【獣医師監修】猫の動脈血栓塞栓症の原因や症状は?治療法・予防法などを循環器認定医獣医師が解説
猫の心臓の病気では、心筋症が多く見られます。そして心筋症の合併症に「動脈血栓塞栓症(どうみゃくけっせんそくせんしょう)」という病気が知られています。今回はこの猫の動脈血栓塞栓症がどんな病気なのかについて、循環器認定医の佐藤が解説します。
この記事を執筆している専門家
佐藤貴紀獣医師
獣医循環器学会認定医・PETOKOTO取締役獣医師獣医師(東京都獣医師会理事・南麻布動物病院・VETICAL動物病院)。獣医循環器学会認定医。株式会社PETOKOTO取締役CVO(Chief veterinary officer)兼 獣医師。麻布大学獣医学部卒業後、2007年dogdays東京ミッドタウンクリニック副院長に就任。2008年FORPETS 代表取締役 兼 白金高輪動物病院院長に就任。2010年獣医循環器学会認定医取得。2011年中央アニマルクリニックを附属病院として設立し、総院長に就任。2017年JVCCに参画し、取締役に就任。子会社JVCC動物病院グループ株式会社代表取締役を兼任。2019年WOLVES Hand 取締役 兼 目黒アニマルメディカルセンター/MAMeC院長に就任。「一生のかかりつけの医師」を推奨するとともに、専門分野治療、予防医療に力をいれている。
猫の動脈血栓塞栓症とは
猫の動脈血栓塞栓症は、心臓の左心房で形成された血栓が血流に乗って移動し、動脈に塞栓してしまった状態のことを指します。猫の動脈血栓塞栓症は、多くが心疾患に関連すると言われており、左心房で血栓が形成され、それが血流に乗って移動し塞栓してしまうことにより発生します。腹大動脈の分岐部(両後肢に分かれるところ)に塞栓することが多く、後肢不全麻痺を起こします。動脈血栓塞栓症にかかりやすい猫種や年代
動脈血栓塞栓症にかかりやすいと言われているのは、雑種の猫です。そのほか、報告ではアビシニアン、バーマン、ラグドールもかかりやすいとされています。また年代では、中年齢の猫がかかりやすい病気です。ただし、どの年齢でも可能性はあります。猫の動脈血栓塞栓症の原因
- 左心房が拡大して血液が左心室にスムーズに流れず滞留してしまう
- 左心房の心内膜がもろくなっていて傷つきやすくなっている
- 多くは血液の性状が凝固しやすい状態になっている
動脈血栓塞栓症を引き起こしやすい病気には心筋症(肥大型心筋症だけでなく拘束型、拡張型、およびその他の心筋症も)があり、動脈血栓塞栓症の7〜9割は心疾患が関連しています。そのほかは、腫瘍(肺や気管支の腫瘍)なども関連することがあります。
猫の動脈血栓塞栓症の症状
動脈血栓塞栓症が起きると、後肢不全麻痺といって後ろ足が動かない症状が表れます。その時に、呼吸が荒くなっている(心不全からと痛みからとどちらの可能性もあり)ことも多いです。激しい痛みがあるので、叫び声をあげることもあります。後ろ足が動かなくなるのは、血栓塞栓によって筋肉の虚血性障害や末梢神経障害が起こっている影響です。呼吸が荒くなるのは、心筋症により胸水や肺水腫が起こって呼吸困難になっている場合と激しい痛みの場合と両方が考えられます。
割合は少ないですが、血栓塞栓は、腹大動脈の分岐部以外にも起こり、前肢に行く血管であれば、前肢が動かなくなります。また、内臓へ行く血管、脳に行く血管、心臓の冠血管、どこにでも起こる可能性があり、それぞれ内臓障害、脳神経障害、そして突然死を引き起こすこともあります。
猫の動脈血栓塞栓症の自宅でのチェックポイント
動脈血栓塞栓症が疑われる場合、様子を見ることはお勧めできません。急いで動物病院に受診することをお勧めします。自宅で前述した症状が急に出た場合は、以下2点をチェックしてください。- 動かなくなった足が冷たいか熱いか
- 動く足と動かない足で肉球の色に違いがあるか(肉球がピンクの場合)
動脈血栓塞栓症の場合は、塞栓部位で血流が途絶えてしまうので塞栓部位の先は冷たくなり、肉球の色は青紫色、もしくは薄くなります。全身の血液循環が落ちるため、身体全体が冷たく感じられることもあります。可能であれば、受診前に動物病院に状況を連絡しておくと良いでしょう。呼吸の状態も忘れずに伝えておきましょう。
猫の動脈血栓塞栓症の検査・診断
動脈血栓塞栓症かどうか
身体検査で足の状態を診ます。必要であれば、レントゲン検査を含めた整形外科的検査、神経検査を行います。次に、血栓の検査をします。超音波検査を行い「血管内に血栓があるかどうか」、もしくは「血流が途絶えている部位があるかどうか」を確認します。また「心臓内に血栓があるかどうか」も確認します。猫の動脈血栓塞栓症の疑いが強い場合
動脈血栓塞栓症の背景にある病気とその重症度を検査します。呼吸が荒い場合は、心筋症の可能性が強くなります。心筋症の検査は胸部レントゲン検査や心臓の超音波検査、心電図検査、血圧検査、血液検査が挙げられます。ネコさんの状態によってすべてを行うことは難しい場合が多く、優先的に胸部レントゲン検査、心臓の超音波検査の一部を行い、できれば血液検査というように実施することが多いです。猫の動脈血栓塞栓症の治療法
動脈血栓塞栓症の治療は、血栓に対する治療だけでなく、血栓によって生じた痛みに対する治療や血栓の背景にある病気(多くは心筋症)の治療を同時に行います。血栓に対する治療
- 血栓を溶かす・除去することを主とする方法
- 血栓をこれ以上大きくしない・血栓を新たに作らないようにすることを主とする方法
再灌流障害とは、血流が再開した時に虚血(血流が少なくなったり、途絶えている状態)が起こっていた部位から大量の有害物質が流れ出て、さまざまな組織に障害を与えることです。血栓溶解薬は、このような重大な副作用のリスクがあるため、慎重に使用されます。また薬剤も高価です。血栓溶解療法は、機能回復が早期に認められるという利点があるものの、少しハードルの高い治療と言えるかもしれません。
後者の方法は、抗凝固薬、抗血小板薬によって血栓がそれ以上にならないようにする方法です。今ある血栓に対しては直接的な治療方法ではありません。この方法は、機能回復のスピードこそゆっくりですが、大きな副作用が無いため初期からこちらの方法を選択する場合も少なくありません。
痛みに対する治療
1日目は重度の痛みがあります。2日目から痛みは少しずつやわらいでいきますが、痛みがおさまるまでは、鎮痛薬が必要になります。背景の病気の治療
心筋症により急性心不全を発症している場合は、同時にこちらも治療します。この病気は再発することが多いので、症状が緩和した場合でも予防的に抗血栓薬(抗血小板薬もしくは抗凝固薬)を続けることが多いです。また心筋症を併発している場合は、少しでもQOL(Quality of Life:生活の質)が維持できるように、心臓薬は生涯必要になります。猫の動脈血栓塞栓症の予後
予後は非常に悪く、重度の心不全がある場合や麻痺したのが後ろ足両方の場合、そして体温が低い場合はさらに悪くなります。入院中に亡くなってしまうことも多く、退院できる割合は3〜4割程度、退院後の生存期間中央値(*)は2〜6カ月(61日、184日、117日、94日などの報告あり)とされています。退院率の低さや生存期間の短さ、そして再発も多いことから、この病気になるリスクが高い場合は、予防が重視されます。*生存期間中央値:この病気で50%のネコが亡くなった時点までの期間
猫の動脈血栓塞栓症の予防法
心筋症の猫は、合併症としてこの動脈血栓塞栓症を起こす可能性があります。特に、左心房拡大や左心房内に「もやもやエコー」(血液がうっ滞しているときにみられる)などの所見がある場合は、リスクが高くなりますので予防をお勧めします。また、この病気を起こしたことのある猫も、再発のリスクがあるので予防をお勧めします。予防には、治療のところでお話しした抗血栓薬(抗凝固薬・抗血小板薬)が用いられます。参考文献
- Atkins CE. et al. J Am Vet Med Assoc. 1992;201(4):613-8.
- Rush JE. et al. J Am Vet Med Assoc. 2002;220(2):202-207.
- Smith SA. et al. J Vet Intern Med. 2003;17(1):73-83.
- Borgeat K. et al. J Vet Intern Med. 2014;28(1):102-108.