避妊去勢手術で性格が変わる? 攻撃性の変化を調査した海外論文を獣医師が解説

避妊去勢手術で性格が変わる? 攻撃性の変化を調査した海外論文を獣医師が解説

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愛犬の繁殖を考えていない飼い主さんの多くは、愛犬に避妊手術・去勢手術をしていると思います。それらの手術が推奨される理由としては、「望まない出生を防ぐため」「生殖器系の病気や一部の腫瘍発生の抑制」といったものが一般的ですが、飼い主さんによっては「攻撃的な性格を改善するため」という理由で実施する場合もあるようです。しかし、最近アメリカで「避妊手術・去勢手術は性格の改善には有効ではない」という論文が発表されました。その内容について、獣医師の福地が解説します。


避妊手術・去勢手術は犬の性格に影響を及ぼす?

2匹のトイプードル

飼い犬の攻撃的な行動は飼い主が犬を手放す一つの要因になっています。避妊手術・去勢手術は、犬の問題行動や他の犬に対する攻撃行動を抑制するために獣医師団体や動物福祉・保護団体も推奨している方法です。ニューヨーク市立大学のParvene Farhoodyらは、避妊手術や去勢手術が病気の予防のほかに、犬の攻撃性を改善させるのかという点について調査を行いました。

その結果、「避妊手術・去勢手術に犬の性格を丸くする効果はない」という結論に達したのです。逆に7〜12カ月齢で避妊手術・去勢手術を受けた犬は、「見知らぬ人への攻撃的な態度をとる確率が高い」ということも明らかになったのですが、この時期はもともと見知らぬ人への恐怖反応を起こしやすい時期であり(人間のイヤイヤ期のようなものをイメージしていただくとわかりやすいでしょうか)、「避妊手術や去勢手術が原因とは言い切れない」とParvene Farhoodyらは考察しています。


調査方法

今回の調査は1万5370件のアンケート調査をもとに、「生後6週間未満で避妊手術・去勢手術を実施した犬」や「不適切な回答」を除外した1万3498件を有効回答として統計学的な手法を用いて評価を実施しました。避妊手術・去勢手術をした犬のデータは、実施時点をもとに以下の月齢に分けて評価しました。

  • 6週齢〜6カ月以下(子犬期)
  • 7〜12カ月(少年期)
  • 13〜18カ月(青年期)
  • 18カ月以上(成年)

攻撃性は以下の3パターンに分けて分析しました。

  • 親しい人への攻撃性
  • 見知らぬ人への攻撃性
  • 他の犬への攻撃性

調査の結果は以下の通りです。いずれの月齢でも、「攻撃性を抑える効果はある」と結論付ける特異性は確認されませんでした。

  • 親しい人への攻撃性は1万3795件(89.7%)
  • 見知らぬ人への攻撃性は1万3498件(87.8%)
  • 他の犬への攻撃性は1万3237件(86.1%)

なお、今回の調査で用いられた犬の行動評価研究アンケート(Canine Behavioral Assessment Research Questionnaire)は犬の行動を評価するためにペンシルバニア大学で開発された質問形式の評価方法で、犬の行動を評価する研究で広く用いられ、介護犬の選抜やトレーニングや繁殖にも役立てられています。さまざまな用途に使われるため、この質問票に登録されている犬の件数は膨大で、去勢・避妊手術による性格変化の影響を分析しやすいことから今回の調査に採用されました。

咬傷事故の原因は犬の性格ではなく飼い方?

嫌がる犬

今回の調査では「避妊手術・去勢手術に攻撃性を抑える効果はみられない」とされましたが、犬の性格には犬種や飼育環境、その犬本来の性格などさまざまな要素が関係しているため、もともと避妊手術や去勢手術が犬の性格に及ぼす影響が大きいとは考えられていません。今回は犬種による影響は調べられませんでしたが、筆者らは避妊手術・去勢手術による行動の変化について、犬種による影響もあるのか今後の課題としたいと述べています。

また、去勢手術されていない雄犬のほうが避妊手術・去勢手術された犬よりも咬むことが多いという報告もありますが、Patronekらは犬の咬傷による死亡者の80%は最低でも以下の4つの要因があったと報告しています。

  • 家庭犬としては人間との関わりが少なかった。
  • 飼い主が以前に誤った方法で管理していた。あるいはネグレクトを含む虐待をしていた。
  • 被害者は犬との関わりがほとんどないか全くない。
  • 犠牲者は適切に犬と接することができず、飼い主を含め攻撃中の犬に介入できる人物がいなかった。

これらの要因を考えると、犬の攻撃性は去勢手術や避妊手術の有無よりも、飼い主の犬に対する態度や行動に関係があると考えられます。

避妊手術・去勢手術は病気予防に有効

一方で、避妊手術・去勢手術は病気の予防という観点でみると十分に実施する価値があります。例えば犬の乳腺腫瘍はすべての腫瘍の中で50%ほどを占める多い病気ですが、避妊手術を初めての発情前に行えば発生率は0.5%に抑えられます。しかし初めての発情から2回目の発情の間に行えば8%、2回目以降は26%と避妊手術が遅れるほど発生率が上がっていきます。

雌犬は子宮蓄膿症を予防することもできますし、雄犬であれば高齢になって罹患しやすい前立腺肥大を予防することもできます。もちろん避妊手術・去勢手術は麻酔を用いた外科手術ですのでリスクもありますが、獣医療の発達により高齢化するワンちゃんが多い中、将来的な病気の予防を考えれば利点の方が大きいと言えるでしょう。

調査概要