犬の心臓病|初期〜末期症状・原因などについて循環器認定医獣医師が解説

犬の心臓病|初期〜末期症状・原因などについて循環器認定医獣医師が解説

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犬の寿命は医療・食事・環境などから、ここ数年で飛躍的に伸び続けていますが、寿命が延びたことによって老齢に伴う病気も増えています。その中でもガンや心臓病は死亡原因でも上位を占め、今後さらなる寿命延長の鍵を握っている病気と言えるでしょう。心臓病は老齢以外に幼犬などにも存在し、病態もさまざまです。無治療で進行すると寿命延長どころか突然死につながるため、正しい知識が必要です。今回は心臓病とはどのような疾患なのか、獣医循環器認定医の佐藤が解説します。

犬の心臓病とは

心臓病とは、循環器疾患に含まれる心臓疾患の総称で、「心疾患」とも呼ばれます。人の心臓病に多い虚血性心疾患(心筋梗塞など)は、犬にはほとんど見られませんが、その他の心臓病は存在します。犬の代表的な心臓病として、以下が挙げられます。
  • 先天性心疾患
  • 不整脈
  • 弁膜疾患
  • 心筋症
  • 感染性心内膜炎
  • フィラリア症
  • 心臓腫瘍

犬の心臓病の症状

心臓病の症状は原因や病態によって症状の発現が異なり、一つの症状だけとも限りません。呼吸器疾患と似通った症状であるだけに、「この症状が出たら心臓病だ」と言い切れない症状ばかりです。ただ、見た目的にわかりやすい症状もいくつかありますので、以下の症状が見られた場合は、すぐに動物病院を受診した方が良いでしょう。

咳(発咳)

犬の咳は、「コホン、コホン」や「カッ、カッ、カーッ」、さらには「ゴホッ、ゴホッ」など、明らかに咳とわかるような症状で、えずくような動作とも言えます。軽度の場合は、興奮時もしくは水を飲んだ後などに出ます。進行していくと安静時にも咳が多くなり、止まらなくなります。

頻呼吸

頻呼吸の定義は異常に早い呼吸とされ、通常は安静時・睡眠時の呼吸数が25回/分とされていますが(※2)、30回/分を超えることで異常な呼吸となります(※3)。人が走った後のような呼吸です。

呼吸困難

呼吸に伴う不快な感覚の総称とされています(※4)。症状としては、口を開けて呼吸が乱れ、ウロウロして落ち着かない様子が見られます。頻呼吸もその一つであり、異常な呼吸状態を表します。

チアノーゼ(※5)

通常ピンク色である可視粘膜が青紫色から赤紫色になっている状態で、酸素と結合していないヘモグロビンの増加やヘモグロビン自体の減少によって起こるとされています。特に粘膜として見やすいのは舌です。
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ピンク色で正常な舌(左)と、チアノーゼで紫色になった舌

運動不耐性

運動を嫌がり、運動能力も低下している状態です。非常に疲れやすい状態(易疲労性)も現れます。具体的には以下のような症状が挙げられます。
  • 散歩に行きたがらない。
  • 散歩に行くとすぐに呼吸が乱れて歩かなくなる。
  • 散歩に行くとすぐに座り込んでしまう。
  • 寝ていることが多く、活動的でなくなる。
しかし、これらは心臓病だけに限った症状ではありませんので、診断が必要です。

失神

失神とは、一過性に脳への血流が減少することで起こる意識の喪失を言います。症状としては、「元気に走っていたと思ったらその後に倒れてしまう」「咳をした後に急にぐったりと倒れ込んでしまう」などがあります。これらも心臓病だけに限った症状ではありません。ぐったりと倒れ込んでしまう「虚脱」との区別はつきづらいです。

腹囲膨満や浮腫(腹水、胸水、皮下浮腫)

腹囲膨満とは、心臓病などが原因で腹腔内に水が溜まってしまう状態を指します。浮腫とは、細胞外液の鬱滞(うったい)と言われ、足や腹部などが腫れる状態です。腹囲膨満や浮腫、そして腹水、胸水など水が溜まる状態は心臓病で多く見られます。これも心臓病に限った症状ではありません。

初期に見られる症状

実は犬の心臓病の症状は、心臓を左右に分けた状態で考え、左心に異常がある場合と右心に異常がある場合で症状の出方が違うという特徴があります。 左心に異常がある場合、最初に起こり得る可能性が高い症状は、咳です。咳とともに呼吸困難も起こる可能性があります。右心に異常がある場合は、ほとんど初期症状がありません。進行すると失神、腹水の症状が見られるようになります。

末期に見られる症状

末期症状になると全ての症状が出る可能性があります。心臓病が進行し、二次的に合併症が起こる可能性が高いためです。

犬の心臓病の症状によく似た疾患

犬の心臓病の症状は、ほかの疾患でも出てもおかしくない症状ばかりです。そればかりか、心臓病に限った症状というのが一つもりません。症状ごとに、心臓病の症状によく似た疾患を説明します。

呼吸器系疾患(気管虚脱、気管支炎、肺炎など)や呼吸器に腫瘍などができた場合によっても起こります。

呼吸困難

呼吸器疾患(他の原因による胸水など)、呼吸器での腫瘍性疾患、中毒、出血、疼痛、熱中症、貧血などの病気から、興奮による生理的現象でもみられます。

チアノーゼ

興奮などの生理現象から、呼吸器疾患、寒冷、血栓塞栓症でみられます。

運動不耐性

貧血、全身性疾患(感染症などの全身に影響をおよぼす疾患)、代謝性疾患(糖尿病など部質の代謝の障害が起こる疾患)、薬物中毒、重度の呼吸器疾患で起こります。

失神や虚脱

咳による神経調節性失神、失血、外傷、火傷、重度の伝染病、中毒などです。失神とけいれんは見た目的には似ているとこもあり、飼い主さんが判断しにくいところではあります。てんかんによるけいれんもあります。

腹囲膨満

腹水が心臓病以外の原因で発生した場合、腫瘍、副腎皮質機能亢進症(肝臓腫大)、胃拡張・捻転症候群、子宮蓄膿症、膀胱内の尿貯留などが考えられます。生理現象では、肥満、妊娠、食べ過ぎなどがあります。

浮腫

ネフローゼ症候群などの腎臓疾患、肝硬変などの肝臓疾患でよく見られます。

以上の症状が見られた場合は、どの疾患が存在するのか確定診断が必要です。心臓病の場合は突然死のリスクを伴いますので、早期に診断を進めるべきです。

犬の心臓病の原因

心臓病の原因として、以下の疾患などが考えられます。

先天性心疾患

生まれつき心臓に異常がある場合に先天性心疾患と言いますが、異常のあり方はいくつか存在します。

心室流出路障害

心臓から出る血液が、心臓内や心臓から出た血管の一部分で細く(狭窄)なっていることにより、血液が先に進みづらく心臓に負担がかかる疾患です。主に、大動脈弁狭窄症や肺動脈弁狭窄症があります。

短絡性疾患

名前の通り、短絡してはいけない部分が開通していることで血液がよからぬ方向に向かってしまう疾患です。例えば、大動脈から肺動脈への血管(動脈管)は胎児の時には開通しているものの、生後は閉鎖されるはずですが開通したままになってしまう動脈管開存症があります。そのほか代表的なものとして、心室中隔欠損症や心房中隔欠損症が挙げられます。

チアノーゼ性心疾患

大動脈(酸素が多い血液)に静脈血(酸素が少ない血液)が混ざることで低酸素血症になる疾患です。代表的な疾患としては、ファロー四徴(しちょう)症が挙げられます。心臓の心室の間が開口している心室中隔欠損、肺動脈狭窄、大動脈の偏移、右室肥大が起こっている状態で、酸素が多い血液と少ない血液が入り混じり、大動脈へ流れてしまう疾患です。そのほかには、アイゼンメンジャー症候群、完全大血管転位症、両大血管右室起始症、総動脈幹遺残症があります。

異形成など

異形成とは、僧帽弁や三尖弁の形態異常であり、その結果として血液の逆流や狭窄が生じる疾患で、房室弁異形成と呼ばれます。そのほかエプスタイン奇形や三心房心があります。

先天性疾患についてはさまざまな文献が存在しますが、発生率という意味ではこの表をご覧ください
カリフォルニア大学(デービス)の獣医学教育病院での先天性心奇形の発生率 (1986年10月1日〜1996年10月1日)
先天性心疾患 症例数(犬) 割合
大動脈弁下狭窄 288 31%
動脈管開存症 215 23%
肺動脈弁狭窄 181 19%
心室中隔欠損 79 8%
ファロー四徴症 19 2%
心房中隔欠損 14 1.5%
僧帽弁低形成 58 6%
三尖弁低形成 62 6%
僧帽弁狭窄 12 1%
合計 928 97.5%

不整脈

心電図は心臓の電気的な活動を記録したものであり、波形やリズムはある一定を維持します。しかし、心臓に異常があると心電図上で波形やリズムに異変が見られます。それを、不整脈と言います。不整脈を大きく分類すると、興奮伝導異常、刺激生成異常、その二つの組み合わせによって生じます。
  1. 興奮伝導異常
  2. 心臓は刺激伝導を受けて拍動しますが、その刺激伝導の流れの中で異常が起こる不整脈を興奮伝導異常と呼びます。刺激伝導系は、心臓の洞房結節(どうぼうけっせつ)で始まり、房室結節、ヒス束(そく)、右脚、左脚、プルキンエ線維から成り立っています。
    刺激伝導系
    心電図検査でわかる不整脈の検査所見としては主に、洞徐脈、洞頻脈、洞房ブロック、房室ブロック、右脚ブロック、左脚ブロックなどがあります。
  3. 洞刺激生成異常
  4. 洞房結節から刺激が生成されず、正常な拍動を行えないことを洞刺激生成異常と呼びます。原因としては、心臓病に成因したものと、心臓外因子による障害の二つに別れます。主に、洞徐脈、洞頻脈、洞不整脈、洞停止、洞機能不全症候群、心房細動、心房粗動などがあります。
  5. 異所性刺激生成異常
  6. 洞房結節以外からの刺激生成が起こった場合に、異所性と呼ばれます。原因としては、電解質異常、虚血、炎症、薬物投与などが疑われます。主に、期外収縮、上室頻拍、心室頻拍、心室細動などがあります。

弁膜疾患

心臓病と言われる代表的な疾患が弁膜疾患に含まれる僧帽弁閉鎖不全症です。その要因として僧帽弁閉鎖不全は、犬で最も多く見られることが知られています。僧帽弁が加齢により弁の粘液腫様変性を起こす形態学的変化が主な原因ですが、そのほかにも、感染性心内膜炎、心疾患に伴う弁輪の拡大、乳頭筋の機能不全が挙げられます。そのほかにも、僧帽弁閉鎖不全症、呼吸器疾患、そのほかの要因により三尖弁の異常をきたすこともあります。

心筋症

犬で起こりやすい心筋症は拡張型心筋症と言われています。しかし、そのほかの肥大型心筋症、拘束型心筋症、分類不能型心筋症が起きないわけではありませんが、ごく稀です。 拡張型心筋症とは、心臓の収縮機能障害、拡張機能障害が原因で心室が拡張し血液が停滞するうっ血性心不全を起こします。要は、心臓が必要とするポンプの役目を果たすことができないと言えます。主に、大型犬で起こります。

感染性心内膜炎

細菌、真菌、非感染性により心内膜組織が炎症に侵される状態を言います。細菌による菌血症が主な病因と言われていますが、明らかではありません。心臓そのものが何かしらの要因で機能不全に陥る二次的な状態と言えます。

フィラリア症

犬糸状虫症とも言われ、蚊が媒介する寄生虫が心臓に大量寄生し、血液の循環不全を起こすことで死に至らしめる怖い感染症です。肺動脈に主に寄生することがわかっており、右心不全を起こすとともに、死骸などが肺で詰まり、肺の機能障害も生じると言われています。

心臓腫瘍

心臓に腫瘍ができることは比較的まれですが、寿命が伸びてきたことで今後はさらに増える可能性が示唆されています。心臓腫瘍の中ではガンである血管肉腫が一番多いとされています。腫瘍がどこにできるかによっても病態は変わる傾向がありますが、心臓の機能低下、血液の循環不全を起こすことでうっ血性心不全をていします。

心タンポナーデ

心臓は心膜という膜に包まれているのですが、心タンポナーデとは、その膜内に何かしらの原因で水がたまり、水が溜まりすぎることで心臓の機能低下を起こす疾患です。原因不明の特発性と、腫瘍性に分けられます。

犬の心臓病もいろいろ。正しい知識でケアを

心臓病といってもさまざまな疾患が存在します。ただ、心臓が正常な動きをせずに全身に悪影響を与えるという意味では同じかもしれません。大事なことは、愛犬がどの心臓病にかかり、どのような治療が必要なのかを把握する必要性があるということです。心臓病といっても病態によっては、症状が違ったり、予防が違うこともありますので、正しい知識を持ってケアしてあげてください。

参考文献

※2:Rishniw M, et al. Res Vet Sci 2012;93:965-969.
※3:Dan G. Ohad, et al. JAVMA 2013;243(6):839-843.
※4:the american thoracic Society 1999
※5:Lee JA, Drobatz KJ, 'Respiratory Disttess and Cyanosis in Dogs'. Textbook of Respiratory Disease in Dogs and Cats, (King LG ed.), St.Louis, Saunders, 2004, pp.1-11.