【徳井義実の「猫と女」】- 第2話「マルメとショウコ」-

【徳井義実の「猫と女」】- 第2話「マルメとショウコ」-

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『徳井義実の「猫と女」』。チュートリアルの徳井義実さんによる読者参加型の、連載妄想小説です。第2話は「マルメとショウコ」です。

マルメとショウコ

今回妄想される猫と女は、マルメとショウコ。この1枚の写真から、どんなストーリーが展開されていくのでしょうか。徳井さんによる摩訶不思議な世界をお楽しみください。


「グレネード弾だ!」

味方の誰かが叫ぶ。それを聞いた彼女が建物の陰に身を隠してから2秒後、轟音とともに爆風が襲ってきた。


しかし彼女は怯むことなく次の瞬間には身を低く保ちながら前方へ駆け出す。

そして1時間後、敵勢力の武器庫に遠隔操作爆弾をしかけ、見晴らしの良い高台から起爆スイッチを押した、淡々と。


2014年、彼女は傭兵として中東の紛争地域で活動していた。

「マルメはどの兵士よりも優秀だ」

周りの傭兵達の誰もが彼女を褒め称え、一目置いていた。


その地域のスラングで「奇跡」を意味する「マルメ」と呼ばれていたのも彼女の数々の神がかった仕事ぶりからだろう。


ある時は単身で基地へ潜入し極秘情報を盗み出し、またある時はわずか15人の精鋭部隊を率いて2000人の敵を制圧した、まさにマルメであった。


ある時、仲間の傭兵が彼女に聞いた。

「お前は平和な日本から好き好んでこんな所へやってきて本当に戦闘が好きなんだな。恋愛とか結婚とか、女の幸せに興味はないのか?」


マシンガンのメンテナンスをする手を止めずに彼女は答えた。

「女の幸せ? そんなものに興味はないわ。それが幸せだなんて勝手に決めつけないで」


少し強めの口調につい

「あぁ、すまん」

と謝った傭兵の目をまっすぐに見つめて、今度はゆっくり冷静にマルメは言った。

「それから、戦闘が好きなわけじゃない」


5秒ほどたって傭兵は恐る恐る質問した。

「じゃあなんで傭兵なんてやってるんだ?」


パチパチと焚き火の音が静かに響き、乾いた山岳地帯特有の風が吹く。

彼女はなにも答えなかった。

というよりは、答えられなかった。


マルメ自身もなぜこんな紛争地域にいるのかわからなかったから。

ただ、漠然と何かを探していたような、そんな毎日だった。



彼女がその紛争地域に来てから2年がたとうとしていたある日のこと、マルメのいる部隊は山間の小さな町に攻勢をかけていた。

その町には追い込まれた敵勢力が数多く流入していたからだ。


ロケット弾やマシンガンの爆裂音が周りの山肌にこだまする。

これまでと比べても、かなり激しい戦闘だった。

大勢の負傷者を出しながらも、なんとかマルメたちは任務を完了させた。



静かになった町を安全確認のために見回っている時、とある倉庫に入った。

周りの建物と同じように爆発に巻き込まれた倉庫は一部が崩壊していた。


酒屋の倉庫だったのか、割れた瓶が散乱しているのを避けながら奥まで入ると「カサッ」と小さな物音。

瞬時にマルメは銃をそちらへ向ける。

以前同じようなシチュエーションで不意に飛び出してきた敵兵に撃たれて太ももを負傷した記憶がよぎる。



瞬きをせず目を見開いていると、物陰から出てきたのは屈強な兵士ではなく、綺麗なグレーの毛に包まれた猫、だった。


「え? この猫はあの轟音の中どこかへ逃げていくでもなくここでずっと隠れていたの?」


警戒心の強い猫という動物の性質を考えるとかなりの恐怖だったろうと想像できた。

が、その猫は怯えるどころかグルグルと喉を鳴らしながらマルメのマシンガンの銃身に頭を擦り付けた。


黒い鉄の塊に綺麗なグレーの毛が付く。

そして尻尾をピンと立てブルブルと震わせながら擦り寄ってくると、そのまま彼女の華奢な肩に飛び乗った。


マルメは思わず猫を両手で抱きかかえると、毛に覆われた額に自分の頬を押し当てた。

それから猫の目を見つめた。


「よく生きてたわね、本当によく、生きてた」

気付くと涙が流れていた。

とめどなくながれていた。


その涙は彼女の迷いなのか悲しみなのか疑問なのか不安なのか、名前のわからないなにかを全て洗い流すように、本当にとめどなく流れた。



「さぁ、今年もいよいよ各地で海開き、夏本番です!」

テレビの中で元気な天気キャスターが笑っている。そんな声をなんとなく聞きながら今日も彼女は好きな読書をしている。

その横には綺麗なグレーの毛に包まれた猫。


「マルメ、そろそろご飯にしようか^_^ 今日は鰹節ものっけてあげるからね」


2019年6月、彼女はごく普通の女、ショウコになっていた。

銃声に包まれていたあの日々が嘘のように。



今思っても自分が何故あの戦場に身を置いていたのか、何を求めて戦っていたのかわからない。

でも、あの嵐のような日々を経て、今、本を読む彼女の横に猫がいる、ただそれだけ。



第2話「徳井義実の『猫と女』-マルメとショウコ-」はいかがでしたか? 個人的には、前回とはひと味違うストーリーで読んでいてドキドキしてしまいました。

次回はどんな猫と女のストーリーが生まれるのでしょうか。Instagramのハッシュタグ「#徳井義実の猫と女」「#ペトこと猫部」を付けてくださった方の中から選ばれることもあるかも……?

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