犬の甲状腺機能低下症|症状・原因・かかりやすい犬種や年齢・治療法などを獣医師が解説
犬の甲状腺機能低下症は、甲状腺ホルモンの産生あるいは分泌阻害によって、体内を循環している甲状腺ホルモンの量が減少する病態です。愛犬の元気がなくなって、あまり食べないけれども、太ってくるという症状、皮膚病などさまざまな症状を引き起こすこともあります。犬では200頭に1頭、あるいは500頭に1頭で発生する、犬において高頻度にみられる内分泌疾患といわれています。今回は野坂獣医科院長の野坂が犬の甲状腺機能低下症の症状や原因などを紹介いたします。
犬の甲状腺機能低下症の甲状腺とは
甲状腺は動物種により形と位置に違いがあります。犬の甲状腺は、のどの真下にあり、代謝の調節を行う上でもっとも重要な内分泌器官で、甲状腺ホルモンを分泌します。
甲状腺ホルモンは、全身に作用して代謝を活発にさせる働きがあります。呼吸やエネルギー産生、熱産生などの基礎代謝を亢進させ、心臓の変事、変力作用の感度を上昇させます。また、成長ホルモンの効果を増強させる機能もあります。
犬の甲状腺機能低下症とは
甲状腺の炎症や、萎縮などが主な原因となって、甲状腺の機能が低下し、甲状腺ホルモンの産生・分泌が減少します。その他にも、視床下部、下垂体に原因がある場合もあります。
診断が済み、甲状腺ホルモン製剤の補充療法を開始すれば、ほとんどの場合、予後は良好です。ただし、治療に対する反応には個体差もあり、時間がかかることもあります。場合によっては一生涯継続治療が必要なケースもあります。
これに対して、甲状腺機能亢進症という病態も存在します。これは甲状腺ホルモンの血中濃度の増加および代謝が亢進した結果の病態です。犬ではまれで、猫では内分泌疾患の中で最も多い疾患です。
甲状腺機能低下症にかかりやすい犬種・年齢
犬種としては、アイリッシュセッター、ゴールデンレトリーバー、ドーベルマン、ミニチュアピンシャーに多いとされています。生後すぐに発症することは極めてまれであり、ほとんどが後天性(好発年齢は4~10歳)とされています。犬の甲状腺機能低下症の症状
甲状腺ホルモンは実質的に全ての体細胞に作用し、さまざまな生物学的影響を引き起こします。そのため、臨床症状が多岐にわたります。また症状によっては重篤な状態になることもあります。甲状腺機能低下症によって起こりうる症状は以下が挙げられます。
代謝の変化
- 元気消失
- 活動低下
- 動物が運動をいやがり、疲れやすい
- 体重増加
- 体温が低下し、寒さに弱くなる
皮膚の変化
- 顔のむくみによる悲劇的顔貌
- 被毛の粗剛
- 脱毛
- ラットテイル(しっぽの毛が薄くなること)
- 皮膚の乾燥・鱗屑・角化異常
- 皮膚の色素沈着
- 脂漏症・膿皮症
- 粘液水腫
神経・筋の変化
- 前庭障害・発作
- 虚脱
- 顔面神経麻痺
- 咽頭麻痺・巨大食道
- ナックリング(拳を握るような状態での歩行のこと)
- 運動失調
消化器系の変化
- 便秘
- 食欲低下
循環器系の変化
- 徐脈
- 低血圧
眼の変化
- 角膜脂質ジストロフィー
- 角膜潰瘍
- 乾燥性角結膜炎
- ブドウ膜炎
- 網膜疾患
生殖器系の変化
メスの場合
- 不定期な発情周期(発情休止期の延長、発情期短縮など)
- 不妊・偽妊娠
- 虚弱子・死流産
- 乳腺の発達
- 乳汁分泌不全(乳漏)
オスの場合
- 性欲低下
- 精巣萎縮
- 精子数減少
犬の甲状腺機能低下症の原因
まず、甲状腺の破壊による機能低下を「一次性甲状腺機能低下症」といいます。次に、脳下垂体からの甲状腺刺激ホルモン(TSH)の分泌不全を「二次性甲状腺機能低下症」といいます。最後に、脳視床下部からの甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(TRH)の分泌低下を「三次性甲状腺機能低下症」といいます。
このうち95%が甲状腺破壊による一次性(原発性)甲状腺機能低下症といわれています。さらに、半数が免疫介在性甲状腺炎、残りの半数が特発性の甲状腺萎縮が原因といわれています。
犬の甲状腺機能低下症の診断
診断は発現している臨床症状によりますが、皮膚症状が認められていれば、皮膚検査や外部寄生虫駆除、アレルギー検査などを行います。その他、完全血球計算(非再生性貧血ではないか)、血液生化学検査(高コレステロール血症ではないか)、X線検査、超音波検査も実施します。犬の甲状腺機能低下症の治療
甲状腺ホルモンは実質的に全ての体細胞に作用し、さまざまな生物学的影響を引き起こします。そのため、いろいろな臨床症状や重度の疾患を呈することになります。
投薬により治療を行いますが、これは甲状腺を治療するものではなく、甲状腺機能低下症を治療する方法です。すなわち、不足した甲状腺ホルモンを投薬で追加することで、発症している症状を快復させることが目的となります。
そして、治療への反応は臨床症状や治療の開始時期などによって異なります。また、皮膚症状や神経症状などは一般的に改善に時間がかかる疾病です。
犬の甲状腺機能低下症の予後
予後はその原因および病態によって異なりますが、犬の一次性甲状腺機能低下症は、適切に投薬治療を続ければ、予後は良好といわれています。治療の問題は、過剰投与あるいは適正投与による血清濃度の過剰上昇です。そのため、定期的な検査で、適切な投薬治療がなされているかをチェックして、病気とうまく付き合っていくことが大切です。
犬の甲状腺機能低下症の予防
簡単な診察では診断できなく、予防もできないため、定期的な健康診断を心がけましょう。犬の甲状腺機能低下症は診断が難しい病気です
甲状腺ホルモンは実質的に全ての体細胞に作用し、さまざまな生物学的影響を引き起こします。そのため、臨床症状が多岐にわたります。そして、診断も難しく、動物病院で診断をしなければ、この病気の判断はできません。今回の記事を読み、少しでも気になる場合は、早めに動物病院にご相談ください。
参考文献
- 西飯ら,犬と猫の治療ガイド2015 私はこうしている,425-427(2015)