糸井重里さんが語る人とペットの関係性 「動物を育てることは、旅をすることと同じ」
動物を育てることで、旅をするのと同じように魂が育っているんだと思う――コピーライターの糸井重里さんが8月27日に開催された滝川クリステルさん主催の動物イベント「アニマルウェルフェアサミット 2017」 に登壇し、自身が手掛けるペット写真アプリ「ドコノコ」開発の経緯や保護活動への考えを語りました。
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トークショーは「アニマルウェルフェアへの想い」と題し、糸井さん、滝川さんのほか動物福祉に関する取材をされているフリーランス編集者の松原さんが登壇。会場となった東京大学一条ホールには事前受付で満席になるほどの人が押し寄せ、動物保護活動を先駆的に、またユニークに行う登壇者たちへの期待が感じられました。
左から司会渋谷さん、松原さん、滝川さん、糸井さん
糸井さんが保護活動に関わるようになったきっかけ
今回のトークショーは、糸井さんと滝川さんが雑誌の企画で対談したことがきっかけとなり実現しました。糸井さんはジャックラッセルテリアのブイヨンちゃんと暮らす愛犬家でもあります。-
糸井:実は、「アニマルウェルフェア」という概念を知ったのはつい最近、滝川クリステルさんとの対談がきっかけなんです。ただ、動物に関わる活動を始めたのはもっと前で、大本の原因はやっぱり東日本大震災です。
たくさんの動物が困っていて、人手、時間、お金も足りない中、急いで動かないといけない状況でした。「僕らができることはなんだ?」と考え、保護団体のサポートをしたり、寄付したりしました。そこでやった、「自分ができることだけ(活動に)足していく」っていう作業が今も(動物に関わる活動を)続けているきっかけになっています。震災がなくても、困っている犬猫はいるわけですからね。
滝川:以前の対談では、「東北に手伝いに行って自分は無力だと思った」と仰っていたことが印象的でした。やはり無理をするのではなく、自分のできることを探してやらないと、(保護活動などは)続けられないことですよね。
糸井:ものすごく一生懸命にこのような(動物保護)活動されている人を、お寺でいう出家だとすれば、僕は在家なんです(笑)。お盆のお墓参りに行くみたいな感じで、在家の仕事をしているんです。
滝川:以前対談をさせていただいた時にもお話をさせていただいたんですけど、本当に糸井さんらしい、ユニークな活動をされていますよね。「ドコノコ」というアプリの開発など、いろいろな人に(動物を)身近に感じてもらえる工夫をされています。また、保護活動自体を無理して行うのではなく、「できる範囲でできることを」というスタンスを発信されていて、とても大切なことだと思います。
「迷子だ! 大変だ!」と騒ぐだけでは意味がない
糸井重里さんが手掛ける「ドコノコ」は犬や猫を住民登録し、地域の人と交流するサービスで現在は15万人ほどがアプリを使用しているそうです。このアプリの特徴は、迷子が出た場合同じ地区の人に迷子情報が表示されること。その発想のきっかけは、糸井重里さん自身がSNS上での迷子情報の拡散方法に疑問を抱いたことだったそうです。-
糸井:僕のTwitterアカウント(@itoi_shigesato)に「犬猫の迷子情報を拡散してほしい」という依頼がたくさんくるんですね。拡散することは問題ないし、簡単なんですけど。沖縄で迷子になった犬の情報を、北海道の人に向かって騒いでも仕方がない。迷子の犬猫が見つかるのは、近くにいる人が必死になって探しているからなんです。ただやみくもに拡散しても、「大変だ! 大変だ!」と騒ぐだけになってしまいます。
依頼されることが多かった時は地区別に一覧表なんかも作っていました。でも、それをやってると仕事にならなくて(笑)。しかもいつも「迷子だ! 大変だ!」と言っているTwitterは見てもらえなくなります。(できることとできないことの)バランスをどうしたらいいのかを考えていて、「地域の人が探す(サポートをする)仕組みが一番いいかな」って思ったんです。
普段のドコノコには犬猫の写真を見せびらかしっこしながら交流する楽しさがありますが、いざ何かあった時は地域の人に迷子情報が表示される仕組みになっています。
「世界中の人が犬や猫の住民登録して使ってくれるのが夢」と語る糸井重里さんに、滝川クリステルさんも「犬や猫を通して、他の国の人とつながるきっかけになりますね」と強く頷きました。
お互いの愛犬話をする滝川クリステルさんと糸井重里さん
「殺処分ゼロ」は正しいの? 数字が生み出す歪み
犬猫の殺処分問題がテレビや新聞で取り上げられる機会が増えたことで、「殺処分ゼロ」という言葉を多くの人が耳にするようになったと思います。しかし、滝川クリステルさんは「ゼロ」という数字の印象が一人歩きすることで「歪みが生まれてしまっている」と警鐘を鳴らします。-
滝川:「殺処分ゼロ」という言葉によって歪みが出てきている現状があります。本当は生かしておくのがかわいそうな状況の子(病気や怪我で回復の見込みがなかったり、攻撃性が強すぎて飼育が困難な場合など)も、「ゼロ」という数字のために生かしているようなことがあります。動物たちの苦痛を無視して、数字を達成するために生かすことは、どうなのでしょう……。「殺処分ゼロ」を追い求めるあまり、逆に動物たちを苦しめてしまっている現状に対して、糸井さんはどのように感じていますか?
糸井:ゼロというのは血の通っていない言葉ですから、もっと血の通った言葉で命を扱わないといけない。
滝川:アニマルウェルフェアの概念を通して殺処分ゼロに血を通わせていくんですね。
松原:保護団体にとってプレッシャーの大きな環境になってきています。苦しんでいる犬や猫に対して「眠らせてあげる」という選択肢もある中で、(殺処分ゼロという)周りの声でそれができなくなっている現状もあります。
動物を育てることは、旅をするのと同じ
保護団体には、さまざまな理由で保護されてきた高齢の犬や猫が多く存在しています。-
滝川:殺処分される犬の中に老いた子たちは多いですね。自分の予測不可能なことをするようになって、面倒を見きれなくなってしまったという理由もあるようです。命は老いるもの。いつか自分もそうなるし、飼うタイミングで先のことを想像する機会の大切さを実感します。
松原:みんなおとなしくていい子たちなんですけど、やっぱり保護したいと名乗り出る人は少ないですね。
糸井:数年前にミグノンの友森さんがね。「これから老犬ブームがくる!」って言ったんですよ。それを断言した時の確信ぶりに驚いたんですけど、実際に今きてる気もするんですよね。(SNSの)ハッシュタグなんかでも「老犬クラブ」とか、老犬関連のものがあったりして。老犬の良さをみんなが語り合う場所が3年前よりできていますよ。ぐるぐる回っちゃうとか、おむつ事情とかを共有しあって、困ったことじゃなくて、面白いこととして捉えるんです。
友人に、たぬきに噛まれたことがきっかけで歩けなくなった猫を飼っている人がいるんですけど、すっごく大変なはず。でも彼の人格は面白くなってます! 犬や猫、動物たちと接し、考えたり思いやることは必ず自分への発見もあります。老犬と過ごすことによって成長している自分もあるんじゃないかな。
歩けない猫を飼っている友人は、その猫を育てていることで、旅をしてきたことと同じように魂が育っているのだと思う。小さい子犬や子猫を育てていてもそうだけど、老犬の余生に寄り添っていくことで、自分の発見や成長も実感するはず。そして今はそれを話す場があるから、そういった場を生かしていくといいと思う。
「いつでも清潔な水を与えてください」
トークショーの最後は、登壇者の滝川さん、糸井さん、松原さんが「アニマルウェルフェア」に対する自分の思いを伝えました。-
滝川:アニマルウェルフェアという言葉は、心の在りようを改めて自分の心に問い掛ける作業だと思っています。アニマルという言葉は付いていますが、私は「人間の思想」に重きを置いていきたいと考えています。もう少し(動物の)いろいろなことを知って、考えて、その上で(人間として)、「彼らにどう自由を与えていけるのか」について最善の策が出せるようにしてほしいですね。
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糸井:僕は、「いつでも清潔な水を与えてください」という一言にアニマルウェルフェアの五箇条(※5つの自由)が全部詰まっている気がします。犬や猫と生活する中での、大好きな言葉です。いろんな難しいことを考える前に「いつでも清潔な水を与えていられるだろうか?」という問い掛けをしてほしい。
- 松原:犬猫を見たり飼ったりして「癒やされる」と言う方は多いのですが、人間は「幸せそうな犬猫」でないと癒やされないということが科学的に分かっています。アニマルウェルフェアが意識されていない環境にいる犬や猫を見ても、人間は癒やされないんです。「(動物のために)最適な環境を整えてあげることで、彼らも私たちに(癒やしを)与えてくれている」ということを知っておいてほしいです。
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