【行動学獣医師解説】猫のマーキングやスプレーの原因と防止、対策方法を紹介!
猫がスリスリしたり、バリバリと爪とぎをしたりするのは愛情表現やストレス発散などの意味を持つこともありますが、「マーキング」の一貫として行われていることもあります。猫のマーキングを説明する上で、「尿スプレー」と呼ばれる排尿に関する行動も欠かせません。猫のマーキングの中でも特に「猫のスプレー行動」について、また不適切な排尿の原因と治療法について、獣医師の鵜海が行動学的観点を主眼にその原因や改善方法を解説させていただきます。
猫のマーキングの基礎知識
猫が飼い主さんにスリスリしたり、バリバリと爪とぎをしたりしている様子は、猫の特徴的な行動としてよく見られる光景です。それらは愛情表現やストレス発散などの意味を持つこともありますが、「マーキング」の一貫として行われていることもあります。マーキングと聞くとお散歩中の犬が電柱などにおしっこをかける様子を想像する方もいらっしゃると思いますが、猫もマーキングをしているのです。猫のマーキングを説明する上で、「尿スプレー」と呼ばれる排尿に関する行動も欠かせません。猫は「自分でトイレを覚えてくれる」「しつけに困らない」という話をよく耳にしますが、実際の現場で動物を診ていく中でも猫の排尿の問題で困っている方は犬ほど多くないと感じます。しかし、中には「今までトイレでできていたのに突然できなくなった!」「スプレー行動がおさまらなくて家具や布団、畳んでおいた服にかけられて大変!」という方もいらっしゃいます。
猫のマーキングとは
猫のマーキングの種類
猫のマーキングとして、「スリスリ」「爪とぎ」「スプレー行動」の三つがよく見られます。ただし、スリスリ・爪とぎ・スプレーしているからといって、縄張りを示さないものはマーキングとは呼びません。猫のスリスリの意味
猫の額や唇の両側、あごの下、尾、肉球、肛門の両側には、「臭腺」という皮脂腺が特殊化した匂いを出す器官があります。家具や飼い主などに身体を擦り付けるのは、この匂いを対象物に付け、所有権や縄張りを示していると考えられています。また、その派生した行動として、尻尾を上に立てて頭や体を人の身体に擦り付ける「アロラビング」(allorubbing)もしくは「バンティング」(bunting)と呼ばれる行動があり、猫的な「やぁ!」「こんにちは!」などと表現されます。
猫の爪とぎの意味
猫が爪とぎをするのは、以下のような目的があります。- 古くなった爪の外側の層を剥がす
- ストレスによる転位行動
- 爪を刺激して気分転換する
- 肉球からの臭腺による嗅覚的および爪とぎ跡の視覚的マーキング
猫それぞれに気に入る素材や置く位置、角度があります。気に入ったものを気に入ったところに気に入る置き方で設置してあげましょう(爪とぎは正常行動のため、行動自体を止めることは不可能です)。
そして今回は、特に猫のスプレー行動について、詳しく解説します。
猫のマーキングのスプレー行動とは
猫のスプレー行動は一般的に「尿マーキング」とも呼ばれ、猫の正常行動のレパートリーの一つです(動物の行う行動は「正常行動」と「異常行動」に分けられ、正常行動は一般的に「健康な動物が生来行う行動」で、異常行動は「正常行動以外の普通ではない行動」を指します。それとは別に、問題行動は「飼い主が問題と感じる行動全部」を指します)。尿マーキングは、立位のまま垂直な壁に向けて後退し、姿勢を硬くし、しっぽを持ち上げて震わせ、少量の尿を後ろに向けて噴出する行動とされています。場合によっては水平面だったり、他の姿勢だったり、まれですが便をマーキングとして利用する猫もいます。去勢していないオス猫で多くみられ、去勢したオス猫の10%、避妊したメス猫の5%でもみられると言われています。さらに、多頭飼いで猫の数が多ければ多いほどよくみられます。
猫のスプレー行動の理由
猫がスプレー行動をする理由は、「なわばりを示すために行うのではない」と言われることもあれば、「闘争や繁殖に関わる行動だ」と言われることもあります。筆者の調べる限りでは統一された結論は無く、少なくとも言えることは、猫同士のコミュニケーションツールであり、置手紙的な役割を担っているということです。そのメッセージの内容について、我々はまだ全部を読み解ける段階にはありません。仮に、飼い猫が不本意な場所でスプレー行動をしていたとしても、「なわばりに関連した行動だから」と考えると解決に結び付きにくいと思われます。完全室内飼いの猫については、あまり縄張りという概念を持ち込まない方が良いかもしれません。マーキングと言われると無意識のうちに縄張りを連想してしまいますので、本稿ではあえて、一般的に「尿マーキング」と呼ばれる行動を「尿スプレー」または「スプレー行動」と呼ぶことにします。
先ほど、「尿スプレーはコミュニケーションツールである」と書かせていただきましたが、ストレスや不安・葛藤(同居動物の増加や死別、屋内外での工事、飼い主の生活パターンの変化、食餌の変更、トイレの変更、野良猫の出現など)でもスプレー行動はみられます。そういった場合では、猫の尿スプレーは飼い主に対しても置手紙的な役割を担っているかもしれません。
猫のマーキングにおける問題行動
以下、考慮すべき医学的疾患を記載します。
- 多飲多尿となる疾患(尿が溜まる時間が短く思わず排尿してしまうなど)
- 整形疾患(足や腰が痛くてトイレに入れない、排尿姿勢がつらいなど)
- 脳神経疾患、認知機能不全症候群(どこがトイレかわからない、意図せずに尿が出てしまう、尿が溜まったことが意識に上らず漏れてしまうなど)
- 膀胱炎、尿路結石(残尿感により何回も尿意をもよおすなど)
- 腸炎、肛門嚢炎(排便時に伴う痛みによることなど)
- その他尿漏れとなる尿路系疾患(意図せず尿が出てしまう)
など……。これらの疾患でない可能性が高い場合、次に行動学的原因を考えていきます。
まず、排泄に関する行動学的異常であっても、それが「不適切な排尿」なのか「スプレー行動」なのか考えなければいけませんので、見分け方を掲載します(必ずしも全てがこれに当てはまるわけではありません。また、以下は医学的疾患を除外した上での話になります)。
スプレー行動 | 不適切な排尿 | |
---|---|---|
姿勢は? | 通常立っている(座っていることもある)。 | 座っている。 |
尿量は? | 少量。 | 多量。 |
トイレの使用は? | 通常の排泄時には使用する。 | 使用しなくなることが多い。 |
場所は? | 通常は垂直面で決まった場所(水平面のこともある)。 | 好みの場所、素材。 |
排便は? | 通常はトイレを使用。 | 不適切な場所で行うこともある。 |
不適切な排尿の原因と治療法
不適切な排尿の原因と治療法について解説します。不適切な排尿の原因
原因は主に「嫌悪(ネガティブ)な原因」か、「好み(ポジティブ)な原因」かに分けられます。嫌悪(ネガティブ)な原因
- トイレ自体の問題
- トイレの使用中に伴う問題
- トイレに向かうまでの問題
トイレの清潔さ・形や大きさ・砂の種類・トイレの位置
排尿排便時に伴う痛みや不快感、不安や恐怖。例えば、「トイレの使用中などに嫌な音がした」「排泄時に邪魔をされた」「臭いが嫌だった」など。
向かうまでに伴う痛みや不快感、不安や恐怖。例えば「向かうまでに嫌な同居犬、同居猫がいる」「行こうとしたら嫌な音がした」など。
好み(ポジティブ)な原因
例えば、「その場所が好みだった」「素材や吸収力が好みだった」「その場所の清潔さが好みだった」など、そこで排泄したいために起こっている問題が考えられます。不適切な排尿の治療法
不適切な排尿に対して、以下の5点に注意してみてください。1. 猫の快適な環境を提供する
- トイレ自体の問題であればより良いトイレ環境にしてあげる。
- トイレの使用前または使用中にともなう痛みや不快感、不安恐怖の軽減・除去。
「トイレの掃除回数を増やす」「トイレの数を増やす」「砂の形状を細かくする」「トイレの場所を変更する」「トイレを大きくする」など。基本的に猫は綺麗好きなので、広く清潔で臭いがないトイレを好みます。トイレに対するネガティブな感情が原因となっている場合には、この対策で改善が大いに見込めます。
不安や葛藤を取り除くことが不可能な場合もあるので、抗不安薬やフェリウェイ®といったツールを使用することもあります。中にはトイレを綺麗にすることで不適切な排尿が増える場合もありますので、それぞれの好みに合わせたり、トイレの丸洗いの頻度、使用する洗浄剤も考慮したりします。
快適なトイレの条件としては、以下の5つが挙げられます。
1. 形状 |
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2. トイレ砂 |
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3. トイレ数 |
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4. 設置場所 |
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5. 掃除頻度 |
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2. 体罰の禁止
体罰は飼い主と飼い猫の関係を悪化させるだけでなく、ストレスや不安・恐怖によって起きている問題であれば、なおさら事態を悪化させることにつながりかねません。場合によっては飼い主が見ていない場所でしてしまうようになるかもしれません。3. 酵素入り洗浄剤での清掃
排泄物の臭いが残っていると再び同じ場所で排泄する可能性があるため、臭いを十分に分解できる洗浄剤で掃除しておかなければいけません。4. 不適切な排泄場所へ接近できなくする
場所が常に決まっているのであれば、アルミホイルを敷いたりガムテープを裏にして設置したりすることで、その場所に近づけさせなくさせます。5. 不適切な排泄場所でゴハンを与える
猫は通常、食事場所の付近で排泄しません。それを逆に利用して、不適切な排泄場所でゴハンを与えてみるのも一つの手です。複数ある場合はそれぞれに少しずつ置くのも良いかもしれません。※治療法3、4、5に関しては根本的な解決方法ではないので、その対策した場所ではしなくなるかもしれませんが、ネガティブな原因であればなおさら、他の場所で不適切な排泄をするようになるかもしれません。ポジティブな原因であれば有効かもしれません。
猫のスプレー行動の原因と治療法
スプレー行動の原因と治療法について解説します。猫のスプレー行動の原因
猫がスプレー行動をする理由として、以下のような原因が考えられます。- 同居猫や野外猫に対する社会的葛藤(同居猫との不仲、野良猫の出現など)
- 対象となる人や物の特定の匂い(対象となる匂いが決まっている)
- 生活環境の変化(新しい家族、引っ越し、新しい匂い、近くで工事を行っているなど)
- 不十分な生活環境(高い位置に上れない、遊ぶ時間を設けていない、家の中に好奇心をくすぐるものが無いなど)
- スプレー行動に対する体罰や叱責(家族に対して不安・恐怖を抱く)
- 分離不安
猫のスプレー行動の治療法
スプレー行動を治療したい場合は、以下の7点に注意してみてください。
1. 避妊去勢をする(最重要!!)
冒頭でも述べましたが、スプレー行動は去勢したオス猫の10%、避妊したメス猫の5%にもみられます。裏を返せば、スプレー行動は去勢した90%のオス猫、避妊した95%のメス猫に改善がみられるということです。ある程度の年齢をいってからやるよりも、やはり若くスプレー行動に関する学習の入ってない段階で行うべきです。2. 猫に快適な環境の提供
- 猫が猫らしく生活するための環境を提供する。 例えば、「十分な時間、好きなオモチャで遊んであげる」「トイレ環境を整える」「高い場所に行けるようにする」「落ち着いて寝られる環境をつくる」など。快適に生活できるようになるとスプレー行動をする必要もなくなるかもしれません。
- 不安や葛藤のきっかけを発見して取り除く 野良猫がきっかけとなっていれば、近づけなくさせたり見えなくしたりする、高い位置に逃げられるようにする。同居猫と不仲であれば隔離するなど。不安や葛藤を取り除くことが不可能な場合もあるので、抗不安薬や「フェリウェイ®」といったツールを使用することもあります。
3. 尿スプレー場所の提供
スプレー行動自体は正常行動なのであえて禁止せず、その本来の行動を表出させる場所を作ってあげることも一つです。なおかつそこでスプレー行動するように誘導することにより、よりその場所のみでスプレーするようになる可能性があります。4. 体罰の禁止
ストレスや不安恐怖によって起きている問題であれば、なおさら事態を悪化させることにつながりかねませんし、飼い主が見ていない場所でしてしまうようになるかもしれません。5. 酵素入り洗浄剤での清掃
排泄物の匂いが残っていると、再び同じ場所にスプレーする可能性があるため、匂いを十分分解できる洗浄剤で掃除しておかなければいけません。6. 尿スプレー場所へ接近できなくする
場所が常に決まっているのであれば、アルミホイルを敷いたりガムテープを裏にして設置したりすることで、その場所に近づけさせなくする(潜在的な原因があった場合は、尿スプレー場所を変えてしまうだけかもしれません)。7. 尿スプレー場所でゴハンを与える
通常、猫は食事場所の付近で排泄しないのでスプレー行動にも応用できるかもしれません。複数ある場合はそれぞれに少しずつ置くのも良いでしょう。※スプレー行動自体は正常行動のため、避妊去勢していてなおかつ原因がなくスプレー行動をしている場合にはやめさせることは難しいです。
※治療法5、6、7に関しては根本的な解決方法ではないので、その対策した場所ではスプレー行動をしなくなるかもしれませんが、他の場所でするようになるかもしれません。
ざっと治療法についてご説明させていただきましたが、不適切な排尿・スプレー行動のいずれの場合においても、医学的疾患によりいったんトイレ以外の排泄を学習してしまうと、去勢避妊された場合であってもトイレで排泄しなくなることがあったり、トイレに対する嫌な記憶(トラウマ)により、不適切な排尿・スプレー行動が継続してしまったりするかもしれません。それを治療するためには根気のいる治療と対策が必要となってきます。
問題行動全般は一朝一夕ではなんともなりませんし、中途半端に実行してしまうとかえって悪化することがあります。全国各地に行動診療を取り扱う獣医師がいますので、共に気長に改善を目指しましょう!(お近くの行動診療を扱っている動物病院を探される場合は日本獣医動物行動研究会の「獣医行動診療科認定医紹介ページ」を参照してください)
猫のマーキングは愛猫からのメッセージ
以上、行動学的観点から見た猫のマーキング、特に「猫の排尿」に関する問題を解説しました。一昔前は猫は外と中を行き来するのが当たり前のように感じていましたが、現在は生活環境の変化や交通事故や感染症といった観点から完全室内飼いが多くなってきています。それに伴い人と動物が関わる時間も増え、その影響もあってか、「飼っている動物に対して問題と感じる行動の数」や「飼っている動物の行動を問題と感じる人」が増えてきているように思えます。より動物の行動面に対する理解を深めなければならない状況になってきたと感じます。どんな状況であれ、完全室内飼いであっても愛猫とともに暮らすのであれば最低限の環境は提供してあげなければいけません。ご飯やお水やトイレはもちろんですが、彼らの生活の満足度にも気を配らなければなりません。猫たちは今の環境に対して満足でなければ、異常行動や問題行動といった形で何かしらのサインを投げかけてきてくれます。そのメッセージを見逃さず、困ったことがあれば、まずは行動診療を扱っている獣医師に相談しましょう!! この記事により、1人でも多くの人と1匹でも多くの動物が最良の形で共生できるよう願っています。
引用文献
- A Meta-Analysis of Studies of Treatments for Feline Urine Spraying
Daniel S. Mills, Sarah E. Redgate, Gary M. Landsberg PLoS One. 2011; 6(4): e18448 - Feline Urine Marking
TODAY’S VETERINARYTECHNICIAN, An Official Journal of the NAVC January/February 2016 - 小動物臨床医のための5分間コンサルト 犬と猫の問題行動 診断・治療ガイド
Debra F.Horwitz, Jacqueline C.Neilson著 - 犬と猫の治療ガイド 2015 私はこうしている (SA medicine books)
- 猫における問題行動 藤井仁美 動物臨床医学26(3)101-104, 2017
- ネコの行動学 Paul Lethausen著 今泉みね子 訳 丸善出版
- 臨床行動学 森裕司 武内ゆかり 南佳子 著 株式会社インターズー出版