犬の気管虚脱|症状・原因・かかりやすい犬種や年齢・治療法などを獣医師が解説
愛犬が突然苦しそうに咳をしていることや水を飲んだ後にむせていることなどはありませんか? その原因はもしかしたら、気管虚脱かもしれません。気管虚脱は直接の死亡原因となる疾患ではありませんが、確実にQOL(Quality Of Life:生活の質)を低下させる疾患です。症状を改善し、QOLを上げるアドバイスができればと思います。そのためには、しっかりと疾患を理解していただくことが重要と言えるでしょう。小型犬や短頭種は特に気をつけたい犬の気管虚脱についてJVCCグループの白金高輪動物病院顧問獣医師兼JAM目黒病院センター長の佐藤貴紀が解説します。
病名 | 気管虚脱 |
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症状 | 「コホッコホッ」という咳や「ガーガー」というむせるなどの呼吸異常 |
原因 | 先天的もしくは基礎疾患が何かしら存在し、気管虚脱が発症する |
危険度 | 低。死亡の直接原因にはならないものの、生活の質の低下が考えられる |
犬の気管虚脱とは
まず、気管の構造形成としては、上の図のように「軟骨性気管輪(気管軟骨)」と「膜性壁」で構成されています。
その上で気管虚脱とは、円状の気管が扁平に潰れてしまう疾患をいいます。臨床現場において、ほぼ100%の確率で毎日のように動物病院へ受診する疾患で、さらには小型犬の呼吸器疾患では一番多いといえます。
Tangner&Hobsonの4段階分類があり、気管虚脱のグレード分類をしています。ただ、この分類は気管支鏡所見に基づくものであり、レントゲンなどからの評価ではありません。
Grade 1 (A):内腔の25%以下の狭窄。膜性壁のみ内腔へ突出
Grade 2 (B):同25〜50%。気管軟骨の軽度扁平化
Grade 3 (C):同50〜75%。気管軟骨縁が触知可
Grade 4 (D):内腔完全消失または完全虚脱。膜性壁は底部に接する
※参考:Tangner CH, Hobson HP:Vet Surg 11:146-149, 1982
病因は現時点では不明な点が多いとされておりますが、軟骨のグリコサミノグリカン、糖タンパク質及びコンドロイチン硫酸含有量を減少させたとの報告があります。
気管虚脱が起こる部位
気管虚脱が起こる部位としては大きく「頚部」と「胸部」に2つに分かれます。頚部気管虚脱は鼻腔や咽頭、喉頭が狭い場合に、呼吸を吸った状態で気管虚脱が起きます。そもそも、気管に行くまでの通路が狭くなることで、気管が虚脱を起こします。
胸部気管虚脱は気管の真ん中部分が潰れている状態を指します。
犬の気管虚脱が起きるタイミング
気管虚脱が起きるタイミングとしては、「先天的要因」と「後天的要因」があるといわれていますが、25%の犬では6カ月齢未満で症状が出るため先天的(生まれつき)が疑われています。後天的では「気道刺激性物質」「慢性気管支炎」「喉頭麻痺」「気道感染症」「肥満」および「気管挿管」などの原因により起こることがわかっています。いわゆる基礎疾患が何かしら存在し、二次的に気管虚脱が起きるということなのです。
臨床経験上からも、気管虚脱があるからすぐに突然死などと結びつくことはありませんが、気管虚脱があることで炎症などが起こりやすくなり、「気管支炎」「肺炎」「肺高血圧」などが悪化することで、突然死などに繋がる可能性はあります。
犬の気管虚脱の症状
初期症状は興奮した後などに「コホッ、コホッ」などの咳、さらには水を飲んだ時にむせる「カーッ」「ガーッ」などが多いです。そして、口で常に呼吸をして「ハー、ハー」していたり、興奮した後に「ズー、ズー」「ヒー、ヒー」などが喉の周辺で聞こえる場合もあります。この場合は、喉頭麻痺も伴い、頚部気管虚脱になっているケースが考えられます。
「ガー、ガー」のようなガチョウの鳴声様 (Goose honking)と表現されることが多いですが、ある程度慢性化してからの症状です。気管が潰れている場所、犬種、他に患っている疾患により症状の出方が変わることもありますので、呼吸状態などがおかしい場合は、気管虚脱を患っている可能性があるということになります。
また、咳をし続けることで嘔吐をしやすくなることや、痩せてしまうことなどもあります。そして、心臓への悪影響にも繋がるため注意が必要です。
犬の気管虚脱と似たような病気
似たような病気として以下の2つが挙げられます。
- 気管・気管支軟化症
- 気管低形成
気管・気管支軟化症
胸腔内にある気管や気管支が狭くなる状態をいいます。息を吸うときは気管が開き、吐くときに潰れてしまい、慢性的に炎症があると引き起こされるとされています。気管低形成
先天的に気管が細い状態をいいます。パグやフレンチブルドッグなどの短頭種に多いです。気管虚脱になりやすい犬種・年代
気管虚脱は1〜5才の短頭種やプードル、チワワ、ヨークシャーテリア、ポメラニアン、マルチーズ、チャウチャウなどの小型犬に比較的多くみられ、大型犬はまれです。犬の気管虚脱の原因
気管虚脱の原因は「後天的」「先天的」で異なってきます。
後天的気管虚脱の場合
ある研究では、気管軟骨における軟骨細胞の減少およびグルコサミノグリカンや硫酸コンドロイチンの欠如が病態に関与しているといわれています。また、肥満による鼻炎や鼻腔内、咽頭、喉頭の腫瘍、喉頭麻痺に罹患している犬の場合、気管への何かしらの刺激により二次的になるケースがあります。先天的気管虚脱の場合
生まれつきの遺伝が関与している可能性が高いです。犬の気管虚脱の検査・診断方法
咳などの臨床症状が出ている場合、以下の検査を行います。診断の精度としては「内視鏡検査」>「透視検査」>「X線検査」(※)- X線検査(吸気・呼気):レントゲンにより基幹が扁平化していれば診断
- 透視検査:より精密に、どの程度基幹が扁平化しているかを見る
- 気管内視鏡検査:気管を中から検査し、より精度を高める
※参考:American College of Veterinary Surgeons Small animal topics
犬の気管虚脱の治療方法
物理的に扁平化した気管の形状を、正常に戻す内科治療は存在しません。そのため、内科治療の場合は「正常に戻す」ことを目的にはしておらず、「症状の緩和」が目的になります。気管虚脱の治療では主に内科治療を施しますが、重症度によっては外科治療も行います。
主な内科治療方法
- ネブライザー使用:気管もしくは気管支の炎症を取り除く
- ステロイド・非ステロイド・気管支拡張薬:上部気道の炎症を抑え、症状の緩和につばげる
- 鎮咳作用がある薬剤:咳がひどい場合、ブトルファールやモルヒネなど鎮咳作用がある薬剤の使用
主な外科治療方法
手術の必要性は各院の規定によりますが、咳があまりにひどい場合には適応になります。「気管外プロテアーゼ」「気管内ステント」などの手術がありますが、専門の先生による手技の問題や、気管虚脱の場所により判断されます。手術の場合は、1週間くらい入院が必要な場合があります。家でできるケア
ご自宅でできるケアとしては以下を心がけていただくと良いでしょう。- 首輪をハーネスに変えてもらう
- 乾燥しすぎると咳が出やすいので、湿度を50〜60%くらいにしてもらう
- 気道を過敏にさせてしまうタバコの煙、花粉などは避けてもらう
犬の気管虚脱の予後
内科治療はあくまでも症状の緩和、外科手術を行った後も定期検診が必要です。ほとんどの小型犬は、内科治療で緩和できます。咳が全く出ないというのは難しいですが、生活に支障がない状態での維持はできます。
しかし、何度も再発する恐れはあります。慢性的な呼吸器疾患は心臓への悪影響を与えたり、気管への悪影響により二次的に病気を招く恐れはあります。
外科手術であれば、形状の根治はできます。しかし、全ての気管をカバーする訳ではないので、他の部位が気管虚脱になることもあります。再発率は内科に比べれば格段に低いですが、麻酔をかける必要があるので、リスクは伴います。
犬の気管虚脱の予防
気管虚脱以外に病気が無いかどうかを調べておくことは重要です。前述もしましたが、短頭種や小型犬は比較的気管虚脱になりやすいため、首輪はハーネスに変えるなど、首や気管に普段から負担がかからないようにしていただくことで予防の一助になるでしょう。また、環境的な予防方法としては「山の上など酸素が少ない場所・呼吸がしにくい状態の場所」「湿度、温度」などは気をつけるよう心がけてください。理想の湿度は50〜60%くらいです。
犬の気管虚脱は咳をしていたら早めに受診を
非常に多い疾患であり、治療を施さないと重症化するケースも多いので症状が出た際には、早期に診断を促しましょう。最近では、呼吸器専門の先生もいるため、治療などに迷った場合は専門医を訪れることもおすすめします。
参考文献