犬の狂犬病|症状・原因・予防接種の必要性などを感染症担当獣医師が解説
狂犬病は、人を含めたすべての哺乳類が感染し、神経症状が発症すると治療方法がなく、ほぼ100%死亡する恐ろしい人獣共通感染症です。狂犬病には有効で安全なワクチンがありますが、いまだに撲滅できていません。世界では毎年約数万の人と数万〜数十万件の動物が発病死していると考えられています。今回は狂犬病のワクチンや症状などについて野坂獣医科院長の野坂が解説します。
犬の狂犬病の症状
始めは、前駆期という「情緒不安定」「光を嫌う」などの異常行動が1〜2日間続いた後、2つの症状に分けられます。
狂騒型
物事に過敏となり、狂躁状態となります。そして、攻撃的になり、目の前にあるものすべてに噛みつくようになります。その後、全身麻痺が起こし、昏睡状態となり死亡します。約80%の犬が、狂騒型の症状を呈します。
麻痺型
狂躁状態にならず、麻痺状態が続いて死亡する動物も認められます。犬の狂犬病の症例
国内の狂犬病撲滅経緯
日本国内では、狂犬病の流行が江戸時代や明治時代にもありました。1923年から1925年に約9000頭の犬が狂犬病に罹患したそうです。その後、1950年(昭和25年)に狂犬病予防法を制定することにより、発生頭数は急速に減少しました。そして、1956年の人と犬、1957年の猫の症例を最後に、国内からの狂犬病を撲滅することに成功しました。
狂犬病の輸入症例
国内狂犬病撲滅後の症例は、海外からの輸入症例となり、ネパールからの帰国者1名(1970年)とフィリピンからの帰国者2名(2006年)が現地で犬に咬まれて帰国後発病し、死亡した症例があります。さらに2020年、フィリピンで犬に咬まれた外国籍の男性が日本へ入国後、狂犬病を発症し、死亡しました。日本では撲滅できた病気ですが、世界で見るとまだまだ撲滅できていません。
犬の狂犬病の感染経路
犬への感染経路は、犬による咬傷が主な経路です。唾液中のウイルスが傷口から体内に侵入します。この他に、エアロゾル(※)による呼吸器、眼、口からの感染や胎盤感染などによっても侵入します。
人への感染経路は、犬の咬傷、コウモリや猫などの犬以外の動物に咬まれたり、尿に触れたりして、ウイルスに暴露します。狂犬病流行地域では、不用心に動物との接触を行わないようにしましょう。
狂犬病には安全で有効なワクチンが存在し、その制御は可能なはずです。しかし、実際には調査が不十分であったり、ワクチンや免疫グロブリン(※)が高価であったり、開発途上国政府の関心が低かったりで、なかなか制御・撲滅が実現できていないのが現状です。
※エアロゾル:空気中に浮遊する微小な固体・液体、またはその両方のこと
※免疫グロブリン:病原体から身体を守る免疫において重要な役割を担うタンパク質のこと
犬の狂犬病清浄国一覧
日本の農林水産大臣が指定している狂犬病の清浄国・地域は、以下の6地域です(2013年7月現在)
- アイスランド
- オーストラリア
- ニュージーランド
- フィジー諸島
- ハワイ
- グアム
多くの国で狂犬病が発生しているため、清浄国・地域が6地域と日本のみとなっています。
清浄地域での対策の中心は、海外からの侵入を防ぐことで、最も有効な手段は動物の輸入検疫です。
日本では狂犬病予防法に基づき「犬」「猫」「キツネ」「アライグマ」「スカンク」の輸入検疫を行っています。さらに、犬の登録とワクチン接種を義務づけることで防疫体制の強化を図っています。
犬の狂犬病の治療法
犬の場合
発症した動物は、治療の対象にはならないことがほとんどです。狂犬病の疑いがある動物に咬まれ、狂犬病を発症する前に、発症予防のワクチンを接種することで、発症を防ぐことができる可能性もあります。
人の場合
人が感染した疑いがある場合は、直ちに暴露後免疫療法を受けるための機関に連絡をしましょう。この免疫療法を直ちに開始すれば、発症を防ぐ有効性は高いとされています。
犬の狂犬病の予防方法
愛犬にワクチンを打つ
人への狂犬病ウイルスに感染する原因の99%が犬によるものといわれています。動物の感染予防を行うためには、予防注射が最も有効な方法です。予防を行うことで、動物への被害が減少することが期待できます。これらのことから考えて、飼い犬へ毎年、狂犬病予防注射を行うことは飼い主の義務でしょう。
不用心に動物との接触を行わない
狂犬病流行地域では、不用心に動物との接触を行わないようにすることも予防の1つです。流行地域に長期間滞在する場合は、海外旅行前に予防接種をできる機関に相談をしてみましょう。
参考:日本旅行医学会 『海外旅行前予防接種機関リスト』
犬の狂犬病のワクチン接種と義務
犬の飼い主には、以下の3つが法律により義務付けられています。
- 現在居住している市区町村に飼い犬の登録
- 飼い犬に年1回の狂犬病予防注射を受けさせる
- 犬の鑑札と注射済票を飼い犬に装着
1.現在居住している市区町村に飼い犬の登録
登録がされていると、犬の所有者が明確になります。そのため、狂犬病が発生した場合、その地域で迅速かつ的確に対応することができます。生後91日以上で登録手続きが済んでいない犬の飼い主、登録手続きはしたけれど、別の市区町村へ引っ越しした犬の飼い主は、各市区町村窓口に相談してみましょう。
2.飼い犬に年1回の狂犬病予防注射を受けさせる
狂犬病は感染後、神経症状が発症すると治療することができません。しかし、狂犬病は予防注射をすることで発症を予防することができます。犬の飼い主さんは、飼い犬にしっかりと予防注射を受けさせることで犬を狂犬病から守ることができます。また、飼い主さん自身やその家族、近所の住人や他の動物への感染を防止できます。
飼い犬が生後91日以上になったら、予防注射を受けさせ、その後は1年に1回(予防注射接種時期は4~6月)の追加注射をし続けましょう。
狂犬病予防注射はお住まいの市区町村が行う集合注射、または動物病院で接種することができます。注射にかかる料金は、各市区町村や動物病院によって異なります。
3.犬の鑑札と注射済票を飼い犬に装着しましょう
犬の登録をすると「鑑札」、狂犬病予防注射を接種すると「注射済票」が交付されます。この鑑札と注射済票は、飼い犬に着けておく必要があります。狂犬病の発生とまん延を防止するため、狂犬病予防員は所有者の分からない犬や、予防注射を適切に受けていない犬の抑留を行います。飼い犬が迷子になったときに、鑑札番号から飼い主の元に戻ることができます。
まとめ
狂犬病は発症すると、ほぼ100%死亡する恐ろしい病気です
犬による咬傷が主な感染経路です
清浄国・地域は6地域と日本のみです
狂犬病は制御・撲滅ができるはずの病気です
世界では毎年約数万の人と数万件から数十万件の動物が発病死していると考えられています。この病気の有効で安全なワクチンがあるにも関わらず、いまだにこの病気は撲滅できていないのが現状です。
狂犬病の清浄国・エリア以外では不用心に動物との接触をしないよう心がけましょう。
参考文献
- 厚生労働省『狂犬病』
- 厚生労働省『狂犬病に関するQ&A』
- 狂犬病 2006年現在, LASR The Topic of This Month Vol.28 No.3(No.325)(2007)
- 動物検疫所『指定地域』
- 西園, 狂犬病 −最新の知見も含めて−Rabies update,モダンメディア 64巻6号2018[話題の感染症] 213-219(2018)
- 日本獣医師会,源『狂犬病』