【獣医師監修】猫のウールサッキングとは?原因や症状、治療法などを獣医師が解説
猫が何かを舐める姿を見たことありますか? 猫を飼っている人であれば、もちろん自分の身体を舐める猫の姿を目にするはずです。しかし、場合によっては身体を舐めてグルーミングだけでなく、ベッドの端っこや寝床のクッション、毛布を舐めたり、噛んだりしている姿を見たことがあるかもしれません。「うちの猫はしょっちゅうしてるよ!」という方、それはもしかしたら異常な行動かもしれません。そんな「何かを舐める」「何かを噛む」「何かを食べる」という行動に焦点を当てて、獣医師の佐藤が解説していきたいと思います。
この記事を執筆している専門家
佐藤貴紀獣医師
獣医循環器学会認定医・PETOKOTO取締役獣医師獣医師(東京都獣医師会理事・南麻布動物病院・VETICAL動物病院)。獣医循環器学会認定医。株式会社PETOKOTO取締役CVO(Chief veterinary officer)兼 獣医師。麻布大学獣医学部卒業後、2007年dogdays東京ミッドタウンクリニック副院長に就任。2008年FORPETS 代表取締役 兼 白金高輪動物病院院長に就任。2010年獣医循環器学会認定医取得。2011年中央アニマルクリニックを附属病院として設立し、総院長に就任。2017年JVCCに参画し、取締役に就任。子会社JVCC動物病院グループ株式会社代表取締役を兼任。2019年WOLVES Hand 取締役 兼 目黒アニマルメディカルセンター/MAMeC院長に就任。「一生のかかりつけの医師」を推奨するとともに、専門分野治療、予防医療に力をいれている。
猫のウールサッキングとは
ウールサッキングとは、英語表記で「wool sucking」です。つまり、ウール(wool:毛織物、羊毛、毛糸など)をサック(suck:吸う、舐める、しゃぶる)する行動
ただ、ウールだけでなく、あらゆる種類の織物やプラスチックのような毛織物以外の素材の物を吸ったり、噛んだり、摂食することも意味します。
軽い兆候は「遊び」「探索」「関心を求める行動」などの動機付けと関連するかもしれませんが、一般的には常同行動(目的がなく持続的に繰り返される一連の行動)と考えられています。また、それが日常生活に支障を来すようなレベルとなると、呼び方として「常同障害」へと発展します。
猫のウールサッキングの症状
ウールサッキングという言葉の通り、症状もそのままで、布類や他の特定の素材を、繰り返し、過度に、儀式的に、持続的に、吸ったり噛んだり食べたりすることが主症状となります。
最初は毛織物から始まることが多いですが、そこから綿や合成繊維などの他の織物へと般化することが多くあります。場合によっては「プラスチック」「紐」「ゴム」「電気コード」「植物」などの毛織物でないものが対象となることもあります。
吸うだけや噛むだけでなく、食べてしまうような場合、食べたものが胃内異物として停滞し続けたり、食べたものが大腸まで流れなくなり、腸閉塞を発症し、命の危険が生じる可能性があるので注意が必要です。
猫のウールサッキングの原因
ではなぜ食べ物でもないものを口に入れたがる猫がいるのでしょうか?
発症する原因としては、「引越しやリフォーム」「出産や同居動物の増減」「家族のタイムスケジュールの変化」などの家庭内の社会的な変化や関わり合いの変化も原因となり得ます。
また、「雷や嵐などに対する恐怖症」や「性成熟に伴う縄張り意識」「欲求不満」「その他のストレスや葛藤・不安」「関心を求める行動」などが原因となることがあります。
遺伝的な要因も示唆されており、「血縁動物に常同行動を示す猫がいないか」「常同障害と診断された猫がいないか」聞いておく必要があります。
医学的疾患として関連がある疾患として、「胃腸障害」「歯科疾患」は考えなければなりません。お腹の調子が悪くて何かを口に入れたくなったり、歯の調子が悪くて何かを噛みたくなったりすることもあります。
「ウールサッキングなのか医学的疾患なのかわからない」ということであれば、かかりつけの獣医師に診てもらいましょう。
猫のウールサッキングの治療法
そんな「何かを口に入れる愛猫をどうしたらいいの?」という疑問にお答えします。
まず一番重要なのは「何がきっかけでウールサッキングという行動が発生しているか」。そのきっかけを掴むことが一番重要です。
ご自宅でできることとしては、まずウールサッキングする行動の記録を取りましょう。例えば以下の通りです。
○月〇日
飼い主の帰宅と同時にウールサッキングを始め、10分程度行っていた。同日飼い主がまた出ていく準備をし始めるとウールサッキングを始めていた。
飼い主の帰宅と同時にウールサッキングを始め、10分程度行っていた。同日飼い主がまた出ていく準備をし始めるとウールサッキングを始めていた。
△月△日
雷がゴロゴロ鳴り始めてから、猫のベッドを吸い始め、落雷があった後は激しく鳴きながらベッドを噛んで破いていた。
雷がゴロゴロ鳴り始めてから、猫のベッドを吸い始め、落雷があった後は激しく鳴きながらベッドを噛んで破いていた。
上記のように、猫の行動やその前後の出来事や対応を記録することにより、何がウールサッキングのきっかけになっているのかが分かりやすくなります。
もちろんきっかけが「これだ!」と思い込んでいると、対応が間違ってきますので、診断や治療方針についてはお近くの行動診療科獣医師に依頼しましょう。
きっかけがわかったら次は対応と対策です。まずはもちろんきっかけの排除です。しかし、中には自然環境によるものや、同居猫に対するストレスなど、排除できない要因もありますので、その場合は猫にとって少しでもストレスの軽減となる対策が必要となってきます。
一つひとつ挙げているとキリがないので、可能性がありそうな対策を列挙いたします。
環境設定
まずは行動が発生する状況にさせないことが重要です。場合によっては大事に至ることもありますので、きっかけをつくらないことが重要です。- 食べそうなものは全て除去する(おもちゃは使ったらしまう、服はすぐに片付けるなど)
- 除去できなければ食べないような安全の確保(電気コードにカバーをつける、家具を噛まれないように保護するなど)
- 不安要因の排除または軽減(外の音を聞こえづらくする、相性の悪い猫と生活空間を分けるなど)
環境エンリッチメント
飼い主さんは猫にとって十分な飼育環境と思っていても、猫にとってはまだまだ不十分なこともあります。不十分なサインとしてウールサッキングなどの気になる行動が発生することもありますので「うちの猫は本当に幸せか?」「もっと良くするにはどうしたら良いか?」という視点で自宅の環境を今一度考えてみましょう。- 遊びの拡充(おもちゃを増やす、遊ぶ場所を変える、遊び方を変えるなど)
- 知育トイの使用(探索しながら食べられるようにする、頭を使って餌を獲得できるようにするなど)
- 逃げ場の設定(高いところに登れるようにする、安心していられる場所をつくるなど)
- トイレの充足(トイレの数を猫+1にする、トイレの形状や位置、砂の種類などを気に入るものに変更する)
- 屋外の完全に囲まれた遊び場を設定する(囲われている場所だったら出られるようにする、ハーネスをつけて外に出るなど)
飼い主の対応を変える
飼い主さんの対応がストレスや不安・葛藤、欲求不満を生み出していたり、増長している可能性もあります。今一度、自分の行動を見つめ直してみましょう。- 叱責の禁止(何かを舐めていても噛んでいても叱らない)
- 飼い主と遊ぶ時間や関わる時間を増やす
- ウールサッキングしている猫に対して関心を向けない(関心を求める動機となるため)
忌避剤の使用
噛んで欲しくないものに柑橘系のスプレーやビターアップル(舐めたら苦いスプレー)などを吹きかけます。これは根本的解決にはなりませんが、ある程度減ってきたけど、どうしても少し噛んだり食べたりしてしまう、あと最後の一押しというときに使うのが良いと思います。外出時などの管理不可能な場面においては、ケージ内に入れておく
これもケージを使うことによって軽減できるストレスでなければ、根本的な解決にはなりません。また、とりあえず入れればよいというものではなく、まずはケージに落ち着いて入っていられるところから練習しなければなりません。薬物療法やサプリメント
不安に関連した行動であれば、それらの気持ちを落ち着けさせる薬物療法やサプリメントは有効かもしれません。特に取り除けないことに対する不安・恐怖・葛藤がある場合には積極的に勧められる方法でしょう。また、「フェリウェイ®」といった合成フェロモンの使用もストレスを軽減するのに役立つかもしれません。
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猫のウールサッキングの治療に関する注意点
ウールサッキングをやめさせる際に注意していただきたい点が以下の5つになります。
- 罰を与えること
- 対象物に近づけないようにすること
- 外科的な治療法はない
- 治療開始が遅くなればなるほど改善も遅い
- 完治するものではない
1.罰を与えること
罰を与えることは禁忌です。猫自身が止めたくてもやめられない行動なので、叱責は効果がないどころか不安感を増長させて行動をより悪化させます。2.対象物に近づけないようにすること
「対象物に近づけないようにする」というと解決に至っているように一見思えますが、対象となるものを「舐めたい」「噛みたい」「食べたい」という気持ちが収まっていないまま強制的に近づけないようにさせると転位行動として破壊行動が生じたり、それを激しく求めたりするがゆえに障害物を破壊しようとするかもしれません。3.外科的な治療法はない
手術でどうにかなるものではありません。4.治療開始が遅くなればなるほど改善も遅い
何事もそうですが、治療開始が早ければ改善は早く良好、遅くなればなるほど改善は遅くなります。何もしなければ次第に悪化していく可能性が高く、自然におさまるものではないので、早めの対応対策が重要です。5.完治するものではない
良くなったからといって、前の状況に戻すと再発する可能性が高く、新規のストレスでも再発する可能性があり、一生涯付き合っていかないといけません。猫のウールサッキングで気になることは早めに専門家に相談を
ウールサッキングは自然界では起こり得ません。なぜなら毛織物が自然界にはないからです。また、自由に逃げられる場所と安心する場所があるからです。
しかし、現代社会では完全室内飼育と自然とは違う状況下での生活となるため、気持ちのはけ口や避難場所がなければウールサッキングとして生じます。
これはウールサッキング以外の行動にも言えることです。猫が通常ではみられない行動をしているようであれば、何か不調のサインかもしれません。
飼い主さんは自分の猫の日常しか知らないことが多いため、目の前の愛猫の行動が普通なのか普通ではないのかということは、なかなか判断することが困難な場合が多いです。
また、生活環境は十分なのに、飼い主さんとの暮らし方に問題がある場合も多々あり、それが問題だと当事者は気づかないこともありますし、よっぽど気にかけて勉強している人でない限り、気づかなくて当然だと思います。
本稿などを閲覧する中で、はたまた日常会話の中で、「あれ、うちの生活環境、自分の猫への接し方、うちの猫自身、他の家に比べてちょっと気になることがあるなぁ」と思ったら専門家へ相談しましょう! 一匹でも多くの猫と一人でも多くの飼い主さんが幸せになりますように。
参考文献
- Blackwell’s Five-minute veterinary consult clinical companion Canine and Feline behavior p168-171(wool sucking and fabric eating:feline)
- Behavior Problems of the Dog&Cat 3rd edition p265-267(Destructive chewing and ingestive behaviors by cats)
- MVM Vol.24 No.158 2015/11 p58-61 私が経験したケースレポート,白井春佳(にいがたペット行動クリニック),ケースレポート11:遊び関連性の捕食行動、繊維摂食行動、異嗜を示した猫の1例