猫に多い「心筋症」の原因や症状、治療法や予後【循環器認定医が解説】
【循環器認定医が解説】猫の心筋症は「心機能障害を伴う心筋疾患」と定義され、心筋の障害を招く心疾患の総称です。猫で発症する代表的な心筋症は「肥大型心筋症」「拘束型心筋症」「拡張型心筋症」とありますが、その中でも最も多く発生するのが「肥大型心筋症」です。今回は、これらの代表的な心筋症についてライオン動物病院、苅谷動物病院(循環器科)で勤務医をしている獣医循環器認定医の深井が解説します。
猫の心筋症とは
心筋症は、心機能障害を伴う心筋疾患です。猫の心筋症は、心室が広がりにくくなって拡張障害を起こす肥大型心筋症や拘束型心筋症が大部分を占めます。多くはありませんが、心室が収縮しづらくなって収縮障害を起こす拡張型心筋症や、その他まれですが不整脈が見られ右心系に障害を与えるタイプの心筋症や、分類できない心筋症の発生も見られます。代表的な心筋症の種類
肥大型心筋症
「肥大型心筋症」は、肥大を誘発する明らかな原因(腎性高血圧や甲状腺機能亢進症など)が無いのに心筋(おもに左心室)が中心に向かって分厚く肥大してしまう心筋症です。肥大すると心室壁が伸びにくく、広がりにくくなるので、拡張障害を起こします。拘束型心筋症
「拘束型心筋症」は、心筋に線維化(異常増殖)がみられる心筋症です。心筋の線維化が進行すると心室壁は硬くなり、広がりにくくなるので、拡張障害を起こします。拡張型心筋症
「拡張型心筋症」は、心室の収縮力が弱くなって心室の内腔が広がっていってしまう心筋症です。心筋症の症状発現までの過程
心臓は、全身から巡ってきた血液を右側の部屋で受け取ります。そして肺に行き、それから左側の部屋、そして全身へと流れていきます。もう少し細かく説明すると、「全身→右心房→右心室→肺動脈→肺→肺静脈→左心房→左心室→全身」という順に流れていきます。 肥大型心筋症や拘束型心筋症により左心室が広がりにくくなると、血液は左心室に入りにくくなるので左心房にたまり、左心房には圧がかかってしまいます。拡張型心筋症では、左心室の収縮力が弱まって血液が心臓から送り出せず、血液は左心室、そして左心房にたまり、肥大型心筋症・拘束型心筋症と同様に左心房に圧がかかってしまいます。これらの状態がさらに進行すると、左心房に入ってくる血管の肺静脈にも圧がかかってきてしまいます。その結果、肺水腫や胸水が発症し、呼吸困難になってしまいます。また、左心房では血液のうっ滞が起こり、血栓(血のかたまり)ができやすい状態になり、血栓が血流に乗って「動脈血栓塞栓症」を引き起こします。その他、心拍出量(心臓から全身にまわる血液量)が低くなることや不整脈から失神することもあります。 肥大型心筋症の中には、心室中隔壁(右心室と左心室を区切る壁)が分厚くなることや、僧帽弁(左心房と左心室の間にある弁)の動きの異常から、左室流出路閉塞が起こる「閉塞性肥大型心筋症」というものもあります。
また、拘束型心筋症の中には、左心室の中に線維性の架橋構造がみられ左心室が二腔様になっているもの(本来一部屋である左心室が二部屋に分かれるような形になっているもの)もあります。
心筋症にかかりやすい猫腫・年代
どの心筋症も雑種、中年齢に多く発生します。その中でも肥大型心筋症は数カ月齢〜18歳齢(※1)と全年齢で発症することが知られており、オスに発症が多く認められています。また肥大型心筋症では、遺伝子変異が報告されている猫腫や家族性発症が報告されている猫種があります(※2〜5)。遺伝子変異が報告されている猫種は、メインクーンやラグドールです。家族性発症が報告されている猫種は、ブリティッシュショートヘア、ノルウェージャンフォレストキャット、アメリカンショートヘア、スコティッシュフォールド、ペルシャなどが挙げられます。原因および発生
肥大型心筋症
主な原因は、遺伝子の変異と言われています。猫種によっては、遺伝子の変異が報告されていて、家族性発症も報告されていますが、証明できていない猫種も多く存在し、未解明な部分が多い病気です。拘束型心筋症
拘束型心筋症の原因は明らかではありません。特発性のこともあれば、ほかの疾患からの二次性変化で発生することもあると言われています。拡張型心筋症
拡張型心筋症の原因は明らかではありません。以前はキャットフードのタウリン不足との関連性が指摘されていましたが、現在はキャットフードの成分も見直されており、その関与ではなく特発性とされています。症状:呼吸が荒くなった場合は要注意
どの心筋症も、症状は下記のように共通しています。- 無症状
- 呼吸促迫(呼吸が荒くなる)・開口呼吸
- 後肢不全麻痺(後ろ足が動かなくなる)
- 失神
- 突然死
- 元気・食欲低下・運動不耐性・嘔吐
肥大型心筋症の3〜5割前後は無症状ですが、発症時は呼吸促迫や後肢不全麻痺を起こすことが多いです。一方、拘束型心筋症や拡張型心筋症は、呼吸促迫や後肢不全麻痺を突然起こし、そこで発見されることが多いです。
病気かなと思われる場合の対処法
自宅で、この病気を疑って対処できる方法は、残念ながらありません。動物病院の受診をお薦めします。緊急で受診した方が良い
- 呼吸が荒い、開口呼吸をしている
- 突然叫び声をあげた後に後ろ足が動かない
早めに受診した方が良い
- 失神する(緊急の場合もあります)
- 元気がない、動いたあと疲れやすい
主な検査・診断方法
この病気の診断や病気の状態を判断するのに実施する検査は以下のようになります。- 胸部のレントゲン検査
- 心臓の超音波検査
- 心電図検査
- 血圧検査
- 血液検査
- 血液バイオマーカー
治療法
内科療法になります。無症状の場合や肺水腫や胸水などの心不全を起こしている場合、続発する動脈血栓塞栓症を起こしている場合など、それぞれの症状に合わせて治療を選択していきます。ただし、根治させる治療法はありません。内服薬で心筋の肥大や線維化などを治すことは難しいとされているので、心不全(肺水腫や胸水など)から回復させ、改善したらできるだけ再発しないように維持することを目的として治療を行います。
治療薬
肥大型心筋症
無症状の時の治療(心機能障害の程度によって選択)
- 無治療
- β遮断薬
- カルシウムチャネル拮抗薬
- ACE阻害薬
急性心不全の時の治療
- 酸素吸入
- 利尿薬
- 胸水抜去(胸水貯留がある場合)
- 抗血栓薬(動脈血栓塞栓症併発時)
- ACE阻害薬(内服が飲める状態になってから)
- 抗不整脈薬(不整脈により症状が出ているとき)
拘束型心筋症
拘束型心筋症の多くが急性心不全で発見されます。肥大型心筋症の「急性心不全の時の治療」に準じます。拡張型心筋症
拡張型心筋症の多くが急性心不全で発見されます。肥大型心筋症の「急性心不全の時の治療」を行うとともに、収縮力の低下を改善させるために強心薬が選択されます。症状が緩和して普段通りの生活ができるようになっても、少しでもQOL(quality of life:生活の質)が維持できるように、投薬は生涯必要になります。
治療期間・入院期間の目安
治療期間は症状や重症度により異なります。急性心不全で呼吸困難の場合、酸素室(酸素ケージ)での入院、治療が行われます。重篤な場合は、入院中に呼吸停止に至る場合もあります。また、動脈血栓塞栓症や致死的な不整脈を合併している場合は突然死のリスクが高まります。呼吸状態が回復して心不全の状態が安定したら退院になります。入院期間の目安は状態にもよりますが、平均すると3日から1週間程度のことが多いです。予後
各心筋症の予後
肥大型心筋症
進行はさまざまです。急に悪くなるネコもいれば、進行がとてもゆっくりのネコもいます。ただし症状が出ている場合の長期生存は難しいことが多く、入院中に亡くなってしまう場合も少なくありません。また、症状が回復しても急に悪化したり、突然亡くなってしまったりすることもあります。死亡原因は、うっ血性心不全(肺水腫や胸水など)と血栓塞栓症が多くを占め、生存期間中央値(※)は、無症状の場合には3〜5年以上(※1、6)、うっ血性心不全を起こした場合には3カ月〜1.5年程度(※1、6、7)、そして血栓塞栓症になって退院できた場合は2〜6カ月程度(※1、6)などの報告があります。そのほか、本来の病態である拡張障害に加え、収縮も障害されていくタイプに進行すると予後はかなり厳しくなります。※生存期間中央値:この病気で50%のネコが亡くなった時点までの期間
拘束型心筋症
重症度と進行度によりますが、長期予後は不良です(重症度が高く、治療反応は悪いことが多い)。拡張型心筋症
重症度と進行度によりますが、基本的に予後は不良です。予防・ケア
残念ながらこの病気自体を予防することはできません。続発する心不全に対しては、定期検査により適切な内服を投薬し発症の遅延を狙います。病状の進行がネコによって異なることや、無症状でもこの病気が否定できないことから、1年に1回は定期検査をお勧めします。特に好発猫種では、若齢でも検査しておくと良いでしょう。また、動脈血栓塞栓症のリスクが高い場合には、抗血栓薬を用います。心筋症の猫に良いサプリメント
血栓症に対して補助的に使用されるミミズ粉末が主体のサプリメントをはじめ、EHA・DHAやコエンザイムQ10などが含有されているサプリメントがあります。※引用文献
- Rush JE et al. J Am Vet Med Assoc. 2002;220(2):202-207.
- Meurs KM et al. Hum Mol Genet. 2005; 14(23): 3587-3593
- Meurs KM et al. Genomics. 2007; 90(2): 261-264
- Granstrom S et al. JVIM. 2011; 25(4): 866-871
- Marz I et al. J Feline Med Surg. 2015; 17(8): 681-691
- Atkins CE, et al. J Am Vet Med Assoc. 1992;201(4):613-8.
- Payne J et al. J Small Anim Pract. 2010;51(10):540-547.
- Granstrom S et al. JVIM. 2011; 25(4): 866-871
更新日:2017年9月18日
公開日:2016年8月20日
公開日:2016年8月20日