イギリス・イングランド地方で子犬・子猫を販売禁止の方針へ イギリスのペット事情を解説
「欧米諸国は生体販売を禁止している国がほとんどだ」「日本は生体販売を許可している世界でも数少ない国」といったことを主張・発信する方が少なからず存在します。海外の動物関連の法・政策・制度を少しは調べたことがある方であれば、「本当かな?」と首をかしげることも多いかと思います。本稿ではイギリスを例に、ペットの生体販売のルールについての調査・整理から、上記の情報が本当に正しいのかどうかを三菱UFJリサーチ&コンサルティングの武井が解説します。
目次
ペットショップに展示された犬や猫たち。大きくなるにつれてその値段が下がっていき、成犬・成猫になった途端に展示されなくなった……。こんな場面に出くわしたことがある方なら、命に値段を付けることへの抵抗感も大きいと思います。
近年、日本国内でもペットの生体販売の是非についての議論をよく耳にするようになりました。それらの議論の中には、「ペットショップやブリーダー制は禁止にすべき」「生体販売・展示販売を禁止にすべき」「犬や猫が飼いたい人はまず保護犬・保護猫から引き取ることをルール化すべき」といったものまでさまざまです。私自身も、家族として迎え入れる犬や猫はできる限り保護施設から、と決めています(実際、今まで一緒に暮らしてきた犬や猫はすべて保護犬・保護猫です)。
しかし、昨今のペットの生体販売反対議論の中で、「欧米諸国は生体販売を禁止している国がほとんどだ」「日本は生体販売を許可している世界でも数少ない国」といったことを主張・発信する方が少なからず存在します。海外の動物関連の法・政策・制度を少しは調べたことがある方であれば、「本当かな?」と首をかしげることも多いかと思います。
そこで本稿ではイギリスを例に、ペットの生体販売のルールについての調査・整理から、上記の情報が本当に正しいのかどうかを三菱UFJリサーチ&コンサルティングの武井が解説します。
なお、「イギリス」と呼ぶ場合、イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドの4地域を含んだ国を意味し、法律や政策など、地域ごとに異なるものもあります。ただ、ここで紹介する法律(Act)は、イギリス全土に適用されるものと考えていただければと思います。
2018年8月22日、イギリス「BBC」や「ガーディアン」等の現地メディアによると、イングランド地方(イギリス全土ではない)は、6か月以内の子犬・子猫を禁止する方針が決定したとの報道がなされました。もしこの法案が可決されれば、イングランド地方で、6カ月未満の子犬・子猫を希望する飼い主は、ブリーダーかアニマルシェルターから譲渡するより他に方法がなくなることになります。まだ正式には決定していませんが、イギリスのみならずEU全体でも大きな動きになりそうです。
この動きのきっかけとなったのが、2013年にウェールズ州のパピーミル(※大量繁殖を目的とした悪質ブリーダーのこと。英語で「子犬工場」の意味)からレスキューされた「Lucy」というキャバリア・キング・チャールズ・スパニエル種の女の子の犬のお話でした。Lucyは何年間も窮屈な檻の中で生活を強いられ、何匹もの子犬を産まされてきたというつらい経験をしています。このLucy救出により、パピーミルに対する市民からの反対運動が起き、約15万人のパピーミル禁止への署名が集まったとされています。
その細則を基に県や市等の各自治体がそれぞれ規則を設けていますので、イギリスではペットショップ、ペットホテル、ブリーダーへのライセンスの付与や危険動物の規制は、国レベルではなく自治体が対応しています。DRFRAのレポートによれば、2018年6月現在、イギリスにはペットショップが約2300軒(ライセンス付与件数)、ブリーダーは約650軒(ライセンス付与件数)存在していると言われています(※1)。
「動物」の範囲をペットと限定した場合、イギリスにおいて1951年の「ペット動物法」(Pet Animals Act 1951、1983年改正)において、「ペット販売事業者は、自治体へのライセンスを取得しなければならない」と定められました。つまりライセンスを取得すればペットを販売できますので、現状、イギリスで生体販売は禁止されていないことが分かります。
イギリスでは、犬の販売については日本よりも厳しいルールが敷かれています。例えば、犬は認可されたペットショップやブリーダー施設以外では販売してはならず、さらに8週齢以下の子犬は販売してはならないとしています(犬繁殖・販売法1999)(※3)。また、犬のブリーディングに関しても子犬の繁殖について、「母犬は1歳未満で交配させない」「6回以上出産させない」「出産後12カ月たたないと次の繁殖に供してはならない」(犬繁殖法1973)等細かなルールがあります(※4)。
日本でも、第一種動物取扱業者(ペットショップ、ブリーダー等)の各自治体への登録義務がある点は同じですが(2006年以降)、繁殖時の数値的なルールはありません。イギリスでは2016年以降、犬のブリーディング・販売のルールをさらに厳格化するための議論が行われており、現在は、
といったより厳しい犬の飼育許可規制の導入などが議論されています(※5)。
2016年にDEFRAが行った一般ペット飼育者やブリーダー等を対象にしたアンケート調査では、回答者の9割が8週齢以下の子犬の販売禁止に肯定的であることが分かっています。その理由として、犬の社会化、母犬と一緒にいることによる情緒の安定、免疫の向上などが挙げられています。他方でブリーダーからの回答では、7週齢の子犬の方が新しい飼い主に適応しやすいとの見解も出ています(※6)。
こうした議論を踏まえて、今回のイングランド地方の子犬・子猫販売禁止の動きが出ていると考えられます。
しかし、日本の場合はマイクロチップのメーカーが複数存在しており、読み取り機(リーダー)によっては他社の情報が読み取れないという問題もあり、せっかく装着したチップを読み込めないという課題があります。イギリスの場合、マイクロチップは7つの民間企業が実施しており、7種類のデータベースが存在していますが、これらのデータベースは統合されていて、どのデータベースに登録されていても1カ所で検索することが可能であると言われています(※7)。
こうしたルールの違いを整理したうえで、国によっても動物に対する文化や歴史、環境も異なることも踏まえつつ、議論することが大切だと思います。「イギリスがこうだから日本もこうすべきだ」という議論は、慎重に行われなければならないと思っています。インターネットのまとめサイトは非常に便利ですが、できるだけその情報や統計が正しいかどうかを確認してから、その情報やデータを引用するように心掛けるようにしたいです。
近年、日本国内でもペットの生体販売の是非についての議論をよく耳にするようになりました。それらの議論の中には、「ペットショップやブリーダー制は禁止にすべき」「生体販売・展示販売を禁止にすべき」「犬や猫が飼いたい人はまず保護犬・保護猫から引き取ることをルール化すべき」といったものまでさまざまです。私自身も、家族として迎え入れる犬や猫はできる限り保護施設から、と決めています(実際、今まで一緒に暮らしてきた犬や猫はすべて保護犬・保護猫です)。
しかし、昨今のペットの生体販売反対議論の中で、「欧米諸国は生体販売を禁止している国がほとんどだ」「日本は生体販売を許可している世界でも数少ない国」といったことを主張・発信する方が少なからず存在します。海外の動物関連の法・政策・制度を少しは調べたことがある方であれば、「本当かな?」と首をかしげることも多いかと思います。
そこで本稿ではイギリスを例に、ペットの生体販売のルールについての調査・整理から、上記の情報が本当に正しいのかどうかを三菱UFJリサーチ&コンサルティングの武井が解説します。
イングランド地方で子犬・子猫を販売禁止の方針へ
よく動物先進国として「欧米諸国」という言葉が使われることがありますが、そもそも「欧米諸国とはどこを指すのか」という話になります。動物福祉の概念が発達し、制度が整備されているとされるイギリスやドイツあたりを思い浮かべる方が多いのではないかと思います。アメリカは動物関連の法律・規制が州によってかなりばらつきがあるため、「国」単位での議論は難しいと思われます。まず今回は、英語で法律やルールが示されていて、わかりやすいイギリスについて紹介します。なお、「イギリス」と呼ぶ場合、イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドの4地域を含んだ国を意味し、法律や政策など、地域ごとに異なるものもあります。ただ、ここで紹介する法律(Act)は、イギリス全土に適用されるものと考えていただければと思います。
きっかけとなったパピーミル事件
2018年8月22日、イギリス「BBC」や「ガーディアン」等の現地メディアによると、イングランド地方(イギリス全土ではない)は、6か月以内の子犬・子猫を禁止する方針が決定したとの報道がなされました。もしこの法案が可決されれば、イングランド地方で、6カ月未満の子犬・子猫を希望する飼い主は、ブリーダーかアニマルシェルターから譲渡するより他に方法がなくなることになります。まだ正式には決定していませんが、イギリスのみならずEU全体でも大きな動きになりそうです。
この動きのきっかけとなったのが、2013年にウェールズ州のパピーミル(※大量繁殖を目的とした悪質ブリーダーのこと。英語で「子犬工場」の意味)からレスキューされた「Lucy」というキャバリア・キング・チャールズ・スパニエル種の女の子の犬のお話でした。Lucyは何年間も窮屈な檻の中で生活を強いられ、何匹もの子犬を産まされてきたというつらい経験をしています。このLucy救出により、パピーミルに対する市民からの反対運動が起き、約15万人のパピーミル禁止への署名が集まったとされています。
そもそもイギリスの生体販売のルールはどうなっている?
イギリスで動物福祉を所轄するのは、環境・食料・農村地域省(DEFRA:Department for Environment, Food & Rural Affairs)です(日本は環境省です)。DEFRAは動物(ペットのみならず、産業動物等も含む)関連法の整備や規制の枠組みを作っています。そして動物に関する法律を制定するのは議会で、その法律の追加的補足や細則(Code、Welfare code)をDEFRAが制定しています。その細則を基に県や市等の各自治体がそれぞれ規則を設けていますので、イギリスではペットショップ、ペットホテル、ブリーダーへのライセンスの付与や危険動物の規制は、国レベルではなく自治体が対応しています。DRFRAのレポートによれば、2018年6月現在、イギリスにはペットショップが約2300軒(ライセンス付与件数)、ブリーダーは約650軒(ライセンス付与件数)存在していると言われています(※1)。
「動物」の範囲をペットと限定した場合、イギリスにおいて1951年の「ペット動物法」(Pet Animals Act 1951、1983年改正)において、「ペット販売事業者は、自治体へのライセンスを取得しなければならない」と定められました。つまりライセンスを取得すればペットを販売できますので、現状、イギリスで生体販売は禁止されていないことが分かります。
イギリスの繁殖・販売ルール
イギリスでは2006年の「動物福祉法」(Animal Welfare Act 2006)において、ペット販売事業者の飼育条件として以下の要件を満たすことが求められるようになりました(※2)。国際的な動物福祉の5原則である「5つの自由(Five Freedom)」
- 適切な食べ物と飲み物が提供されていること(飢えと渇きからの自由)
- 適切な環境で飼育されていること(肉体的苦痛と不快からの自由)
- 痛み、ケガ、病気から守られていること(外傷や疾病からの自由)
- 通常通りの行動ができるように展示されていること(正常な行動を表現する自由)
- 他の動物から隔離して飼育されていること(恐怖や不安からの自由)
イギリスでは、犬の販売については日本よりも厳しいルールが敷かれています。例えば、犬は認可されたペットショップやブリーダー施設以外では販売してはならず、さらに8週齢以下の子犬は販売してはならないとしています(犬繁殖・販売法1999)(※3)。また、犬のブリーディングに関しても子犬の繁殖について、「母犬は1歳未満で交配させない」「6回以上出産させない」「出産後12カ月たたないと次の繁殖に供してはならない」(犬繁殖法1973)等細かなルールがあります(※4)。
8週齢未満の販売は違法 イギリスの議論
日本でも、第一種動物取扱業者(ペットショップ、ブリーダー等)の各自治体への登録義務がある点は同じですが(2006年以降)、繁殖時の数値的なルールはありません。イギリスでは2016年以降、犬のブリーディング・販売のルールをさらに厳格化するための議論が行われており、現在は、
- 犬のネット販売の際にライセンス番号の表示を義務化
- 年間3回以上の犬の出産があるブリーダーのみを登録ブリーダーの条件とする
※ホビーブリーダー(注:趣味や小規模での犬・猫等の交配を行い、子犬・子猫等を販売するブリーダー)を排除するため。
といったより厳しい犬の飼育許可規制の導入などが議論されています(※5)。
2016年にDEFRAが行った一般ペット飼育者やブリーダー等を対象にしたアンケート調査では、回答者の9割が8週齢以下の子犬の販売禁止に肯定的であることが分かっています。その理由として、犬の社会化、母犬と一緒にいることによる情緒の安定、免疫の向上などが挙げられています。他方でブリーダーからの回答では、7週齢の子犬の方が新しい飼い主に適応しやすいとの見解も出ています(※6)。
こうした議論を踏まえて、今回のイングランド地方の子犬・子猫販売禁止の動きが出ていると考えられます。
マイクロチップの装着は義務
イギリスは2016年4月以降、8週齢以上の犬へのマイクロチップの装着が義務付けられています(ウェールズ地方では2016年以前より実施)。日本でも2018年の動物愛護管理法の改正で、犬と猫へのマイクロチップの装着が義務化されるのではと見られています。しかし、日本の場合はマイクロチップのメーカーが複数存在しており、読み取り機(リーダー)によっては他社の情報が読み取れないという問題もあり、せっかく装着したチップを読み込めないという課題があります。イギリスの場合、マイクロチップは7つの民間企業が実施しており、7種類のデータベースが存在していますが、これらのデータベースは統合されていて、どのデータベースに登録されていても1カ所で検索することが可能であると言われています(※7)。
正確な情報をもとに健全な議論を
「イギリスでは生体販売が禁止されているか」という問いに関しては、「現状は禁止されておらず、ペットショップはあります」という答えになるかと思います。しかし、ペットの繁殖活動も販売も日本よりも厳しいルールが敷かれていることがポイントだと思います。こうしたルールの違いを整理したうえで、国によっても動物に対する文化や歴史、環境も異なることも踏まえつつ、議論することが大切だと思います。「イギリスがこうだから日本もこうすべきだ」という議論は、慎重に行われなければならないと思っています。インターネットのまとめサイトは非常に便利ですが、できるだけその情報や統計が正しいかどうかを確認してから、その情報やデータを引用するように心掛けるようにしたいです。
参照
- UK Portal Animal Welfare及びDEFRA(2017)The review of animal establishments licensing in England: next steps
- Animal Welfare Act 2006
- Breeding and Sale of Dogs(Welfare)Act 1999
- Breeding of Dogs Act 1973
- DEFRA(2016)The review of animal establishments licensing in England A summary of responses及びDEFRA(2017)The review of animal establishments licensing in England: next steps
- 同上。
- 英国動物虐待防止協会(2017年7月RSPCAヒアリング調査より)。