猫のトリコモナス症|症状・薬の副作用の有無・治療法・予防法を獣医師が解説
人にもトリコモナスという病気がありますが、猫にもトリコモナスによる病気があるのをご存じでしょうか? 子猫に下痢や血便といった症状を引き起こすのですが、成猫では無症状のまま、感染していることがあります。そのため、猫の飼い主さんでも、あまり聞いたことのない病気かもしれません。人にうつるのか、また猫のトリコモナス症の検査方法や、治療薬とその副作用、予防法について、野坂獣医科院長獣医師の野坂昭文が解説します。
猫のトリコモナスとは
トリコモナスは、豚の消化管に寄生する原虫として報告されましたが、豚に対して病原性が低い原虫であったため、あまり話題になりませんでした。しかし、牛では流産や不妊などの繁殖障害を起こすことが古くから知られており、家畜伝染病予防法における届出伝染病(発生したら国に届出する病気)として監視されている重要な疾病です。
この寄生虫の猫遺伝子型は猫に寄生し、豚遺伝子型は豚に寄生し、牛遺伝子型は牛に寄生します。牛遺伝子型は世界的に恐れられている病気ですが、最近、国内での報告はされていません。豚遺伝子型は国内でも認められています。
猫のトリコモナス症とは
猫のトリコモナス症は、「トリトリコモナス スイス」(Ttritrichomonas suis (=トリトリコモナス フィータス:T.foetus))という種類の栄養型が腸管に寄生し、主に子猫で慢性の大腸性下痢を引き起こす疾病です。成猫では、感染していても無症状のことが多いです。この寄生虫は、すべての年齢の猫から見つかりますが、1才以下の子猫で多く見つかります。猫のトリコモナス症は、1996年以降に欧米で発見されました。あまり耳にしない病気かもしれませんが、病原体は世界中に分布しているとされており、保有率は10%から31%とされています。国内の調査結果は感染率が8.8%でした。
猫トリコモナス症の主な症状
子猫が発症すると、下痢や軟便、排便回数の増加、粘液や鮮血を含む血便がみられたりします。完治とまでは言えないですが病状が治まったり、症状がみられたり、治りかけたりするのを繰り返します。積極的に治療をするほど、食欲が落ちたり、体重が減少することが少ないので、猫の飼い主さんでも聞いたことがない病気なのかもしれません。
猫のトリコモナス症の感染について
猫のトリコモナスは、糞便とともに排泄され、通常の環境下でも数日間生存することが可能です。このときに経口感染する方法が主な感染経路です。猫や豚、牛に寄生するトリトリコモナス スイスは、人に感染しません。人の生殖器に寄生するのは、「膣トリコモナス」(チツホネマクムシ:Trichomonas vaginalis)という種類のものです。たまに、トリコモナスをひとまとめにしてしまい、「トリコモナスは多くの哺乳類に感染する」と記載されていることがありますが、猫のトリコモナスは人に感染しません。
多頭飼育の場合
子猫がこの寄生虫に感染した場合は症状を示しますが、成猫が感染した場合は症状を示さずに寄生虫を糞便中に排泄することがあります。そのため、多頭飼育している猫の中に、この寄生虫に感染している猫がいる可能性があり、子猫がいる場合には、完全隔離をおすすめします。完全隔離が難しい場合は、できるだけ子猫を個々に分けたり、糞便掃除をこまめに行ったりすることで、感染の予防対策を行う必要があります。
猫のトリコモナス症の検査・診断方法
通常は糞便中にトリコモナスが排泄されるので、糞便検査を行います。この検査は排泄物を用いて検査するため、猫に与えるストレスや障害が少なくてすみます。しかし、糞便検査は万能の検査ではありません。糞便を直接塗抹し、検査する方法は、短時間で検査ができますが、大量の糞便を検査することが難しく、トリコモナスを見落とす可能性があります。
その他に糞便中のオーシスト(※)を浮遊させる方法があります。これはトリコモナスを見落とす可能性は少なくなりますが、多くの糞便が必要であり、時間がかかります。また、遺伝子検査を実施することもあります。その場合には、外注検査として、病院以外の検査センターで検査を行うので、時間がかかります。
糞便検査を行うために準備する糞便は、新鮮なものが良いため、採便方法や準備物は動物病院の獣医師と相談してみましょう。そして、採便した糞便で検査を行います。
※オーシスト:卵のような形態(接合子嚢ともいう)の病原体
猫のトリコモナス症の薬・治療方法
治療薬として、ロニダゾールという薬が有効とされています。この薬は国内で販売されていないため、動物病院に置いていない場合もあります。また、投薬期間中は副作用発現の有無を注意深く観察する必要があります。そのため、治療を開始する際は動物病院の獣医師とよく相談しましょう。猫トリコモナス症の予後
治療を行うことで、一般的に予後は良好とされています。ただ前述の通り、治療薬であるロニダゾールは国内で販売されていない、かつ副作用の発現の可能性があることからすべての猫が完治することは難しく、治療が長引くこともあります。
また、臨床症状を示さないまま、慢性感染を長期間継続する個体がいることや、正常便の中に寄生虫が見つかることもあるので、治療後に臨床症状を示していない猫でも安心はできません。
猫トリコモナス症の予防
トリコモナスは、感染猫の糞便から経口感染することが主な感染経路です。完全室内飼いを行うことで、飼い猫を感染猫の糞便から守ることができます。多頭飼育の場合は、子猫のトイレと他の猫のトイレを分けることで、糞便から経口感染することを予防することができます。
猫のトリコモナス症に良い食事
子猫に栄養バランスのとれた良質な食事を与えることで、免疫力の高い状態を維持することができます。また、ストレスが少ない、清潔な環境を保つことで、感染したとしても、発症しなかったり、症状が軽度であったりすることが期待できます。子猫のトリコモナス症は特に注意が必要です
牛には牛のトリコモナス症があり、家畜伝染病予防法における届出伝染病に指定されています。また、人には膣トリコモナス症や、腸トリコモナス症、口腔トリコモナスがあります。そして、猫には猫のトリコモナス症があります。猫の飼い主さんでも、あまり聞いたことのない病気かもしれませんが、今回は人にうつるのか、猫のトリコモナス症の症状や治療方法、予防法、多頭飼いの場合の注意点などについてまとめました。子猫が猫のトリコモナス症にならないように、病気を理解し、予防していきましょう。
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