猫の膵炎|症状・原因・検査診断・治療法・予防法などを獣医師が解説
中高齢の猫で、これといって決定打となる症状があるわけではないけれども、「なんだか元気がない」「食欲不振ぎみ」「嘔吐の頻度が多い」「軟便が多く、下痢がち……」ということを間欠的に繰り返す場合には、膵炎を少し疑ってみてもいいかもしれません。今回は猫の膵炎について症状や原因、治療法などを獣医師の新川が紹介します。
猫の膵臓とは
膵臓は胃や十二指腸に沿って存在している細長い臓器です。内分泌器官としての役割と、外分泌器官としての役割を担っています。内分泌器官としての主要な働きは血糖をコントロールするインシュリンを作り出すことです。
また、外分泌器官としての主要な働きは食べ物の消化と吸収に重要な膵液を作り出すことです。どちらの分泌物も体の機能を維持するためにとても重要なものですから、膵臓は全身の臓器の中でもとても大きな重要性を担っていることになります。
猫の膵炎とは
膵炎は膵臓の一部分で起きた炎症が周りの細胞へ悪さをしている状態をいいます。連鎖的に炎症の範囲が拡大することによって重症化を招きます。組織の壊死が始まると、腹膜炎や脂肪織炎、腎炎、呼吸不全、DIC(播種性血管内凝固症候群)、SIRS(全身性炎症反応症候群)を引き起こしてしまい、全身的に重篤な状態に陥ってしまうこともあり、残念なことに死を招いてしまうこともあります。
猫の膵炎の発症年齢の平均値は7.3歳と考えられています。膵炎には「急性膵炎」と「慢性膵炎」が存在しますが、猫の膵炎の90%は慢性膵炎です。急性膵炎は致死的であることが多く、慢性膵炎の場合は症状が軽度〜中等度にとどまることが多いです。急性膵炎の中でも壊死性膵炎を起こしているケースや、合併症を起こしているケースでは救命率は低くなってしまいます。
急性膵炎と慢性膵炎の鑑別診断は、膵臓の肉眼所見や超音波検査、CTなどで見られる形態的な特徴、また、組織生検によって行われます。
猫の膵炎で併発する恐れのある病気
膵炎に併発する恐れのある病気は以下の3つが挙げられます。
- 糖尿病
- 脂肪肝
- 腎不全
糖尿病
膵炎を起こすことでインシュリンの分泌細胞が障害を受けることがあり、その結果として糖尿病を発症してしまうことがあります。脂肪肝
食事を取れない時間が36時間以上継続しますと、肝臓の脂肪変性が始まり、これによって致死的状態に陥ってしまうことがあります。腎不全
全身状態の悪化により、脱水が進行しますと、腎不全を併発してしまうことがあります。猫の膵炎の症状
急性膵炎は全身状態が急激に非常に悪くなることが多く、ご家族でも「ただごとではないな」という雰囲気を感じ取られるかと思います。突然の食欲不振、頻回の嘔吐、頻回の下痢、震え、発熱などの症状がみられる場合には、急性膵炎を考慮して早めの受診が必要です。
また、慢性膵炎の場合は時間をかけて少しずつ食欲が減少傾向になり、徐々に体重減少が見られたり、活動性が低下したり、消化器症状(嘔吐、軟便、下痢)が現れたりと、緩やかな変化がみられることがほとんどです。医学的なケアを行わなくても次第に落ち着くケースや、無症候であるケースも中にはあります。
膵炎は、初期症状として典型的なものがなく、元気消失、沈うつ、食欲不振、体重減少、下痢、軟便、嘔吐、発熱(稀に低体温)などが慢性的に見られ、病院に駆け込んで発見されることが多い病気です。
病態悪化によって脱水が顕著になると電解質異常を起こして全身状態が悪化してしまったり、食欲不振に陥ってみるみると衰弱してしまいます。
また、膵炎が進行してしまいますと周辺臓器へ炎症が飛び火して腹膜炎を起こしたり、炎症が炎症を呼び、DIC(播種性血管内凝固)やSIRS(全身性炎症反応症候群)を発症し致死的になってしまうことがあるために慎重な対応が必要です。
猫の膵炎の原因
急性膵炎
慢性膵炎が進行して急性膵炎に発展することがありますが、急性膵炎の原因として以下が挙げられます。- 外傷
- 感染症(大腸菌、サルモネラなどの細菌、猫伝染性腹膜炎など)
- ウィルス、FVR(猫ウィルス性鼻気管炎)原因ウィルス、トキソプラズマなどの原虫
- 虚血性疾患
- 膵管の閉塞
- 薬物摂取・中毒
慢性膵炎
急性膵炎が治癒したのちに慢性膵炎へ移行し、再発と治癒を繰り返すこともあります。慢性膵炎の原因は以下が挙げられます。- IBD(炎症性腸症)への罹患
- 胆管肝炎への罹患
- 十二指腸の炎症
- 栄養性の要因
猫の膵炎の診断
膵炎は、血液検査や、超音波検査、CTなどの画像診断や、組織生検を行うことで診断が可能です。場合によっては腹水検査を行うこともあります。血算検査(※)、生化学検査(※)により炎症像の確認や、肝数値の上昇、高ビリルビン血症、血糖値の変化(一般的には高血糖、壊死性膵炎では低血糖)が見られますと膵炎を疑います。
また、血清で行う特殊検査で、SpecfPL(猫膵特異的リパーゼ)による血清中の膵炎特異性リパーゼ免疫反応活性を調べて、高値であれば確定診断の一助となります。
※血算検査:全血球計算の略で血液中の細胞成分である赤血球、白血球および血小板の数や大きさを測ったり、ヘモグロビン濃度、ヘマトクリット値などの測定を行う検査
※生化学検査:血液を遠心分離器にかけて、有形成分(赤血球、白血球、血小板など)と無形成分(血清)に分離し、血清中の物質を化学的に分析する検査
猫の膵炎の治療法・予後
猫の膵炎の治療は、輸液を行いながら抗菌剤や制吐剤、抗炎症剤、鎮痛剤を投与し、DIC(播種性血管内凝固)やSIRS(全身性炎症反応症候群)の発症を抑える処置を平行して行います。低カルシウム血症や、高血糖、低血糖を起こしている場合は補正を行います。
膵酵素が活発に活動すると膵炎を助長することがあるために、12〜24時間ほどは絶食し、膵酵素が分泌されないようにすることもありますが、長期的な絶食が及ぼす肝臓や全身への悪影響を回避するために、その後は強制給餌やチューブフィーディングで栄養療法を行います。
壊死性膵炎を起こしていたり、全身状態の悪化がみられるケースでは予後不良なケースが多いですが、治療に反応して良化していく場合は予後が良好なケースが多いです。
基礎疾患としてIBD(炎症性腸症)に罹患していたり、胆管炎に罹患している場合には再発を繰り返すこともあります。慢性的な腸疾患のケアを行うことで膵炎を予防できることもありますので、このような場合には、加水分解蛋白食の療養食を用いてケアしていきます。
猫の膵炎の予防
猫の膵炎は、膵臓のみの問題ではなく、胆管肝炎、十二指腸炎、IBD(炎症性腸疾患)とともに三臓器炎(膵臓、肝臓、腸で同時に炎症を起こすためにこのように総称)として発症することが多いです。
このことによって具合を悪くして食欲不振を起こしますと、脂肪肝や腎不全などの重篤な合併症を併発してしまうこともありますから日頃の微細な変化に気をつけておきたいところです。
外傷や感染症からの発症リスクを抑えるために、完全室内飼いが非常に有効な予防措置となります。
猫の膵炎にならないように定期的な健康診断を
症状にこれといった特徴がないために、重症化してからやっと気づくということも多い病気になりますが、いざ罹患してしまいますと厄介な病気でもあります。5、6歳を迎えた中年齢以降は、半年〜1年に1回の定期的な健康診断を受けておくと安心です。
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