犬の臍ヘルニア(さいヘルニア)|症状・治療法・デベソとの違いなどを整形外科獣医師が解説
犬の臍ヘルニアは、痛みを伴わず好発犬種でもない場合は、放置しても自然閉鎖する病気です。しかし、緊急性の高いヘルニア病変もありますので注意が必要です。今回は、犬の臍ヘルニアが出やすい犬種やデベソとの違い、年代、原因、症状、治療法、手術費用、予後について、オールペットクリニック院長の平林が解説します。
犬の臍ヘルニアとは
臍ヘルニアを理解するためには、まず「臍」と「ヘルニア」のそれぞれについて正しく理解することが必要です。犬の臍ヘルニアの「臍」とは
「臍」は音読みで「さい」、訓読みで「へそ」と読みます。「へその緒」というのは、胎児がお母さんの体の中で成長していくために、お母さんの胎盤とつながるための組織で、医学的には「臍帯」(さいたい)と呼ばれます。この臍帯は、カモノハシとハリモグラ以外の哺乳類や、アカシュモクザメやメジロザメなどの一部の魚類に存在しています。臍帯の中には、
- 卵黄管
- 臍静脈
- 尿膜茎
- 臍動脈
必要性が無くなった臍帯はミイラ化・瘢痕(はんこん)化し、胎児側の臍帯輪(さいたいりん)と呼ばれる穴も周囲の筋肉や繊維組織によってふさがれていきます。その穴がふさがって名残となったものを臍瘢痕(さいはんこん)と呼び、これが一般的に臍(へそ)と呼ばれています。
犬の臍ヘルニアの「ヘルニア」とは
「ヘルニア」という言葉は、ラテン語の「ヘルノス(Hernos)」に由来します。ヘルノスは木の枝の若芽のことです。古代人は、体の一部が、芽が出るようにむくむくと盛り上がってくる病態が木の枝に若芽が出かけて膨らんでいる状態に似ていることから「ヘルニア」と呼び、現在でもこの名称が使用されています。医学事典によると、ヘルニアとは「大網膜、脂肪組織などの組織や子宮、腸管などの臓器が体壁の先天的あるいは後天的の欠損部、裂隙(れつげき)を通じて、本来存在する部位より脱出した状態」と定義されています。とてもざっくりと言い換えると、「ヘルニア」とは、「体のどこかの壁に穴が開き、そこから中に存在している組織が出てきてしまった」という病態のことを示しています。
「ヘルニア」の解りやすい特徴として、
- 本来存在するべき壁が存在していない。
- 圧力のかかった側に突出する。
- 突出している組織は通常、還納性(もとのところに戻せる仕組み)が存在する。
- 嵌頓(かんとん。内臓が外に出て戻らなくなった状態のこと)。
犬の臍ヘルニアの概要
「臍」と「ヘルニア」をそれぞれ理解していただいたところで、本題の「臍ヘルニア」の説明に入ります。臍ヘルニアは、臍部に認められる臍帯輪が開いたままの状態のことを指します。このような「おへそ」の穴の閉じない犬の赤ちゃんは、全体の数パーセントに認められます。痛みを伴わず、好発犬種でもない場合は、放置しておいても生後6カ月の間に自然閉鎖することが多く認められます。臍ヘルニアは「デベソ」と呼ばれることもありますが、「デベソ」=「臍ヘルニア」ではありません。臍ヘルニアの定義でも書きましたが、還納性(この場合は、「デベソ」を押すとお腹の中にもどる仕組み)が認められないものは、「そもそもヘルニアの可能性が低い」か、後からお話する「緊急性の高いヘルニア病変」と考えられるため注意が必要です。
デベソについて
臍部にみられる膨らみは、一般的に「デベソ」と呼ばれています。臍ヘルニアも「デベソ」に含まれているのですが、他の理由でも「デベソ」と呼ばれる状態になります。「デベソ」になる理由は大きく分けて三つあります。- 臍ヘルニア
- 脂肪組織
- 穴は閉じたけれども臍が窪みきらずに膨らみが残っている「臍突出症」
2については、「おヘその名残が脂肪組織に置き換わった」か、「そもそもお腹の中の脂肪組織が遺残(いざん)した」という原因が考えられます。3についてはいくつかの形があり、真ん中だけ膨らみが残るパターンや周りが飛び出ているパターンによって名称が異なります。1は治療が必要な場合があり、それ以外の多くのデベソは治療の必要がないということを覚えていただけるといいと思います。
犬の臍ヘルニアが出やすい犬種・年代
臍ヘルニアは、発症時期により大きく「先天性(生まれつき)」と「後天性(生後)」の二つに分類することができます。遭遇頻度は「先天性臍ヘルニア」のほうが圧倒的に高いため、臍ヘルニアと言えば、先天性臍ヘルニアのことを指していることが多いと思われます。どちらにしても、臨床症状や治療方法に大きな違いは認められないため臨床上で区別をすることはありませんが、動物の健康保険の約款の理解や好発犬種の理解をする際に必要な知識となりますので、合わせて解説します。先天性臍ヘルニア
「先天性臍ヘルニア」は胎児期6週齢ごろに、胎児の腹直筋や腹膜の欠陥/発育遅延が原因で起こります。多くは遺伝的であり、そのような遺伝子を持っていると言われる犬種は、 などが挙げられます。性差による発生頻度は認められないとされていますが、発生頻度の高い品種では雌に多く認められるという報告もあります。ある種の遺伝的な病気を持つイングリッシュ・スプリンガー・スパニエルでは、臍ヘルニアの発生頻度が高くなり、他にも潜在(せんざい)精巣症(陰睾:いんこう)を有する犬にも頻繁に認められるため、一定の遺伝子病・遺伝病との関連も考えられています。後天性臍ヘルニア
「後天性臍ヘルニア」は、動物ではほとんど経験しません。もっとも多く経験される後天性臍ヘルニアは、分娩時、臍帯の過度の牽引により発生したものと考えられます。また分娩時に臍帯を腹壁近くで切除すると、臍ヘルニアを生じることがあるようです。症状のない先天性臍ヘルニアが、成長の過程で肥満や外傷、妊娠などの腹圧上昇といった要因により発症することも経験します。これは厳密な意味での「後天性」ではありませんが「先天性」とも言いがたく分類の悩むところです。このような例外もありますが、生まれた後に発症した臍ヘルニアを「後天性臍ヘルニア」と呼んでいます。発生時期を区別する用語であるため、ヒストリーを知らず、発症したものを見た目で「先天性」「後天性」を区別することは難しいと考えます。
犬の臍ヘルニアの臨床症状および診断方法
初期症状
繰り返しになりますが、本来あるべき「臍瘢痕(さいはんこん)=へそ」が認められず、還納性(押すとお腹の中に戻せる)のヘルニアが認められる状態を臍ヘルニアと呼んでいます。これは一般的に無痛性、無熱感であり、犬種にもよりますが大きさも小型犬であれば豆粒大からクルミ大のもの、大型犬ではリンゴ大にまで達することがあります。手術後の腹壁ヘルニア
開腹手術の後や避妊手術の後に縫い目が閉鎖せずに「ヘルニア」を起こす事もよくあります。この場合は原因が異なりますので臍ヘルニアではなく、「腹壁(ふくへき)ヘルニア」と言います。ただし、症状や対処法、治療法の考え方に大きな違いはありません。末期症状
臍ヘルニアの内容物は通常、「その穴に見合った量」のお腹の中の脂肪(腹壁脂肪・大網・腸管膜の脂肪など)ですが、この量が変化したり、内容物が脂肪以外の腸管や膀胱などの臓器に変化したりして脱出してしまうと還納性を失い、そのまま締め付けられた状態に陥ります。この状態を嵌頓(かんとん)と呼んでいます。内容物の変化は、急激な腹圧の変化(事故や妊娠・出産など)や穴の大きさの変化に続いて起こることが多いようです。一度、嵌頓したヘルニア(嵌頓ヘルニア)に至ると、締め付けられている組織は血行阻害を起こして硬化・変色します。結果、痛みと熱感を伴い、その臓器の機能も失うため、元気や食欲がなくなり、生命の危機につながります。多くの場合、緊急手術などによって治療を施さないといけないような緊急的な対応が必要となります。
臨床検査
ほとんどの臍ヘルニアは身体検査で診断可能であるため特殊な検査が必要となる場合は少なく、腸管の嵌頓や通過障害が疑われる場合に実施されます。腫瘍、膿瘍、血腫、フレグモーネ、肉芽腫(にくがしゅ)などとの鑑別をするために、レントゲン検査、超音波検査、生検などが実施されています。臍ヘルニアのセルフチェック方法
最終的には獣医師の判断となりますが、飼い主さんでもわかる場合があります。- 臍の中をグッと指で押して、奥に穴の淵を感じる。
- 腹圧がかからないと凹んでいるときがある。
- 体勢によって膨らみが変わる。