グルココルチコイド
治療の主体になる薬剤で、プレドニゾロンが推奨されています。気道の炎症を抑える効果がありますが、生涯において治療が必要な猫ちゃんもいれば、そうではない猫ちゃんもいるため治療期間はさまざまです。また、長期にわたる服用において、糖尿病などの副作用にも気をつけなければいけません。気管支拡張剤
気道や気管支の閉塞を改善するために使用されますが、単独で使用するよりもグルココルチコイドとの併用が望ましいです。そうすることで、グルココルチコイドの投与量を減量できる可能性があります。吸入療法
人の喘息では吸入療法は標準的な治療法ですが、猫ちゃんでも猫専用の吸入療法用スペーサー(Aero-Kat) と吸入用のグルココルチコイドを用いての吸入療法が選択肢に入るようになってきました。最大のメリットは全身性の副作用がほどんどないことです。ただし、吸入方法として、猫ちゃんのマズルにスペーサーを押し当てた状態を作らなければならないのと、猫が嫌がると呼吸を止めるため、使用困難なケースが多いと思われます。ネブライザー療法
吸入薬剤をネブライザーでエアロゾル化し、口や鼻を通して気道に到達させ、気道の感染・炎症を治療したり気道内に停滞している粘稠性の粘液の流動化を促します。猫ちゃんで用いられる方法としては、ネブライザー室をつくり、その中にエアロゾルを噴霧し、猫ちゃんが自然に呼吸することで薬剤を吸入させる方法です。メリットとしては副作用や猫ちゃんのストレスが少ないことが挙げられますが、喘息治療の効果としては単独では不十分とされています。その他の薬剤
- 抗セロトニン薬(シプロヘプタジン):ある程度の効果が期待されますが、効果が出るまで最低3日必要になります。
- シクロスポリン:第一選択では用いず、グルココルチコイドに反応しない場合などに使用を検討されます。
- 抗生物質:いわゆる猫風邪が喘息の症状の悪化に関与していることがあり、中でもマイコプラズマ(細菌の一種)に対する抗生物質を使用することは有効かもしれません。
猫喘息の猫ちゃんの多くは、適切な治療に反応してくれることが多いです(ただし生涯治療が必要な猫ちゃんもいます)。しかし、治療のスタートが遅くなってしまったり治療を途中でやめてしまったりすることで、思うように症状が改善しないこともあります。緊急処置が必要なほどの呼吸困難に陥ってしまう可能性もあるため、注意が必要です。
高齢の猫ちゃんに多い咳
原因として「腫瘍(口腔内・咽頭内・気管内・肺など)」が考えられます。高齢になると、猫ちゃんの腫瘍の発生も増えてきます。口腔内や咽頭内では嚥下困難(えんげこんなん:食べ物の飲み込みづらさ)や呼吸困難の症状が先に出る事もあります。肺腫瘍はレントゲン検査で偶然見つかることもあるぐらい、初期にはほとんど症状が出ない事も多いので注意が必要です。
検査・診断法
視診・触診で見つかる事もありますが、レントゲン検査で異常が見つかることが多いです。また、詳細な情報を得るためにはCT検査が有用で、実際の腫瘍の発生場所や大きさ、その他の臓器に転移がないかどうか、手術で切除することができるのか否かを検討することができます。腫瘍の場所によっては、針で腫瘍の一部を採取し、腫瘍の詳細を調べることも可能です。治療法
腫瘍の診断結果に基づき、外科手術・化学療法・放射線療法などを組み合わせての治療となります。いずれも悪性腫瘍であることが多いため、早期の発見が望ましいです。その他の猫の咳で考えられる原因
上記で挙げた原因以外にも、猫ちゃんの咳の原因として、
- 咽頭・気道内に異物が混入した
- 咽頭麻痺
- フィラリア症
- 心臓病(猫では咳をすることはまれ)
猫の咳は病気の可能性を疑ってください
基本的には猫ちゃんはあまり咳をしない動物なので、咳をするときには、何か病気が隠れている可能性が高いです。1日で治るような軽い咳であれば心配ないかもしれませんが、日に複数回咳をしたり、長期間にわたって症状が出るときは早めに動物病院に連れて行ってあげましょう。
参考文献
- 『猫の診療指針 part1』(緑書房)
- 猫の臨床専門誌『Felis vol.5』