犬の認知症|症状・原因・診断・チェック方法・治療法などを神経科担当獣医師が解説
人と同様、動物医療の進歩により犬たちも高齢化が進んでいます。急に夜鳴きをするようになったり、家族の呼びかけに反応が鈍くなったりするなどの症状が見られたら、認知症の始まりかもしれません。犬の認知症についての正しい知識と、認知症の犬たちと上手に付き合う方法について、犬猫の神経病を専門で診療する獣医師の柴田が解説します。
犬の認知症とは
物を正しく認識したり、記憶したり、判断したりする能力が障害され、著しく日常生活に支障をきたした状態を認知機能障害といいます。
犬の脳も年齢ともに変化するため、高齢になると少しずつ認知機能は衰えていきますが、加齢による生理的な脳の変化に留まらず、脳に病的な変化が生じて認知機能障害が起こったものが認知症です。
犬の認知機能障害はさまざまな原因で起こりますが、今回は人で一般的に見られるアルツハイマー病と類似した犬の認知症(認知機能不全症候群)について解説します。
認知症になりやすい犬種・年齢
多くは9歳齢以上の高齢犬で発症します。国内では11歳齢から発症し、13〜15歳齢で増加することが知られています。
日本では柴犬といった日本犬での発症が約80%を占めていますが、その他にも、ビーグル、ヨークシャーテリア、シーズー、マルチーズなど、さまざまな犬種で発生する可能性のある病気です。
参考:Practical Guide to Canine and Feline Neurology 3rd Edition 「Cognitive dysfunction syndrome」Wiley Blackwell
参考:参考:犬の神経病学 各論編 「認知機能不全症候群(痴呆症)」緑書房
犬の認知症の症状
- 注意力の欠如
- 無気力
- 無目的な徘徊
- 睡眠や起床のサイクルの障害
- 排泄の失敗
- 狭いスペースに入り込む
- 家族を認識できない
- 性格の変化
- 難聴
- 過剰に吠える
- 夜鳴き
このような症状は、老化の症状として見られることもあり、認知症かどうかの区別が難しいことも多いですが、生活に支障をきたすほど顕著に見られる場合は、認知症を疑います。
また、高齢の動物では「関節疾患」「神経疾患」「内分泌疾患」などを同時に患っていることもあり、他の病気による症状でないかを慎重に判断する必要があります。
犬の認知症の原因
認知症の犬では、神経細胞に「アミロイドβ」と呼ばれるタンパクが蓄積していることが知られています。
これは、人のアルツハイマー病の原因の一つであり、犬の認知症も人のアルツハイマー病と似た病気と推測されています。
神経細胞や血管にアミロイドβが沈着したり、ミエリンと呼ばれる神経の情報を早く伝えるケーブルの一部が障害されることが発症の引き金となっていると考えられます。
また、酸化ストレスにより産生される「活性酸素」や「フリーラジカル」が神経細胞にダメージを引き起こし、症状をより悪化させる原因となっています。
犬の認知症の検査・診断方法
Rofinaらの評価基準
診断には家庭での注意深い症状の観察が手助けとなります。前述の症状のように、認知症でよく見られる症状を分類して点数化し、どの程度認知症の疑いがあるかを評価する方法があります。
代表的なものとして、Rofinaらの評価基準を紹介します。点数がより高い方が認知症の疑いが強くなり、Fastらは、10点(痴呆スコア0)は正常、11〜15点(痴呆スコア1〜5)は予備群、16点以上(痴呆スコア5<)を認知症として研究を行っています。
参考:Rofina JE, et al. Cognitive disturbances in old dogs suffering from the canine counterpart of Alzheimer’s disease. Brain Res. 1069(3):216-226, 2006.
参考:Fast R, et al. An observational study with long-term follow-up of canine cognitive dysfunction: clinical characteristics, survival, and risk factors. J Vet Intern Med. 27(4): 822-829, 2013.
項目 | 点数 | |
---|---|---|
1 | 食欲 | |
正常 | 1 | |
減少 | 2 | |
下痢を伴う増加 | 3 | |
下痢を伴わない増加 | 4 | |
2 | 飲水 | |
正常 | 1 | |
多飲 | 3 | |
3 | 活動性失禁 | |
失禁なし | 1 | |
室内で排尿 | 2 | |
自宅で排尿・排便 | 3 | |
4 | 昼夜リズム | |
正常 | 1 | |
睡眠時間の増加 | 2 | |
日中に寝て、夜寝ない | 3 | |
5 | 無目的行動 | |
無目的行動はない | 1 | |
スター・ゲイジング(無目的に宙を見上げる) | 2 | |
常同歩行 | 3 | |
旋回 | 4 | |
6 | 活動性/交流 | |
正常 | 1 | |
減少 | 2 | |
環境や飼い主と交流しない | 4 | |
7 | 認知(知覚)の消失 | |
認知消失なし | 1 | |
家具にぶつかる | 2 | |
狭いところを通ろうとする | 5 | |
ドアの間違った方を通ろうとする | 5 | |
8 | 見当識障害 | |
見当識障害なし | 1 | |
新しい散歩道で見当識障害 | 2 | |
いつもの散歩道で見当識障害 | 4 | |
自宅でも見当識障害 | 5 | |
9 | 記憶 | |
正常 | 1 | |
馴染みのある人を認識しない | 2 | |
休日後に飼い主を認識しない | 4 | |
日常的に飼い主を認識していない | 5 | |
10 | 性格の変化 | |
変化なし | 1 | |
他の動物や子どもに対して攻撃的 | 3 | |
飼い主に対して攻撃的 | 4 | |
合計点 | ||
痴呆スコア:合計点ー正常合計点(10) |
このような評価法は、自宅でも簡単にできるため有用です。ただし、確定的な診断を下せるものではありません。
これまでの経過や画像検査、血液検査などを組み合わせ、他の病気がないかを調べた上で総合的な診断が必要となります。
MRI(画像検査)
認知機能障害を起こす可能性のある他の脳の病気との鑑別のために、MRIと呼ばれる画像検査が行うことがあります。認知症を発症している犬では「脳の萎縮」「脳室と呼ばれる脳の中の水たまりの拡大」「小さな脳梗塞」や「出血」などが見られることが知られていますが、通常は脳の中に大きな異常は認められません。
一方で、脳腫瘍など他の脳の病気では、MRI検査で脳の中に異常が見つかることが多く、認知症と区別されます。
犬の認知症の治療方法
今のところ、認知症を完治させる特効薬は残念ながらありません。
認知症の治療は「行動治療」「食事療法」「薬物療法」の3つの手法があります。これらの治療を組み合わせて、可能な限り進行を遅らせ、家族と動物の生活の質を保つことが一番の目標となります。
特に動物とその家族にとって「異常な興奮」「夜鳴き」「徘徊」などは、一緒に生活するなかで大きな問題となります。
なるべく動物を落ち着かせ、不安を取り除き、夜眠れるようにすることでお互いのストレスを軽減することにもつながります。
薬物療法については、神経の伝達を強化するドーパミンやアセチルコリンの濃度を高める薬が使われることがあります。
夜鳴きや徘徊などが日常生活に問題となる場合は、鎮静薬や抗うつ薬を使うこともあります。どの薬を使用するかは、症状や動物の状態によって異なるため、主治医と相談することをお勧めします。
また、高齢犬では認知症以外の「関節疾患」「循環器疾患」「内分泌疾患」などを同時に患っていることが多いため、これらのケアも併せて行うことで症状が軽減できることがあります。
家庭でできる犬の認知症ケア
家庭での行動治療を行うことは、動物の不安を取り除き、ストレスを和らげ、症状を少しでも緩和するためにも重要な要素となります。
不必要な叱責はしない
過剰な夜鳴きや徘徊、排泄の失敗など、どうしても動物を叱りたくなるかもしれません。しかし、動物は意図的に行っているわけではなく、不必要な叱責は、動物にとってストレスを増やす原因となります。家具やトイレの位置を変更しない
物の場所を認識する能力が低下しているため、なるべく家具の位置やトイレの場所などは変更せずに動物がこれまで通りの生活ができるように配慮が必要です。適度に遊ばせる
散歩や外で適度に遊ばせることも脳への刺激となり、症状の進行を遅らせることにつながります。飼い主自身のケアも忘れない
老人の介護と同様に、度重なる問題行動は介護する家族にとっても心身的な負担となることが少なくありません。夜鳴きによる近所迷惑に頭を悩ませるケースも多く遭遇します。そのような時は、積極的にかかりつけの獣医師に相談することをお勧めします。
行動治療の他に、前述の薬物療法を必要に応じて組合わせることで症状をうまくコントロールできることもあります。
相談するだけでも気持ちが楽になるかもしれません。すべて1人で介護しようとせずに、疲れ切る前に、近所の動物病院やペットシッターに預けるなどして、たまには手を抜くことも上手に認知症の動物と付き合っていく上で非常に大事です。
犬が認知症になった場合の安楽死について
犬の認知症は長期的な介護が必要となり、家族にとっても動物にとっても心身の負担となることがあります。家族が疲弊し、日常生活自体に支障をきたすことも少なくありません。
動物が家族をまったく認知できなくなり、しっかりとした栄養も取れず、寝たきり状態で床ずれができ、衛生的に管理ができないといった場合は、とても悲しいですが、安楽死について考える時期かもしれません。
最期まで責任を持って介護を全うしたいという思いも大切ですが、動物や家族にとってさらなる苦痛を避ける選択肢も時には必要です。
犬の認知症は犬だけでなく飼い主自身のケアも大切
認知症は高齢犬で問題となることの多い病気であり、完治が難しい病気です。
病気について理解し、正しく動物と接することで、家族と動物にとってより良い時間を築くことができます。
参考文献
- Practical Guide to Canine and Feline Neurology 3rd Edition 「Cognitive dysfunction syndrome」Wiley Blackwell
- 犬の神経病学 各論編 「認知機能不全症候群(痴呆症)」緑書房
- Rofina JE, et al. Cognitive disturbances in old dogs suffering from the canine counterpart of Alzheimer’s disease. Brain Res. 1069(3):216-226, 2006.
- Fast R, et al. An observational study with long-term follow-up of canine cognitive dysfunction: clinical characteristics, survival, and risk factors. J Vet Intern Med. 27(4): 822-829, 2013.