犬のケンネルコフ(伝染性気管気管支炎)|原因・症状・かかりやすい犬種や年齢・治療法を感染症担当獣医師が解説
飼い主さんから、「犬も咳をするの?」と質問されることがあります。犬が咳をしたとしても、「喉に毛か何かが引っ掛かっているのでは?」と思って咳とは気付かないこともあるようです。犬の咳の原因の一つに、「ケンネルコフ」という感染症があります。飼い犬が、この病気にかかって咳をしている犬からインフルエンザのように感染するかもしれません。しかし、発症しても早期診断し、きちんと治療をすれば、ほとんどの場合は治る病気です。予防用のワクチンも販売されており、予防することも可能です。今回は、「ケンネルコフ」という感染症について、野坂獣医科院長の野坂が解説します。
犬のケンネルコフ(伝染性気管気管支炎)とは
ケンネル(kennel)は英語で「犬の預かり所」という意味を持ち、コフ(cough)は「発咳」の意味を持ちます。ケンネルコフは「犬伝染性気管気管支炎」、または「犬舎病」とも呼ばれ、咳が出る呼吸器の感染症です。
多数の犬同士が接触した後に起こる犬の一過性の上気道炎を示す伝染性疾患の症候群で、細菌やウイルス、マイコプラズマなどの病原体による飛沫感染や接触感染によって、単独あるいは混合感染します。肺炎を伴わない発咳を主とする症状を示し、通常、症状は軽度であり、ほぼ1週間で回復します。
ケンネルコフにかかりやすい犬種・年代
犬種による差はありません。室内で飼育している場合、自然発生はまれですが、発症している犬との直接、または間接的な接触により感染する可能性があります。全ての時期で発生する可能性がありますが、特に注意が必要な時期は、老犬やワクチンによる免疫を獲得していない幼犬期です。
多頭飼育や不衛生な環境下に飼育される犬に発生が多く、これらの場合も注意が必要です。また、気管虚脱などの呼吸器疾患を持っている犬や免疫を持たない犬では、症状が急激に悪化することがあるので注意が必要です。
犬のケンネルコフと診断することは容易ではない
ケンネルコフの原因となる病原体は以下の通りです。これらの病原体が、単独あるいは混合感染することが原因で起こります。ウイルス
- 犬パラインフルエンザウイルス
- 犬アデノウイルス2型
- 犬ヘルペスウイルス
- レオウイルス
- 犬呼吸器コロナウイルス
- 犬ジステンパーウイルスなど
ウイルス以外の病原体
- 気管支敗血症菌(ボルデテラ・ブロンキセプチカ)、パスツレラ菌、レンサ球菌などの細菌
- マイコプラズマ
犬のケンネルコフの症状
ケンネルコフの主な症状は咳です。呼吸器系に限られ、特徴的な短い乾燥した咳をします。潜伏期間は5〜7日間で、感染直後は無症状です。一日中、咳をしているわけではないので、「病気ではない」と思う飼い主さんもたまにいます。
感染症の原因が単独の場合は軽症ですが、混合感染の場合は重症になります。軽症の場合は、発咳が認められ、その他の症状もなく、治癒へ向かいます。重症の場合は眼脂や鼻汁がみられ、発熱、食欲不振、元気消失などの全身症状を示します。さらに病気が進行すると、二次的に肺炎を起こして死亡することもあります。また、無気肺などの症状が残る場合もあります。
犬のケンネルコフの発生状況
ケンネルコフは、接触感染や飛沫感染などにより、罹患犬から直接的に感染します。また、汚染水や感染犬と接触したヒトの手などを介して、間接的に感染します。集団で犬が生活する環境下では、1匹が感染すると他の犬に次々と伝染する可能性があります。ドッグランなどの犬が集まる場所では、ワクチン接種済み証明書の提示が必要なところもありますが、ワクチンは完璧なものではなく、ワクチン接種を受けた場合でも病原体に感染する可能性があります。
国内の発生状況
国内でも発生が認められており、初めて発生報告がされたのは1985年です。約150匹を飼育するブリーダーで発生したことから、ペットショップやブリーダーで飼育されている子犬は注意が必要と考えられます。犬の出入りが頻繁なペットホテルやペットの美容室で発生することも知られており、これらも注意が必要です。国内では犬呼吸器感染症の病原学的検査が2004年から2007年にかけて行なわれています。その調査の結果、呼吸器病を患っている犬119匹のうち、63匹(52.9%)から病原体が検出されました。最も多く検出されたのは気管支敗血症菌28匹(23.5%)で、次に犬呼吸器コロナウイルス19匹(16.0%)、犬パラインフルエンザウイルス18匹(15.1%)、犬ジステンパーウイルス11匹(9.2%)、アデノウイルス2型が4匹(3.4%)という結果でした。
犬のケンネルコフの検査・診断方法
診断するためには、病犬の体から原因となる病原体そのものや病原体の一部を捕まえ、検査を行ないます。検査は、動物病院内で診断キットを使って短時間で診断できる場合もありますが、多くの場合は動物病院とは別の実験室で病原体を特定するため、培養や検査をするために時間がかかります。
複数の病原体を特定することは、さらに時間がかかります。そのため動物病院では病原体の特定を行ないながら、犬の年齢、ワクチン接種歴、飼育環境や過去の病犬との接触歴、臨床症状などから診断を行なうことがあります。診断する場合、胸部のレントゲン検査や血液検査などを行います。
犬のケンネルコフの治療法
一つの病原体が感染した場合は数週間で回復に向かいますが、二次感染がある場合には治癒が遅くなり、重症化することもあることを考慮しながら、治療を行ないます。原因がウイルスの場合には、ウイルスに有効な薬が無いので対症療法となります。抗菌薬の投与の他に、去痰薬や気管支拡張薬、抗炎症薬、鎮咳薬などを選択します。これらの薬は経口的に投与されるのが一般的ですが、呼吸器から吸入するための器械(ネブライザー)を使用し、薬剤を霧状にして投与する方法もあります。
安静にし、十分な栄養を与えながら、治療に適した環境下において積極的な治療を行なえば予後は良好となります。しかし、治療開始後すべての発咳が短期間で消失するわけではないことも十分に理解し、根気良く治療をする必要があります。犬舎の清掃や消毒も必要です。
治療費は検査数、治療薬の数、治療期間によって左右します。
犬のケンネルコフの予防法
国内では、犬パラインフルエンザウイルス、犬アデノウイルス2型、犬ジステンパーウイルスを含む注射投与型の多種混合ワクチンが市販されています。気管支敗血症菌(Bordetella bronchiseptica、ボルデテラ・ブロンキセプティカ)は、細菌の一種で、犬、猫、モルモット、ウサギ、豚などの動物に広く分布しており、外国ではヒトへの感染事例が報告されています。この菌が他のウイルスと混合感染することによって臨床症状が重篤化することも知られており、犬への予防は必要と考えられています。
気管支敗血症菌(ボルデテラ・ブロンキセプチカ)のワクチンは鼻粘膜投与型のものが販売されています。しかし、注射投与型ワクチンは国内では市販されていません。鼻粘膜投与型のワクチンは、犬パラインフルエンザウイルスと犬アデノウイルス2型を含めた3種混合ワクチンになります。
どのワクチンを使用したらよいかの判断する際には、動物病院の獣医師にも相談することをお勧めいたします。
環境整備
高温多湿や冷温乾燥、過剰なストレスを避け、衛生的な住環境で生活させましょう。冬場はウイルスが活性化しやすいため、保温・保湿を心がけてください。愛犬の体調が悪い日には犬の多く集まる場所への出入りを控え、散歩中に咳をしている犬との接触を避けるようにしましょう。対処法
発症した場合には、消毒を行なうなどの清潔な環境へ犬を移動させ、十分な換気を行ないます。さらに、多頭飼育の場合は病犬と健康犬の隔離を行ないます。犬のケンネルコフは咳が続く場合は動物病院へ
ケンネルコフは感染症であり、ウイルスや細菌などの病原体が感染することによって、発症します。ヒトのインフルエンザの感染と同じで、ドッグランや、ドッグショー、トリミングサロンなどの犬が集まる場所にケンネルコフを発症し、さらに咳をしている病犬がいれば、空気感染することがあります。それだけではなく、病犬を触ったヒトの手などからも感染する可能性があります。集団感染することから、多頭飼育している犬だけの病気と考えがちですが、1頭飼いの犬でも、外出したり、病犬と接触したヒトによって感染する可能性はあります。
この病気を理解していれば、外出後に犬が咳をした場合、動物病院へ早く行くことができ、そして早期診断につながるかもしれません。この病気だけでなく、その他の犬の感染症もよく理解し、飼い犬が病気にならないように予防できる病気は予防していきましょう。
引用文献
- Angusら,Microbiological study of transtracheal aspirates from dogs with suspected lower respiratory tract disease : 264 cases,J Am Vet Med Assoc,210,55-58(1997)
- Appeal,Distemper pathogenesis in dogs,J Am Vet Med Assoc,156,1681-1684(1970)
- Azetakaら,Kennel Cough Complex,Confirmation and Analysis of the Outbreak in Japan,Jpn J Vet Sci,50,851-858(1988)
- Bemisら,Naturally occurring respiratory disease in a kennel caused by Bordetella bronchiseptica.,The Cornell Veterinarian. 67 (2): 282–293(1977)
- Bemisら,Bacteriological variation among Bordetella bronchiseptica isolates from dogs and other species,J Clin Microbiol,5(4):471-480(1977)
- Binnら,Recovery of reovirus type 2 from an immature dog with respiratory tract disease,Am J Vet Res,38,927-929(1977)
- Buonavogliaら,Canine respiratory viruses,Vet Res,38,355-373(2007)
- Chalkerら,Mycoplasmas associated with canine infectious respiratory disease,Microbiology,150,3491-3497(2004)
- Chalkerら,The association of Streptococcus equi subsp. zooepidemicus with canine infectious respiratory disease,Vet Microbiol,95,149-156(2003)
- Crawfoldら,Transmission of equine influenza virus to dogs,Science,310,482-485(2005)
- Erlesら,Longitudinal Study of Viruses Associated with Canine Infectious Respiratory Disease,J Clin Microbiol,42,4524-4529(2004)
- Erlesら,Detection of a group 2 coronavirus in dogs with canine infectious respiratory disease,Virology 310,216-223(2003)
- Ettingerら,Textbook of Veterinary Internal Medicine (4th ed.). W.B. Saunders Company(1995)
- Greene,Infectious Diseases in Dogs and Cats (third ed.). St Louis,(2006)
- 望月ら,Etiologic Study of Upper Respiratory Infections of Household Dogs,J. vet. med. sci,70(6),563-569(2008)
- 小川ら,犬と猫の治療ガイド2015 私はこうしている,962-965(2015)
- Schulzら,Detection of Respiratory Viruses and Bordetella Bronchiseptica in Dogs with Acute Respiratory Tract Infections. The Veterinary Journal. 201: 365–369(2014)
- 勢籏ら,国内における犬呼吸器感染症の病原学的調査,Journal of the Japan Veterinary Medical Association,63(7),538-542(2010)
- Somaら,Prevalence of antibodies to canine respiratory coronavirus in some dog populations in Japan,Vet Rec,163,368-369(2008)
- Takamuraら,Isolation and properties of adenovirus from canine respiratory tract,Jpn J Vet Sci,42,265-270(1982)
- Wrightら,Bordetella bronchiseptica : a re-assessment of its role in canine respiratory disease,Vet Rec,93,486-487(1973)
- Yachiら,Survey of dogs in Japan for group 2 canine coronavirus infection,J Clin Microbiol,44,2615-2618(2006)