歯周病が死の病気になる!? 犬の心臓や腎臓への影響を海外研究から解説
歯周病は人間だけでなく犬にとっても、最も一般的な慢性的細菌感染症です。歯周病というと歯だけの問題と軽くみてしまいがちですが、近年は腎臓や心臓、呼吸器など全身のさまざまな臓器に影響を与える全身性疾患であるという考えが出てきています。人の場合、慢性的な歯周炎を持つ人は健常者と比べて虚血性心疾患の発症リスクが2倍であると報告されています。犬においてはどうなのでしょうか? 今回は犬においても歯周病の影響が他の臓器に出るのかについて、ポーランドで行われた調査の結果を紹介しながら、獣医師の福地が解説します。
歯周病の犬の腎臓と心臓にはどんな細菌がいるのか
ポーランド・ルブリン生命科学大学のイザベラ・ポルコフスカ(Izabela Polkowska)ら研究チームは、犬の歯周病が進行した際に、心臓や腎臓にも歯周病菌が到達している可能性について調査を行いました。歯周病の治療中に亡くなった19匹
調査は2006年から2010年の間に歯周病の治療を受けた210匹の犬を対象に行われました。そののうち、56匹が歯周病の状態をみるスコアリングシステム(wiggs &lobprise)におけるステージ3あるいは4の歯周病と診断され、調査期間中にオス10匹、メス9匹の計19匹の犬(ステージ3が5匹、ステージ4が14匹)が亡くなりました。それら19匹を対象に、死後検査で歯肉、腎臓、心臓からどんな細菌種が分離されるのか、腎臓や心臓で何か異変があるかなどが調べられました。歯周病ステージ3で分離された細菌
ステージ3の歯肉ではレンサ球菌(Streptococcus spp)、大腸菌(Escherichia coli)、表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis)が分離され、腎臓からは主にレンサ球菌と表皮ブドウ球菌が分離されました。心臓からはレンサ球菌と表皮ブドウ球菌、化膿レンサ球菌(Streptococcus pyogenes)が分離されました。歯肉 | 腎臓 | 心臓 | |
---|---|---|---|
レンサ球菌 | ◯ | ◯ | ◯ |
大腸菌 | ◯ | ||
表皮ブドウ球菌 | ◯ | ◯ | ◯ |
化膿レンサ球菌 | ◯ |
歯周病ステージ4で分離された細菌
ステージ4の歯周病の犬の歯肉からはレンサ球菌、化膿レンサ球菌、表皮ブドウ球菌、ブドウ球菌(Staphylococcus spp)が分離され、腎臓からはブドウ球菌、レンサ球菌、化膿レンサ球菌、腺疫菌(Streptococcus equi)、表皮ブドウ球菌が分離されました。心臓からは表皮ブドウ球菌、レンサ球菌、化膿レンサ球菌、腺疫菌が分離されました。歯肉 | 腎臓 | 心臓 | |
---|---|---|---|
レンサ球菌 | ◯ | ◯ | ◯ |
表皮ブドウ球菌 | ◯ | ◯ | |
化膿レンサ球菌 | ◯ | ◯ | ◯ |
ブドウ球菌 | ◯ | ◯ | |
腺疫菌 | ◯ | ◯ |
歯周病の進行とともに菌も腎臓・心臓へ
歯周病のステージ3と4の19匹の犬で分離される細菌種に大きな差は見られませんでしたが、分離率をみてみるとそこに差があることがわかりました。歯肉からの細菌種の分離率は43.4%と56.6%で統計的な差はみられませんでしたが、腎臓で分離される細菌分離率はステージ3で34.09%の分離率だったのに対し、ステージ4では65.91%と倍近い差がありました。心臓も同様で、ステージ3での細菌分離率が29.41%だったのに対し、ステージ4では70.59%と倍以上の細菌が分離されました。つまり、歯周病が進行すると歯周病を起こす菌が心臓や腎臓にも到達している可能性があることがわかったのです。
なお、ステージ3あるいは4の歯周病の犬として対象になった56匹の年齢は、6歳から15歳で、内分泌系の病気、腫瘍、全身的な感染症の犬は調査からは除外されました(腎臓や心臓に起きた変化が歯周病の影響によるものか、これらの病気によるものか判断がつきにくくなるからと考えられます)。また、全ての犬たちはそれぞれの歯周病の段階に適した治療を受けていました。
歯周病が心内膜炎や腎盂腎炎の原因になる?
今回の調査では、腎臓や心臓からどんな細菌が分離されたかという検査に加え、臓器自体に何か変化がないか調べるために病理組織学的検査も併せて実施されました。組織を薄くスライスし、目的によってさまざまな染色液で染めた後に顕微鏡で観察すると、細胞が死んでいたり、傷ついていたりするのがわかるようになります。
検査によって、ステージ4の犬では心内膜炎や腎盂腎炎の特徴を持った細胞の変化が観察されました。心臓では局所的な心筋細胞の壊死や、壊死した後の修復した様子(線維化といいます)などが観察され、腎臓では白血球が集まっているところや尿を作る管の萎縮などがみられました。
歯周病が進行すると細菌が腎臓や心臓に到達してしまうだけでなく、実際にそれらの細菌が悪影響を及ぼすことがわかったのです。
楽しい歯磨きで歯周病予防を
人でも歯の病気が全身に悪影響を及ぼすという話は身近になってきましたが、ワンちゃんでも同じ可能性が高いのです。ワンちゃんは自分で歯磨きをしないので、歯に汚れが溜まったり、細菌が繁殖しやすくなったりしてしまいます。病院で歯周病を指摘された際は、治療を積極的にするのはもちろん、予防も大切になります。口臭の原因にもなりますので、ワンちゃんにも定期的な歯磨きをしてあげてください。できる限り、「歯ブラシ=楽しい」というイベントにするとよいですね。一度に全ての歯を磨こうとすると犬もだんだん飽きて喧嘩になってしまうので、今日は前歯、明日は奥歯、慣れて来たら両方……というように、少しずつ慣らします。犬が飽きだしたらやめて、オヤツやフードなどのトリーツをすかさず与えましょう。
全然慣れていない場合には、抱っこして歯ブラシを歯に当てて、我慢できたらトリーツでその日は終了という形から入るのがよいと思います。ペットショップにいくと歯磨き指サックや歯ブラシなどさまざまなものがあるので、やりやすいものを探してみるのも楽しいかもしれません。
調査概要
- 調査期間:2006年から2010年の間に歯周病の治療を受けた210匹の犬
- 対象:歯周病のステージ3あるいは4の犬56匹
- 調査方法:医学的な理由で安楽死になったあと、歯肉、腎臓、心臓の微生物学的検査と病理組織学的検査を実施
- 詳細:『The Impact of Periodontal Disease on the Heart and Kidneys in Dogs』